ローカル線の絶対条件

私の学生時代、昭和40年代~50年代の話ですが、そのころから私はローカル線が好きで、全国各地のローカル線を旅してまわっていました。
当時旅したローカル線は、すでに廃止されてしまった路線もたくさんありますし、まだ列車が残っていても、走る車両や雰囲気などが当時と大きく変わってしまいましたが、今でも一番印象に残っている路線は、北海道の胆振(いぶり)線という路線で、キハ22といういすみ鉄道で今走っているキハ52と兄弟のような車両に揺られて、羊蹄山のふもとのジャガイモ畑の中を風を切って走ったことは、16~17歳という多感な頃の大切な思い出になっています。

胆振線 喜茂別駅 昭和52年8月
その私が、ローカル線を旅するにあたって、絶対に譲ることができない条件というのがあります。
それは、「ローカル線は空いてなければならない。」ということです。
社長の私がこの言葉を言うと、たいていの皆様方は笑われますが、私は真剣にそう考えていて、それはなぜかというと、やっぱり、ローカル線は座ってのんびり旅をするのが絶対条件だからです。
ローカル線は、地域の人たちにとっては大切な生活路線ですが、都会の人たちにとっては非日常を楽しむためにわざわざ乗りに行くものです。
それがローカル線の観光であって、都会の人たちがわざわざ乗りに行くということは、「乗ってみたいなあ。」と思っていただかなければなりません。
その、「乗ってみたいなあ。」と思っていただける重要なファクターには、地元の人たちとのふれあいであったり、のんびりとした風景だったりがありますが、そういった重要なファクターの中でも絶対に譲れない条件というのが、「ローカル線は空いてなければならない。」ということなんです。
国鉄末期からのこの30年間を振り返ってみると、運賃収入を生み出すことが難しいローカル線は、コストコントロールこそが最重要事項であると考えられていて、例えば今まで4両編成で走っていた列車を2両編成にしたり、1両にしたりすることで乗車率を高めることが経営だと考えられてきました。
そのためには、少ない車両にたくさんの人を詰め込む必要がありますから、それまでボックス型の座席だった車両を、都会の通勤車両のようにロングシートにして、立ち客が出ることが前提で車両の設計が考えられてきましたが、これが、都会の人にとって見たら、ローカル線の旅がつまらないものになった原因です。
こういう経営指標をロードファクターと言って、座席占有率を高めることが経営であると考えているのが実は航空会社の戦略で、500人乗るジャンボジェットに250人しかお客様が乗らなければロードファクターは50%ですが、300人乗りの飛行機に機材を変えて250人のお客様であれば、ロードファクターは83%になりますから、数字の上で見れば良い経営ということになります。
昨今、日本の航空会社がまだまだ使えるジャンボジェットを一斉にやめてしまって、小型の飛行機に変えているというのもこの考え方によるものなのです。
そういう考え方を鉄道にも導入して、短い編成にしてできるだけお客様を詰め込むことが良い経営だと考えてきた人たちが、簡単に言えばローカル線をつまらなくしてきたし、観光客ばかりでなく、地元の利用者の鉄道離れにも拍車をかけてきたのです。なぜなら、鉄道は座れないかもしれないけれど、高速バスなら座れますからね。
それが今の全国ローカル線の現状なのです。
さて、いすみ鉄道を観光鉄道化するに当たって私が最も重要視しているのが「座れる。」ということ。
観光ですから需要に波があって、今のような菜の花のピークシーズンは立ち客が出るほどにぎわいますが、そういったピークシーズンであっても、私は、せっかくローカル線にいらしていただいたお客様が座って旅ができないということに、大変申し訳なく思うわけです。
そこで、いすみ鉄道が考え出した方式が「座席指定」。
いすみ鉄道の観光急行列車には一部座席を指定席にして、必ず座れる制度を作ってみたのです。
もちろん、そのサービスを受けるためには指定席料金300円をお支払いいただかなければなりませんが、ローカル線にやってきて、駅弁とお茶を買って、または缶ビールとおつまみを買って、「さあ、旅を楽しもう」と思ったら列車は満員で座れませんでしたでは興ざめもいいところですから、そういう方は急行列車に乗る前に大原駅か大多喜駅で指定席券をご購入いただければ、今のようなピークシーズンでも必ず座ってのんびりとしたローカル線の旅ができますよ、というサービスが座席指定なんです。
いすみ鉄道のような短い距離を走る第3セクター鉄道で、特にイベントをやっているわけでもないのに座席指定制度を設けているところはほとんどありませんが、私が指定席を連結しているのはそういう意味なんです。
大原駅で駅弁を買って列車に乗る時も、大多喜駅で上総中野から来る急行列車に乗ろうとするときも、「座れるだろうか?」と不安になるかもしれませんが、指定券を買っていればそんな不安も気になりません。
指定席券は当日大原か大多喜駅でご乗車の列車のみの発売ですが、この3連休を見ても、ご希望の方にはほぼお座りいただけましたので、そんなに座席が取れないというほどのものでもありませんから、お座りになりたい方は、ご乗車の前に指定席券をご購入されることをお勧めいたします。

