土曜日の読み物として

今日は土曜日。

せっかくのお休みなのに、外出できない。
いや、物騒だからしたくない人もたくさんいらっしゃると思います。

そういう皆様方のために、土曜日の読み物として、ちょうど6年前の2014年2月に書いたブログをご紹介します。

いすみ鉄道で初めて夜行列車というものをやった時のブログです。

「自己流ビジネス論」というカテゴリーで、私が好き勝手に自分のビジネスの考え方をご披露申し上げているものですが、トキ鉄に来ても全く考えが変わることなく続けているのは、同じ夜行列車をやっているところを見ればご理解いただけると思います。

3日分をコピペしますので、御用とお急ぎでない方はどうぞご一読ください。
たっぷりお読みいただけます。

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2014年2月19日 「商品を売ってはいけません。」

コーヒーショップという言葉が今でも使われているかどうかはわかりませんが、コーヒーを飲ませるお店の商品は何でしょうか?
たいていの皆さんは何の疑いもなく、「コーヒーやドリンク類」とお答えになりますね。
洋服屋さんの商品は何でしょうか?
この質問にも、「そりゃ、洋服や衣類でしょう。」と答えられるでしょう。
鉄道会社の商品は何ですか? と質問すれば、
「目的地への移動」ということになります。

でも、本当にそうなんでしょうか?
私は、少し違うんじゃないかと考えます。

確かに、スタンドコーヒー店を含めたコーヒーショップの商品は「飲み物」であることは間違いありませんが、水分を補給するだけであれば、自販機で十分なわけで、どうしてお店に入るのかと考えた場合、他の理由があるはずです。

例えば現在改装工事中のJR千葉駅の通路にコーヒーショップがあります。
仮設の通路にわざわざコーヒーショップを作る必要があるのかどうか。
私は疑問に思いましたが、そのお店の入口には大きく
「禁煙席13席、喫煙席15席」と書かれています。(数は正確には覚えていませんが。)
今どき、禁煙席よりも喫煙席の数が多い。
そうなんですね、コーヒーショップは、ちょっと一服する場所を提供する意味があって、今どきの駅構内でたばこを吸うことができる貴重な空間なんです。

ガラス張りの店内を見ると、夕方のラッシュ時間帯に、禁煙席には空席があっても喫煙席は満席。
コーヒーを売るお店ではあるけれど、くつろげる空間を提供するのも商品なんです。
だから、お客様はそのために自販機よりも少し高い値段を払うんです。
本当はコーヒーなんてどうでもよくて、タバコが吸いたいだけかもしれません。

いすみ鉄道の国吉駅近くの苅谷商店街。
その中ほどにある吉田さんのお店。
このお店はいわゆる洋品店で、洋服を売るお店です。

ある時、吉田さんと話をしていたら、「こんな田舎の商店街で商売がどうしてできるのか、それは、私は洋服を売るのではなく、情報を売っているからなんです。」
そうおっしゃられました。

洋服だったら通信販売でも買えるし、大型量販店だって売ってます。
でも、吉田さんは、週に一度は東京へ出かけますし、いろいろなところにアンテナを張り巡らせて、今、世の中がどういう動きになっているか、常に勉強されています。
そして、最新の流行や商品の傾向などを取り入れた品ぞろえをしているわけで、一人一人のお客様の顔が見えていますから、「あのお客様にはこの洋服が似合うだろう。」と考えながら商品の仕入れをします。
だから、たとえ田舎の高齢者向けの衣料品といっても、吉田さんのお店へ行けば、今流行のデザインを取り入れた商品が並んでいるし、吉田さんが見立てた洋服ならば間違いありませんから、お客様としては安心してお買い物ができるお店なんです。

これが、情報を売るということで、もちろん洋服屋さんなんですが、単に洋服を売るだけではないんですね。

いすみ市商工会の出口会長さんのお店は大原の酒屋さんです。
酒屋さんというのは、今の時代とても厳しい商売ですが、出口会長さんのお店に入ると、確かに酒屋さんなんですが、売ってるのはお酒だけじゃないんです。
日本酒、ウイスキー、焼酎、ワインなどが並んだ商品棚をよく見ると、そのお酒がどういうお酒なのか、細かく解説が書かれたポップがあちこちに付いている。
同じ芋焼酎でも、その解説を読むと、「へえ、そうなんだ。」と思って、いつものと違うお酒をトライしてみたくなります。
これも情報を売る商売といえると思います。

