ロードファクターの真実

このあいだ行われた「みんなでしあわせになるまつり in 夷隅」の時には、一部の列車で通勤電車並みの混雑が起きていたようです。

 

私がいすみ鉄道の社長に就任したときに打ち出した公約の一つが、「ローカル線は空いていなければならない。」というものがありますが、「こんなに混んでるとはけしからん。」という話が伝わってきました。

まあ、確かにイベントなどをやると、一時的に、一部の区間で大混雑することがありますし、春の菜の花の季節には朝夕のラッシュに近い状態になることがありますが、そういう特別な時期や期間は混み合うことはお許しいただきたいと思うのですが、やっぱり今でも「ローカル線は空いていなければならない。」というポリシーは変わりません。

なぜなら、自分がローカル線に乗りに行ってギューギュー詰めだったらがっかりするからです。

 

駅弁とお茶やビールを買って列車を待っている時に、ローカル列車がホームに入線してきます。「さあ、乗りこんで駅弁を食べるぞ。」という時に、車内が混んでて、座る座席が確保できなければ、買った弁当はどこで食べたらよいのでしょうか。

幻滅ですよね。

 

だから、私は、「ローカル線は空いていなければならない。」と思うわけでして、空いていてこそ、ローカル線の旅の楽しみが味わえると考えているのです。

ところが、こんな当たり前の感覚が、「経営者としてどうなんでしょうか?」と疑問視する人も多くいて、ともすれば「あいつは何を考えているんだ。」とお叱りを受けるようなこともあるわけで、その理由は、「空いてちゃ儲からないだろう。」という運賃収入の話だと思います。でも、私は、たとえ朝から晩まで列車を満員にしても、1時間に1本、1両のディーゼルカーですから決してそれだけで黒字にはなりませんし、現実的政策ではありませんから、「だったら、空いててもいいんじゃないでしょうか。」と考えるのです。

 

でも、国鉄からJRの歴史を振り返ると、昔は編成が長かった列車が、どんどん短くなってきていて、特に在来線の普通列車などは、例えば昔は6両ぐらい連結されていて、「ゆったり」と旅ができたのに、JRになって経営効率化などという掛け声のもとに、それまで6両だった列車が4両編成に短くされ、そしてさらに2両編成になったりしている。〇〇本線と呼ばれるような幹線でも、2両編成の電車が走っているのは今や当たり前になっています。では、4両だった電車をどうやったら2両編成にできるのか。それは、一言で言うと詰め込むわけです。それまで向かい合わせのボックスシートだった車両を、通勤スタイルのロングシートにすれば、4両だった電車を2両にできますし、乗せきれさえすれば、とりあえず輸送は確保できます。これが経営効率化という正しい経営だという考え方ですね。

でも、私は???と思うのです。

なぜなら、自分だったらそんな列車には乗りたくありませんから。

だいたいロングシートでは駅弁を食べる気もおきません。駅の売店で駅弁を売るだけ売っていて、食べる場所がない列車を走らせているということは、私は正しいお客様サービスとは言えないのではないかと思うのです。

 

電車の編成には基本編成というのがありますが、つまり、最低何両で運転できるかというものですが、2両編成が基本の電車でも、混んで来たり、需要に応じて4両にしたり6両にしたりというこまめに増結できればまだ対応できるかもしれませんが、あまりそういう連結などという手間ひまもかけたくないから、いつも同じ編成で走っていたりすることも多くて、ガラガラの時間帯もあればギューギューの時もある。でも、人件費をかけなければ、良い経営という考え方がありますから、そうなるわけで、そういう時に見落としているのは「お客様の気持ち」ではないでしょうか。

 

かなり以前のことですが、会社の仲間たちと北海道へ遊びに行きました。札幌に泊まっていたので、余市のウイスキー工場へ行こうということになりました。当日は雪の降る寒い日でしたので、私は鉄道で行きましょうと小樽行きの快速電車に乗りました。小樽まではスムーズに行ったのですが、小樽で乗り継いだディーゼルカーが1両か2両の短い編成で車内は大混雑でした。