さて、いすみ鉄道の座席指定のもう一つの特長は、席が空いていれば、指定席券が無くてもお座りいただいても構わないですよということです。
キハ52の自由席車両が立ち客が出るような状況の時には、車内でアテンダントが指定席車両へ誘導することもありますが、「空いていれば自由席のお客様だって別に座っても構わないでしょう。」というのがいすみ鉄道の指定席の考え方です。
なぜなら、座席指定というのは、「指定席を持った方の座席が確保されていますよ。」ということでありますから、他の空いている座席に誰が座ろうとも、そのお客様には関係のないことだからで、例えば、指定券を持たない方が座席に座っているところへその指定席のお客様がいらしたとしたら、自由席の方は席を立ってその指定席の方へ席を譲ればそれですむことだからです。
指定席券を持たないで指定席に座る場合は、車内で飲んだり食べたりしないようにお願いしているのはそのためで、指定席の方がいらした時に座席が汚れていたのでは、その指定席のお客様に失礼にあたるからです。
JRや他の鉄道会社では、座席指定というものは、その車両に一歩足を踏み入れた途端に「指定席料金をいただきます。」という考え方のようですが、自由席が満員で指定席がガラガラの時など、座席指定のお客様がいらしたら席を立つということで、それまで座っていても一向に構わないと思いますし、それがサービス業だと私は考えます。
もっとも、グリーン車となると、その車両自体が特別車両ですから、別料金が発生するのは明らかですが、座席指定というのは、途中駅のどこから乗っても座れますよという制度であると考えた場合、そのお客様が来るまでは座っていたって一向に構わないと思うわけです。
まあ、JRのような大きな組織では、いろいろなところで整合性が求められますから、現場の車掌の判断にゆだねるなどということは基本的にはやりたくないでしょう。だから無理もないと思いますが、駅の窓口で自由席特急券を買う時に「座れますかねえ。」と尋ねると駅員さんはたいてい「さあ、どうでしょうか? 座りたかったら指定席にしてください。」と答えますから、これがお客様にとってはサービスになっていないわけで、お客様としたら、ただでさえ鉄道は割高感があるから自由席なのですから、「じゃあ、必ず座れる高速バスにしましょうか。」といくつかある選択肢から鉄道はチョイスされなくなってしまうわけです。
まあ、明治以来140年の鉄道の制度も、そろそろ時代に合わなくなってきているということが露呈してきたのが昨今の様子ですが、いすみ鉄道としては、その辺はフレキシブルに考えて、お客様の実情に合わせた柔軟な取り扱いをしていきたいと考えているのであります。
いすみ鉄道は必ず座れるローカル線を目指しているのです。
そして、かつての私が胆振線で体験したような、すばらしい思い出を、若い世代の皆様方にいすみ鉄道で体験していただくことが、ローカル線を次の世代に繋いでいくということなんだと確信しております。