このように、商売人というのは、そういうことを日々一生懸命考えているわけで、そういうところはどんなに厳しい時代でも繁盛していますが、「うちはそば屋だからそばを売るんだ。」とか、「牛丼屋の商品は牛丼だ。」というようなところは、「腹を満たすために行くところ。」というお店になりますから、近くにあるとか、価格が安いとか、本来の商品以外の所で勝負を強いられることになるわけで、これが苦戦の原因なんですね。

こういうことがわからないと、いくら努力してもその努力が実らない商売をやることになり、そういう頑張り方では、いくら頑張っても結果が出ないということなんです。

先日、いすみ鉄道で夜行列車を運転しました。
夜行列車というのは、遠い目的地へ行くために夜通しかけて走っていく列車で、夜、寝ている間に移動できるからとても便利な存在ということで、国内航空機や高速バスが発達する前の昭和の時代には、東京駅からも上野駅からも新宿駅からも、各方面へ向けて何十本もの夜行列車が走っていました。
そういう夜行列車を26.8kmの距離しかないいすみ鉄道で運転するというのですから、「?????」と頭の中は?だらけでご理解いただけない人が普通だと思います。

いすみ鉄道は交通機関ですから、目的地へ行くために利用するわけですが、この「目的地へ行く」というのが交通機関の商品であります。
でも、先日運転した夜行列車は夜の10時に大原を出て、翌朝大原に戻ってくる列車ですから、「目的地へ行く」という商品ではありません。
目的地へは行かないけれど、「夜行列車を体験する。」というのが、本来の商品ではないけれど、いすみ鉄道がご提供する商品なんです。
その証拠に30名以上のお客様が各地で大雪の後遺症があるにもかかわらず、大原まで集まってくれて、一人1万円もの会費を払って、わざわざキハの固いボックスシートで一晩苦痛に耐えてくれたわけで、中には「今後もやってください。」というお客様もいらっしゃいましたから、商品としては立派に通用するということです。

昨日のテレビ東京の「ガイアの夜明け」で放映していただきました「伊勢えび特急」という列車も、大多喜から乗って列車の中で伊勢えびのお作りを召し上がっていただき、2時間後には大多喜に戻ってきて「はい、お疲れ様でした。」という列車ですから、交通機関としての目的地へ行くために乗るという本来の商品を販売しているわけではなくて、列車の中でおいしいものを召し上がっていただくという体験を販売している。つまり、乗ることそのものが目的ですから、どこへも行かなくたって商品として売れるわけです。

「お前の会社は税金を使って路盤維持をしているのにケシカラン。」
そう言って頭から湯気を出す勢いで怒るおじいさんたちも確かにいることはいますが、私は、いすみ鉄道というローカル線をどうやったら残せるかという課題に挑戦しているわけで、時代によって変化するニーズを的確にとらえ、業種業態にこだわらず、柔軟な発想で時代に合った商品を提供していくことで、まだまだいろいろ使い道はあるんじゃないでしょうか? 
と提案しているわけで、その結果として、地域に人がたくさんやってきてお金が落ちるようになり、さらにその結果として、地域の人たちの足が守られるということであれば、広義において正しい税金の使われ方であると私は信じています。

ところが、商売のできない人、商売と無縁のところで長年働いている人たちから見ると、「商品を売ってはいけません。」という意味からして、おそらく理解不能でしょうし、いくらお話しても、もともとそういうことをする必要性がわからないでしょうから、いろいろできない理由を見つけては、寝台特急の「あけぼの」を廃止するようなことをするわけです。

寝台特急という商品を購入して目的地へ一晩かけていこうという人は、おそらくもう列車を1本仕立てるほどはいないと思いますが、そういう本来の目的ではなくても、「寝台車に乗ってみたい。」という需要ならいくらでもあるわけで、そういう需要を掘り起こしていくことが、地方の鉄道を守っていくことにつながるということは、たぶん、理解することはできないのでしょうね。

