鉄道の価値 通勤編

どこかの議員さんが、田園都市線の遅れがあまりに改善されないので、東急電鉄に対して、「30分遅れたら運賃を払い戻すべきだ。」と言ったとかでネットで大炎上しているようですね。

まあ、運賃を払い戻すかどうかは別の次元の問題ですが、田園都市線の混雑と遅れは慢性化していて、昨日今日始まったことではありませんし、かといって明日にどうなるわけでもありませんから、私としては、そういう人は別の地域に住んだ方が良いのでは、と考えようと思います。

 

鉄道が走ると土地の値段が上がる。

鉄道が走ると地域の価値が上がる。

鉄道をうまく使えば、地域が栄える。

鉄道をうまくブランド化できれば、地域もブランド化できる。

 

これは私がいすみ鉄道の社長に就任した当初から持っているポリシーで、ずっとこのポリシーに従っていすみ鉄道をやって来て、今、これだけ沿線が有名になり、鉄道や地域が賑わってきているのは皆様方も良くご存じだと思いますが、こんなことは私が考えるずっと以前に、今から半世紀以上も前の昭和の時代に大手鉄道会社の経営者は考えてきて、それを実践しているわけですが、その象徴的な路線というのが実は田園都市線なんです。

私が子供の頃、田園都市線の沿線は見渡す限りの畑と山でした。

こどもの国へ遠足へ行ったのが小学校2年生の時、昭和43年ですが、当時は見渡す限りの田園風景で、今のいすみ鉄道の沿線と大して変わらない田舎。そんなところだったんです。

東急電鉄はそこへ田園都市線を開通させました。

インターネットで画像検索していただければ、開業当初の田園都市線の沿線には家がほとんどなく、畑と山と雑木林だけだったことがお解りいただけると思いますが、つまり、東急電鉄は原野のようなところに鉄道を開通させ、土地の価値を上げて、そこに住宅やマンションを作り、駅からバスを走らせて駅前以外の利便性を高め、スーパーマーケットやデパートを作り、鉄道運賃収入だけじゃなくて、街づくりを中心としたトータルビジネスとして、「需要の創造」を行ったのです。

そして、その沿線に人がたくさん住み初めて、50年近くが経過した今、どうしょうもないほど電車が混雑する状況になっているのです。

 

(某不動産会社のホームページが実に興味深いです。こちらをご覧ください。

 

こういうことは、東武でも、西武でも、小田急でも、京浜急行でも、京成でもやっているのですが、田園都市線がどうして現状のようになっているかというと、それは、東急の戦略が実に巧みで、沿線のブランド化が見事に成功したからで、例えば駅名一つ見ても、「すずかけ台」「たまプラーザ」「宮前平」「青葉台」「鷺沼」と、ちょっとおしゃれで、都会人が住んでみたくなるようなネーミングを上手にやっています。

同じ東京の私鉄の中で、一番ブランディングが下手だったのが私が愛する京成電車で、京成電車と田園都市線を比べてみると、例えば「津田沼」よりも「鷺沼」だし、「八千代台」よりも「青葉台」、「臼井」よりも「すずかけ台」だし、「ユーカリが丘」よりも「たまプラーザ」の方が、都会のスノッブたちにとって見たら、はるかにイメージがよく見えるし聞こえる。つまりブランディングなんですね。

そして、交通の実態を把握することなく、ブランドイメージにつられ、そのブランド戦略の虜になって、せっせと移住して、高い不動産を喜んで買って、「ボクは田園都市線住民だ」と胸を張っているのが、毎日満員電車で苦しんでいる皆様方なのです。

そりゃそうですよね、京成電車よりも田園都市線の方がはるかにステータスを感じますから。

 

かれこれ30年以上前になるでしょうか。

意地悪な番組がありましてね、都心から1時間圏内に、当時まだ開発中だった「たまプラーザ」と「ユーカリが丘」という2つの街が、どちらもだいたい同じ距離にある。

その同じ距離にある2つのまったく新しい街を番組で取り上げて、徹底比較したんです。

駅前の高層タワーマンションの不動産価格。

スーパーマーケットの物価など、いろいろ比較したんですが、どの点においてもユーカリが丘が勝ちました。

勝ったというのは、不動産価格が安くて、物価が安くて、子育て環境が優れているということですが、その結果を踏まえて、都内の人に「どちらに住みたいか?」と尋ねてみたところ、ほとんどすべての人が「たまプラーザ」と答えました。

 