わずか3駅ですが北海道ですから一駅の間隔が長い。一緒に行った仲間たちは、なんでこんな列車に乗らなければならないのかと不満顔でしたが、工場見学が終わって、さて、札幌に帰ろうという段になって、皆は「鉄道はいやだ。」と言い出したんです。そして、駅前のバス停からバスで帰ろうという話になりました。外は雪が降っていますのでバスは不安が残りますが、皆は、「座れるかどうかわからないのはいやだ。バスなら座れるから。」と言ってバスで帰ってきたことを覚えています。

結局バスは雪のために定刻より30分以上も遅れましたが、そんなことは関係ないんですね。

つまり、列車の編成を短くして、経営効率を上げたつもりになっているのは机の上で数字を見ている人の考え方であって、実際には、お客様が逃げているんです。でも、そういうことに気づかない。だから、鉄道そのものの人気がなくなって、皆さんバスなどの他の交通機関へ移っているんです。

 

こういう経営効率を上げるという考え方の基本は「ロードファクター」といって、航空会社ではよく言われる言葉なんです。

日本語で言うと有償旅客搭乗率ということで、座席数に対してお客様がどれだけ乗っているかという一つの指標です。

例えば100席の飛行機に70人のお客様が乗るとロードファクターは70%。85人乗っていれば85%ということになります。

 

ところが、このロードファクターというのには落とし穴があって、机の上で数字だけ見ている人は「85%だったらまだ15%乗せられるじゃないか。営業頑張れ。」と考えるのですが、例えば路線のロードファクターが85%を超えるとどういうことが起きているかというと、「乗りたい時間帯の便に予約が入らない。」という状況が発生し始めます。

例えば東京ー札幌路線でロードファクターが85%になると、乗りたい時間帯の便の座席が取れないという状況になる。

どういうことかというと、平日の日中や深夜早朝には6割しか乗っていない便があるけど、ちょうど良い時間帯の便は満席。1日トータルすれば確かにその路線のロードファクターは85%だけど、だれもが利用したい時間帯の便に座席が取れないという状況になる。

ということは、どういうことかというと、お客様の選択肢から外れるということなのです。つまり、将来的に乗ってもらえなくなるのです。

私は現場にいましたから、そういう状況を目の当たりにしていましたが、これが机の上で数字だけを見ている経営幹部にはわからないのです。

もっとも、最近では航空会社もきちんとその辺のことを考えていて、深夜や早朝の便は値段を下げて、利用率の高い時間帯の便は値段を上げて需要を分散するいわゆる「リベニューマネジメント」ということを併用して一生懸命やっていますから、より収入が上がるシステムになっているのですが、鉄道会社はそこまで考えて列車を走らせているとは思えない。だから、お客様の選択肢から「鉄道を利用する」というチョイスが減って来ていて、首都圏などの大都市圏では目立たなくても、地方都市周辺へ行けば、だんだん鉄道を利用する人たちが減ってきているのではないかと私は考えているのです。

 

そういうことも踏まえて、私は「ローカル線は空いていなければならない。」と言うのであって、たとえ混雑する時期でも「座りたいなあ。」と言う人には着席できるように一部の列車に指定席を設置しています。だから、いすみ鉄道の指定席は、空いていれば誰が座っても構わないと思っていますし、途中駅から乗って来ても、指定券をご購入いただければ混雑する時期でも座ることができるというシステムにしているのです。

 

ということで、私はやっぱり今でも「ローカル線は空いていなければならない。」と思っています。

自分がお客様として、その地域に用もないのに乗りに来て、列車が混んでいたらがっかりするからなんですが、最近では確かにお客様の数が増えてきていますから、特にイベントが無くても列車が混み合うようになってきています。

かと言って、連結する車両も限られていますから、需要に応じてこまめに増結できる体制にもなっていません。

 

と言うことは、そろそろポリシーを変更するか、それとも、車両を新規に増やすかしなければならなくなってきている。

と言うのが、いすみ鉄道の現実なのであります。

 

混み合う列車に当たってしまいましたら、どうぞご容赦くださいますようお願い申し上げます。

 

 

 

 

混み合いましてたいへん申し訳ございません。