幸いにして、いすみ鉄道でやっているイタリアンランチクルーズや伊勢えび特急、そして今回の夜行列車など、国交省をはじめとする関係各省のお役人さんたちが、たぶん自分たちでは理解できてはいないのでしょうけれど、いすみ鉄道がやろうとしていることを否定しないで、あたたかく見守ってくれていますから、私はそこに可能性を見出して、ローカル線の無限の将来性にチャレンジすることができるわけです。

(つづく)

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2014年2月20日 商品を売ってはいけません。 その2

町にはいろいろなお店がありますが、流行っているお店は商品を売るのではなく、商品以外のもの、例えば情報を売っているところが多いというお話をしました。

商売人というのは、先代、先々代からそういう心得を受け継いできて、自分の代になってさらに磨きをかけている。
そういう人たちが経営しているお店は、だいたいどこも流行っていますが、ただ単に商品を並べて売っているお店は、価格やお店の立地や営業時間という利便性で勝負しなければならなくなりますから、大量仕入れができて便利なところにある大型店やコンビニに軍配が上がるようになるのです。

さて、鉄道会社を見てみるとどうでしょうか。
鉄道会社は、特に国鉄時代は、「国民を輸送する義務」を職務としていましたから、国鉄職員は大きな赤字を抱えているにもかかわらず、「国民から儲けてはいけないんだ。」と口をそろえて言っていました。
もう30年以上前になりますが、国鉄改革が進んだある日、駅の改札口で切符を切ってもらうと、駅員さんが、「ありがとうございます。」と言った時には、学生だった私は本当に驚きました。
それまでは「乗せてやってる。」という態度で、「ふん」と言って切符に鋏を入れていましたし、お客様から切符を受け取らずに、お客様に持たせたまま鋏を入れるなんてことも当たり前でしたから、駅の改札口で「ありがとうございます。」と言われた時には自分の耳を疑ったのです。

当時の私は客を客とも思わないような国鉄の駅員に腹を立てていましたから、切符をお客様に持たせたまま鋏を入れるような駅員には、こちらも切符を渡さず、その駅員が入っている改札のボックスの中にポイと投げ入れます。
そうすると駅員もムカっと来るのでしょう。
「おい」と私を呼び止めますから、「しっかり受け取れ」とこちらも負けじと応戦します。そうなるともうほとんど喧嘩で、国鉄の駅の改札口では毎日のようにこういうことが繰り返されていたんです。

「お客様から儲けてははいけない。」
そう口癖のように言っていた国鉄職員ですが、結果として天文学的な赤字を作って、その負債をすべて国民に押し付けたわけですから、どう考えても正当化される理論ではありません。

国鉄からJRになって、30年近くの歳月が流れていますが、今、JRの幹部にいる人たちはもちろん国鉄入社組で、社会人教育の大切な時期に「国民から儲けてはいけない。」という組織に入ったわけですから、今のリーダーたちは、自分たちの弱点をしっかりと自覚して、人材教育をやらないと、30代の社員がお客様に向かって平気で「私たちは民間会社です。」などということを口にするようになってしまうのです。

「私たちは民間会社です。」って言うことがなぜいけないかですか?
西武も東武も阪急も京阪も南海も近鉄も、私鉄の皆さんは自分たちが民間会社だなんてことは当たり前のことですから、そんなことは会話の端にも出しません。
「私たちは民間会社です。」ということ自体、民間会社としての意識が欠如しているということで、自分たちが民間意識から相当にズレているということにも気づかないのは困ったものです。

さてさて、余談はさておき、鉄道会社の商品が輸送であるということは疑いのないことなのですが、その輸送ということを前面に出して、「これを買ってください。」という商売はそろそろ限界に来ているということは、少し商売の知識がある人だったらお気づきだと思います。

例えば、東京から大阪へ行く場合、大阪という目的地に着くという目的だけだったら新幹線でも飛行機でもバスでも、商品としてはいろいろあるわけで、そういう目的地までの輸送という商品をダイレクトに販売しようと思ったら、価格か、所要時間か、利便性かという点で競争を強いられることになります。

