いすみ鉄道の顧客戦略

今日から9月。
あっという間に夏休みが終わってしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでいらっしゃいますか?
そろそろ夏の疲れが出てくる頃ですから、皆さまどうぞお体をご自愛ください。
さて、前回は、航空会社では乗客、旅客のことをパッセンジャーとは呼ばず、カスタマーと呼ぶようになってきているというお話をしました。
和英辞書で「乗客」と引くと、「PASSENGER」と出てきますが、これは、通行人、旅行者といった「通り過ぎる人」というニュアンスがあるため、お客様を「個・個人」として考えている航空会社では、パッセンジャーという呼び方はしない傾向にありますが、日本の鉄道会社では、何の疑いもなくパッセンジャーと呼んでいる。
これは、お客様をバルク、つまり、「集団・集合体」として考えているからだ、と申し上げました。
では、いすみ鉄道での私が考える顧客戦略はどういうことか、お話しさせていただきます。
私が考えている顧客戦略は、一言で言えば、個と集団の 「両方」 であります。
JRがフリー切符を発行して、小湊鉄道やいすみ鉄道がその範囲内に含まれると、予期せぬ状況でドッとお客様が押し寄せてきて、列車が超満員になります。
こういう時のお客様は、「話のタネに一度乗ってみよう。」「面白そうだから行ってみよう。」というパイオニア的なお客様が多く、大多喜にも国吉にも途中下車することなく、上総中野―大原間を「乗りつぶして」通過していきます。
こういうタイプのお客様はまさに「パッセンジャー」といえますね。
それに対して、「カスタマー」といえるお客様は、毎週のようにキハ52に会いに来てくれたり、季節ごとにグループでムーミン列車に乗りに来てくれるような方々。この夏、4回運転したビール列車に都会から3回も乗りに来てくれた方がいらっしゃいますが、こういうお客さまなどは、まさしく「カスタマー」ですね。
JRのフリー切符ではありませんが、最初は「パッセンジャー」として、とりあえず乗りつぶしの体験乗車にいらしていただいた方が、いすみ鉄道や沿線地域を気に入ってくれて、何度も足を運んでくれるようになるのですから、「カスタマー」と呼べるとてもありがたいお客様です。
ところが、いすみ鉄道では航空会社のようにマイレージカードはありませんし、他の鉄道と同じように、切符を買う時にお名前や連絡先をお伺いするわけでもありません。
では、どのようにしてお客様を「個・個人」としてとらえるかというと、「常連のお客様」、「おなじみさん」としての「顔」を覚えるのです。
私は、頭の出来があまりよくありませんから、電話番号と人の名前を覚えるのが昔からどうも苦手でしたが、何度もいらしていただければ、「顔」は覚えることができますから、「あれ、またきてくれたの? 奥さんに怒られない?」なんて会話でおもてなしをすることは得意技です。
いすみ鉄道の職員も、長年にわたり廃止の瀬戸際をさまよってきた経験がありますから、駅や車内にお客様がたくさんいらしていただいていることや、よく見る顔が今日も来てくれていることがとてもうれしいのです。
だから、武骨な年配の職員でも、皆、とてもうれしくて、うまく表現はできていないかもしれませんが、お客様へ感謝の気持ちで一杯なのです。
その気持ちが、「おなじみさん」、「常連さん」をお迎えする姿勢になっています。
これが、私が考える顧客戦略。
戦略と言っても、私が考えることですから何も難しいことではありません。
居酒屋さんと同じように、「おなじみさん」「常連さん」として、「おかえりなさい。」と言ってお迎えするだけなのです。
でも、おそらく、日本の鉄道で、地元住民以外のお客様を 「おなじみさん」、「常連さん」 としておもてなししているのは、いすみ鉄道が初めてではないでしょうか。
では、どうしてそういうことができるかというと、それは「ムーミンファミリー」と「キハ52」のおかげ。
しばらく前のブログに書きましたが、どちらも長年日本で親しまれてきている存在ですから、お客様が自分の人生を、「ムーミン」や「キハ52」というメジャー(物差し)を使って、「あのころは、こんなことをしていた」といったように、振り返って見ることができる。
そういう共通のメジャーを持った人たちが、いすみ鉄道に集まってくるのだから、それぞれのお客様の間に、初めて会っても初対面とは思えないような 「場」 ができるし、だから、また来ようという気になれる。
そんなことの繰り返して、皆、「おなじみさん」になっていくのです。
私は、鉄道というツールを使って、パッセンジャーの輸送からもう一歩踏み込んだ、カスタマーサービスを目指しているのです。
もっとも、サービスと言っても、何か特別なことをして差し上げるわけではありません。
ただ、いらしていただいたお客様と同じ時間を共有するだけです。
だから、同じ時間を共有できる人じゃないと、いすみ鉄道の「おなじみさん」にはなれないかもしれませんね。
言い方を変えれば、わかる人だけがわかる。
それがいすみ鉄道です。
なぜならいすみ鉄道が(私が)考えているサービスは、「個」に対するものであって、「マス」(大きな集合体)に向けて「来てください」と訴えているものではないからです。
これがいすみ鉄道で私が展開する顧客戦略。
東京生まれ、東京育ちの私が提唱する、みんなで参加するローカル線の新しい使い方。
ローカル線が都会人のための心のオアシスになることができれば、そこから新しい可能性が広がっていくのです。
初めて来ても、「おかえりなさい。」 の雰囲気があるのがローカル線の良さなのです。
わかるかなあ~。
わっかんねえだろうなあ~。
(これも昭和のギャグですね。)