外人を迎える練習

2020年の東京オリンピックまでに日本の国は外国人観光客を2000万人にしようと言っています。
今やっと1000万人を超えたぐらいですから、あと5年で倍にするわけですが、倍は無理としても、3割UPか5割UPぐらいはできるんじゃないかと私は思います。
そのためには、玄関口となる国際空港での入国審査をする法務省の係官や財務省の税関職員を増やさなければならないという人もいると思いますが、私は彼らがどういう仕事のやり方をしているかをよく知っていますので、その仕事のやり方を変えるだけで人数を増やさなくたって十分対応できると思います。
ところが、外国人観光客の急激な増加に対応できないのが、実は受け入れ側の観光地なんじゃないでしょうか。
面白いことに日本人は外国人観光客というと「金髪の白人」を連想します。特に年齢が高い人ほど金髪の白人を見て「外人さん」と言う傾向があって、実は日本各地では、そういう「外人イコール金髪」と思っている人たちが、観光地でリーダーを務めていたりするわけです。
でも、実際は金髪の白人はほんの一部で、アメリカやヨーロッパから来る観光客などは、おそらく数パーセントにすぎないと思います。そして実際にはアジアからの観光客が一番多くて、そういう人たちは金髪の白人でもなければ黒人でもなく、私たちと姿かたちが良く似ているアジア人なわけです。
日本が観光客2000万人を目指すということは、実はこうしたアジアからのお客様を増やすということであって、決してアメリカやヨーロッパからのお客様を中心に増やすということではありませんから、私たちの「外人さん」の定義も「アジア人」ということに変える必要があると私は考えています。
では、アジア人とはいったい誰かというと、隣国である韓国、中国、台湾が中心になるでしょうし、フィリピンやマレーシア、インドネシア、そしてインドからのお客様が主流になります。
ところが、それらの国の中や国民の中ではいろいろな問題があって、皆様ご存じのように中国や韓国は日本とうまくいってません。彼らの中にある日本に対する不信感はとても根が深いので、一朝一夕には解決しないと私は見ていますし、中国は共産党の独裁国家で、共産党というのは基本的には宗教を否定していますから、日本の神社仏閣などをありがたがる観光からは程遠いでしょうし、韓国には「恨(ハン)の思想・文化」というものがありますから、私たち日本人のように単純で楽天的にはなれないと思います。
何しろ日本人はアメリカに原爆を2つも落とされた世界唯一の被爆国で、東京や大阪の大空襲で何十万人もの日本人が命を落としているにもかかわらず、今の日本人はアメリカに対して敵対意識を持っている人はほとんどいませんし、どちらかというと戦後はアメリカ至上主義で来ましたから、中国や韓国が70年経った今でも何かにつけて日本に恨みつらみを言って、言いがかりをつけてくることに理解ができないのです。
つまり、お互いがお互いを理解できない状態にあるわけですから、2020年に向けての中国、韓国人を増やすという政策は、自然体による増加はあるかもしれませんが、積極的に展開することは無理だと私は考えます。
では、インドネシアやマレーシア、インドなどはどうでしょうか。
彼らは基本的には親日的で、日本に来たがっている国民だと思います。しかし、いくら親日的とはいっても外国人ですから、そういう国民に来ていただくためにはそれなりの準備をしなければなりません。それはどういう準備かというと、一番簡単に言うと「食事」です。
日本人も昔は外国旅行へ行くのに梅干しやしょうゆを持っていく人がたくさんいましたからお分かりいただけると思いますが、食べつけないものを食べるというのはとても疲れますから、旅行中はどうしてもふだん口にしているものが欲しくなります。
ところが、東南アジアの人たちはそういう「口さみしい」ような嗜好の問題ではなくて、宗教の問題として「食べられないもの」、「食べてはいけないもの」がたくさん存在します。そして日本の田舎の観光施設では、こういう宗教的なしきたりを理解している所はほとんどありませんし、宗教的な作法で食事を提供できる施設もまず存在しません。
これは実はやってくる観光客本人にとっては大問題なのですが、受け入れ側に態勢ができていないどころか、その認識すらないんです。
人間は朝ごはん食べてもお昼にはおなかがすきます。夕方になるとまたおなかがすきます。そういう「待ったなし」の状態にあるのが食事であって、それを提供することができるレストランや宿泊施設は田舎では皆無なんです。
例えばベジタリアン(菜食主義者)という言葉を聞いたことがあると思いますが、この菜食主義者にもビーガン(完全菜食主義者)、ベジタリアン(卵はOK)、ラクト(卵と乳製品はOK)、ぺスコ(肉は食べないけれど魚類と乳製品はOK)などたくさんいますし、宗教色になると豚肉ダメに豚牛ダメ、でも水牛はOK、チキンはOKなどいろいろ存在します。
そして外人には私たち日本人以上にアレルギーを持っている人が多く、私たちがふだん気にしないような例えばグルテン(小麦粉の成分の一種)がダメなんて人もいますから、今から5年でそういった人たちの受け入れ態勢を整えることは大都市のホテルならともかく、地方の観光地では無理だと私は考えています。
そうなると、私が韓国からインドまでのアジア諸国の中で、日本に観光客として来てもらっても、それほど身構えることがなく、比較的容易に受け入れることができて、私たちのやり方でお客様にご満足いただける国はどこかというと、私は「台湾」だと確信しているのです。
台湾の人たちは皆日本が大好きで、常に日本を意識しています。
台湾でコンビニに入って驚くのは、例えばパンのコーナーへ行くと「北海道牛乳蒸しパン」などと日本語で書かれたパンがたくさん並んでいます。
どうしてなんだろうかと台湾の友人に聞くと、「だって、日本語で書かれている方が売れますから。」と言うのです。
そういう親日的な国民であれば、来る方も受け入れる方もニコニコできるでしょうし、多少の失敗やミスがあっても大目に見てもらえるかもしれません。
使用する文字も中国本土の簡体字と違って、日本が戦前に使っていたような繁体字ですから私たちにも理解できますし、共通の言葉もたくさんあります。
そして台湾は九州より一回り小さめな国土に約2400万人が暮らしていますから、日本が外国人観光客の受け入れを練習させてもらうマーケットとしてちょうど良い大きさだと思うのです。
このぐらいの地域であれば営業戦略も立てやすいですからね。
如何ですか、皆さん。
私がいすみ鉄道と台湾国鉄集集線の姉妹鉄道提携を結んだのは、こういう理由からなんです。
特に房総半島は海産物が豊富で、千葉県はお醤油の産地ですから、いすみ鉄道沿線でふだん私たちがおいしいと思って食べているお料理をそのままお出ししても、彼らにとってもおいしい料理と言えますし、そういう親日的なお客様方にいらしていただいて、彼らにいろいろ教えていただいて、まず外国人をお迎えする練習をする必要があるのです。
そして、ある程度長い目で見て、将来的には必ず雪解けするであろう韓国、中国はもちろんですが、食の制限や宗教的な規制があるアジアの国々の皆様方もお迎えできれば、私は成田と羽田という国際空港が2つも近くにある房総半島は、無限の可能性があると考えているわけです。
まあ、その頃には今の旅行需要を支えていると言われている団塊の世代の皆様方も引退される時期でしょうから、今のうちから準備をしなければならないということは言うまでもないことなのです。