日本の鉄道会社はずるいところがあって、昭和39年に新幹線が開業した当初から、新幹線という商品ができたんだから、在来線の特急や急行列車という商品をやめにしてしまって、新幹線しか買えないようにして、その新幹線を高く販売するということをずっと当たり前のようにやってきました。
ところが、最初のうちはそれでよかったんだけど、並行する高速道路が整備されたり、格安の航空会社が登場したりすると、利用者である国民は目的地へ到着する商品を幾つも選択できるようになって、そうなると価格や利便性での競争が始まりますから、ただ単に目的地へ到着するという商品を販売しているだけではジリ貧になってくるのです。

東京ー大阪のような日本の輸送の中でも特異な部分では、まだまだ、黙っていても新幹線にはたくさんのお客様が乗ってくれていますが、それ以外の地域では、そろそろきちんと考えて商売をしなければ、誰も自社の商品を買ってくれない時代になってきているのです。

そんな中で、目的地までの輸送という本来の商品にたくさんの付加価値を付けて販売しているのがJR九州です。
実は、私は今JR九州の列車に乗って来て鹿児島のホテルでこのブログを書いていますが、九州では高速バスが発達し、九州内を飛ぶ航空路線もありますから、ただ単に目的地へ到着するだけの列車では、当然、価格の競争になります。
簡単に言えば、時間では飛行機にかないませんし、運賃では高速バスにかないません。そういう厳しい土俵で鉄道がどうやって商売をしていくかという時に、皆様よくご存じの「ゆふいんの森」に代表される観光列車を走らせて、目的地までの移動中の時間にも楽しい体験ができるような仕組みをあちらこちらで作っているのです。

そして、JR九州の観光列車のすごいところは、ほとんどすべての観光列車用の車両が使い古したオンボロの車両を改造していること。
観光需要というのは基本的には波動的であって、土日や休日などの観光シーズンに需要が集中し、その他の時期は車両が車庫で眠っていることが多いですから、そういう波動的需要には新車を投入することなく、中古で対応し、毎日の通勤通学輸送などに新車を投入するという経営姿勢を、いすみ鉄道も見習っています。
でも、私の目で見ると、JR九州の観光特急には弱点があり、その点ではいすみ鉄道が勝てるということ。
それは、「特急料金」をいただいているからでしょうが、列車の速度が速いんです。
観光列車ですから、速く走る必要はないと思うのですが、とにかく特急なので走るのが速い。
これは、輸送を商品としている会社では当たり前かもしれませんが、「特急」だからと言って、速く走るだけでは、「商品を売っていること」であって、商品にどうやって付加価値をつけるかという点では、今ひとつ考慮の余地があるような気がするのです。

(つづく)

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2014年2月22日 商品を売ってはいけません。 その3

いすみ鉄道の急行列車は300円の急行料金をいただいていますが、急行区間の大原―大多喜間では、ふだんの黄色い列車よりも所要時間が多くかかります。

これは昨日乗車したJR九州の「はやとの風」をパクったのです。(本邦初告白!)

「はやとの風」は、特急列車にもかかわらず、交換待ちでもなんでもない駅で数分間停車します。

鉄道140年の歴史の中で、時間短縮というのが特急の使命として長年考えられてきた中で、10年ほど前に「はやとの風」が登場した時に、運転上の必要性があるわけでもなく、特に名所になっているわけでもない駅で用もないのに数分間停車するのですから、JR九州でこの列車を企画した人はとても勇気が必要だったと思います。

なにしろ、大きな組織で前例がないことをやるというのは、たいへんなことなはずですから。

でも、その数分間停車がある意味地元の活性化につながって、嘉例川駅をはじめとする沿線がここまで話題になって賑わうようになったのですから、新しいローカル線の使い方を示した事例第1号は、私は肥薩線だと思うのです。

私がいすみ鉄道で最初に急行料金をいただこうと考えて国交省に相談した時、「他の列車より時間がかかるのに特別な料金を取ってはお客様が混乱しませんか?」と尋ねられました。
私は、「観光目的の特別料金であって、今までの常識で考える急行料金ではありません。だから混乱することはありません。」と答えました。

国交省の担当者はたぶん違和感はあったのでしょうが、「この社長には何を言っても通じないだろう。」と思ってくれたのか、通常の列車よりもオンボロで速度が遅い列車に急行料金を取ることを認めてくれました。