当時は日本がバブルに向かう真っ最中で、不動産価値もどんどん上昇していく時代でしたから、そういう時代は、どちらかと言えば実質よりもイメージを取る時代で、ブランド化がとても重要視されていたからです。

安くて、便利で、環境が良い地域よりも、高くて、不便であっても、イメージを選んだわけです。

だから、そういう人たちは、「自分たちは田園都市線沿線住民だから。」と胸を張っていたわけで、電車が混雑しようが、多少遅れようが、そんなことに文句を言う人たちではなかったのです。

 

でも最近異変が起きてきているのです。

その、「田園都市線」とか「たまプラーザ」という名前に惹かれて嬉々として移り住んだ人たちは、まあ30年も前の話ですから、すでに50代後半から60代以上になっていて、もう毎日電車に乗る人の主流ではなくなっています。今、混雑が激しくて、しょっちゅう遅れている田園都市線に乗っている人たちは、ブランドイメージの虜になって移住した人たちではなくて、世代が替わっているのです。だから、今の人たちは純粋に通勤の交通機関として田園都市線は「イケてない」と考えていて、そういう人たちが主役になってくると、「何やってんだ! 毎日毎日。」ということになるし、田園都市線沿線住民としてのステータス以上に、利便性を重視する鉄道本来の意義ということで文句を言い始めているのです。今回の議員さんの「運賃を無料にしろ。」なんてのはまさしくそういうことで、だから私は、そんなことを言うのであれば、そういう路線の沿線には住まないで、他の路線に住んだ方が良いですよと申し上げるのです。

 

つまり、田園都市線の持つブランドとしての神通力の効力が、すでに過去のものになってきているということなのです。

 

では、通勤手段としての鉄道の価値ってどういうところにあるのかというと、私は「利用者が選択できるかどうか。」にあると思います。

例えば私の愛する京成電車は、スカイライナーという特急車両を朝夕、通勤ライナーとして走らせています。つまり、「今日は疲れたなあ。」というときは、数百円を払えばゆったり座って帰れるわけで、ビールでも飲みながら、優雅に通勤時間を過ごすことができます。こういうホームライナーは、今いろいろなところでやっていますが、そういう路線の方が、自分でどの車両か、どの列車に乗るか選択できる分、路線の価値は高いと思います。

JR線だと、グリーン車を連結している路線と、連結していない路線では、やはり差が出ると思います。

値段が高いとか、余計な出費がかかると思うのであれば、普通車両で立っていけばよいのですが、あくまでも選択肢があるという点での路線価値です。

始発電車が走っているかというのも大きな価値があると思います。

朝一番の電車というのではなくて、その駅で折り返しとなる電車があるかどうかです。

例えば、京成電車でしたら上野駅がそうですね。西武新宿線ならば西武新宿駅など、始発駅があれば、1本待てば座って帰ることができます。

ところが、最近多くなってきた相互直通運転をやっているところでは、電車は遠くからやってくるわけで、始発電車に乗れませんからなかなか座って帰ることもできません。近年走り始めた上野ー東京ラインに見られるように、例えば高崎線や常磐線の通勤客が、今までは上野から乗って座れていたのが、上野で待っていても座ることができなくなる。東海道線の電車もそうですよね。東京駅が始発でない電車が増えると、今まで座れていたのに座れなくなるんです。つまり、乗り換えなしで便利になったように見えて、通勤電車としての価値は下がっていると考えることもできるのです。

並行路線があるというのも大きな選択肢です。

私が住んでいる千葉県佐倉市は、京成電車とJR線が走っていますが、それだけじゃなくて東京メトロ東西線から直通する東葉高速線と、北総線が走っていますから、どこかの路線が支障をきたしても、自分で迂回して、無事に家に帰ることが可能です。

ところが、一例をあげると高崎線などはバイパスとなるルートが限られていて、実際にはバイパスルートとして機能しません。これが昨今高崎線が大きなニュースとして取り上げられているゆえんでありまして、人身事故や車両故障などで電車が止まるのは今の時代は日常茶飯事ですから、どこでも発生する。でも、中央線は西武新宿線と京王線に迂回できるし、常磐線はつくばエクスプレス。総武線は京成と東西線といった形で何とかなるのに、高崎線だけはそういう機能がない。つまり、利用客に選択する余地がないんです。

 

今の時代は、こういうことが通勤路線としての価値を測る一つのメジャーになります。

そして、通勤路線の価値が高いところというのは、土地の価値や地域の価値も上がると私は考えています。

 

(つづく)