さて、ふたを開けてみたらどうでしょう。
「急行料金を取っているのに他の列車より時間がかかるのはケシカラン。」というクレームはキハが走り始めて3年になりますが一度もありません。

途中の国吉駅で10分間停車するのを皆さん楽しみにして、ムーミンショップを訪ねたり、写真を撮ったり、地元の人たちと触れ合ったりしています。

この間、お客様からクレームを受けましたという報告があって、話を聞いてみると、ダイヤが乱れていて列車が遅れていたので、急行列車の国吉駅での10分停車をカットして列車を先に進めたら、「楽しみにしていた途中停車をカットしないでほしい。」と乗っていた複数のお客様からクレームされたというのです。
そんな意味で、いすみ鉄道の急行列車は、「急いで行かない列車」であって、ガイアの夜明けで申し上げたように、伊勢えび特急の「特急」は「特に急がない列車」なんです。
そして観光でいらっしゃるお客様は、そういう体験を楽しみにいらっしゃる。だから、目的地へ行くという商品を販売しているわけでもなければ、急行列車でも速達を約束しているわけでもないんです。

一見、バカな話に聞こえるかもしれませんが、こういう交通機関として本来あるべき「輸送」であるとか、「速達性」であるという商品を販売しないことが生き残りの道であって、本来の商品を販売していたのでは、ローカル線は生き残れないのです。

付け加えて申し上げるとすれば、昨日乗った「はやとの風」をはじめとするJR九州の観光列車は、特急料金をいただいているからだと思いますが、律儀にスピードを出して一生懸命走る。
駅では数分間停車するところもあるけれど、途中区間では特急としてのスピードで走るんです。
車内販売では特産品のおつまみやビールなどを販売していますから、こちらとしては車窓の風景を楽しみながら、グラスに注いだビールやワイン、ハイボールをのんびりとやりたいんですが、列車が速いもんだからグラスをしっかり押さえていないと倒れてしまうし、揺れと速度でのんびりと楽しむことができない。
JR九州の観光特急列車が、駅間ももっとゆっくり走るようになったら、完璧になるでしょうし、そうなったら、本当に商品を売らない商売として確立しますから最強でしょう。(それが七つ星なんでしょうね。)

だから、この点ではいすみ鉄道の急行列車(急いで行かない列車)の方が、現時点では一歩進んでいると私は思うのです。
特急列車が速く走るだけでは、商品をそのまま売っているだけなんですね。

今から5年前の平成21年に私がいすみ鉄道の公募社長として採用された時、私は、いすみ鉄道では目的地までお客様を運ぶ輸送という商品は売れないと考えていました。
日本でのローカル線問題というのは、昭和の時代から40年間も国家の問題として取り上げられていて、「国として何とかしなければならない。」といって対策をとってきたにもかかわらず、40年経っても未だに解決できていない。
私に与えられたテーマは、それをどうしたら解決できるかという国家的プロジェクトであるのですが、私はそんなことはお構いなしに、単純にビジネスとして考えるようにしたのです。

そこで方針として取り上げたのは、「今までやってきたことはやらない。」ということ。
今まで国全体で40年以上もやってきて、未だに解決できていないのですから、そのやり方を変えなければ、解決できないのは当たり前です。
ビジネスと考えた場合に、今までのやり方の延長線上に未来はないわけですから、やり方を変えなければならないのは明白なんです。

もっとも、安全輸送という第一義的使命は、過去の蓄積の上に成り立っているわけで、私は、今日までの5年間、輸送の部分に関しては今までのやり方を一切変更することなく踏襲し、商品の部分を新しい考え方で運営してきています。

さて、ではどのような商品がいすみ鉄道の商品かということになりますが、いすみ鉄道はあくまでも目的地までの輸送が商品であることに変わりありません。
距離に応じた運賃をいただいて、お客様に目的地までご乗車いただくことが商品です。
ところが、沿線の人口や少子高齢化を考えると、その商品をいくら棚に並べてお客様がやってくるのを待っていても、従業員の給料すら払えなくなることは目に見えています。
だから、私は、いすみ鉄道の商品である「輸送」ということを、品ぞろえとして商品棚に並べてはいますが、積極的に販売しないのです。

つまり、「車を置いて列車に乗ってください。」と地元の人に言いませんし、「どうぞ乗りに来てください。」と観光客にも言わないのです。
それは、過去40年以上にわたって、全国のローカル線で行われてきたやり方で、そのやり方でローカル線問題は解決していないのですから、やらない。
これは、私のポリシーなんです。

では、いすみ鉄道は何を販売しているかというと、「ローカル線の旅」をお楽しみいただくことで、昭和の里山が残る沿線風景の中、のんびりとローカル線の旅を体験していただくことを販売しているのです。
だから、いすみ鉄道の中で一番売れている切符は1日フリー乗車券。
例えばJRで大原へ来たお客さんが、いすみ鉄道に1日乗り放題乗って、また大原からJRでお家へお帰りになるわけですから、JRは輸送機関ですが、いすみ鉄道は目的地へ行く輸送という商品を販売しているのではなくて、「乗ることそのものが目的」という体験を販売しているわけです。

そうすることで、いすみ鉄道のお客様の数が増え、収入が増え、おまけに沿線地域にもたくさんのお客様がやってくる。
これがいすみ鉄道の観光鉄道構想で、観光列車を走らせて鉄道だけにお金が入るシステムではなく、地域が全体で潤うようなシステムを作ること。これが私のポリシーなんです。

国鉄時代から続く会社は、今まで、あまり地域と会話をしようという意図は感じられません。
会社としての使命はお客様に安全快適な輸送サービスを提供して利益を出すこと、従業員の雇用を確保すること、株主に還元することだけしか考えていない節があって、鉄道というツールを使って、輸送以外の方法で地域に利益をもたらそうという発想もないようです。
だから、大手がやらないその隙間を狙って、いすみ鉄道は、今までのそういうやり方を変えて、地域と一体となって、沿線地域の知名度のアップなど間接的な利益も含めて、地域にできるだけ多くの利益をもたらす商売の仕組みを作り出しているわけで、輸送という商品だけでなく、目に見えない体験というものを販売しているのです。

おそらく、今までのローカル線では、こういうやり方をやってこなかったし気付かなかったと思います。
でも、いすみ鉄道だけでなく、今、全国のやる気のあるローカル線で、やる気のある社長さんたちが、一生懸命いろいろな取り組みをするようになりました。
そして、地域と一体になることで大きな成果を出し始めています。
それをJRの経営陣も見ている筈です。

JRの幹部の人たちは、頭の良い人たちが揃っていますから、近い将来、JRも、いすみ鉄道のような、地域密着型の商品を取りそろえ、輸送以外で地域を盛り立てる使命に気づくようになると私は見ています。
そうすると、日本という国は地方から元気になるはずで、例えば昨日見てきたJR九州でやっている観光列車などは、地域と一体となって地域おこしに貢献して、地域に利益が落ちるような仕組みになっていますから、全国のJRが九州のように地域に貢献する姿勢を見せ始めれば、私は、ローカル線の未来は明るいと確信しているのです。
(今の時点では、誰も乗らないのに走らせていること自体が地域貢献だ、という程度の発想のようですが。)

そういう時代になれば、ローカル線という商品がもっともっと売れるようになるし、そうなれば、民間の資金も第3セクターのような経営の厳しいローカル線にどんどん入ってくることになります。
公募社長としての私の使命は、そういう時代を作り出して、大きな民間資本にローカル線の経営をバトンタッチするまでの「つなぎ役」なんです。

いかがですか、皆さん。
商品を売ってはいけませんという意味をお解りいただけましたでしょうか?

こうして考えて見ると、毎日通る街の中や、いろいろなところで、商品を売っているお店と、商品以外の物を売っているお店があるのがわかると思います。
そういう街やお店を見て歩く癖をつけると、また違った世界が見えてきて、楽しいと思いますよ。

そしてもう一つ、いすみ鉄道は体験を通して「夢」や「思い出」も品ぞろえの一つにしているのです。
鉄道会社が輸送だけを売っていれば良いと思っているようじゃ、列車は定時に発車しても、世の中には乗り遅れますよ。

(おわり)

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3日分、お読みいただきましてありがとうございました。

文中に出てくる「昨日乗ったはやとの風」というのはこちらです▼

2014年2月21日 今日の観光列車

どうぞ皆様、良い週末をお過ごしください。