鉄道と飛行機を比べて見て思うこと

お客様として外側から、そして働く人間として内側から鉄道会社と航空会社を比べることができる日本でも数少ない人間。
それが、いすみ鉄道社長である私。
だから、私にとって当たり前のことでも、ふつうの人から見たら、とんでもなく特異な発想に見えるのかもしれませんね。
本日の話も、たぶん、その一つになると思います。
皆さまご存じのように、乗客や旅客のことを英語で PASSENGER(パッセンジャー) と言います。
中学生でも知っている単語ですね。
ところが、英語を基本用語とする航空会社では10年以上前から、お客様のことをパッセンジャーと呼ぶのをやめる方向にあります。
日本の航空会社ではわかりませんが、私が勤めていた会社のように英語を母国語とする国の航空会社では、近年、パッセンジャーと言う呼び方をやめてきています。
では、お客様のことをなんて呼ぶかと言うと、それは、CUSTOMER(カスタマー)です。
ですから、それまでのパッセンジャーサービス(旅客部)という部署が、カスタマーサービスと名前を変えたりしています。
パッセンジャーという言葉は 「乗客」、「旅客」という意味がありますが、語源には「通行人」「通り過ぎる人」と言ったニュアンスがあり、英語を母国語として話す人たちには、あまり良いイメージの言葉ではない、ある意味でお客様に失礼にあたる、というのが「お客様のことをそう呼ぶのはやめましょう。」の始まりです。
日本では会社の名前にもパッセンジャーという言葉を入れているところがあるのとは対照的ですね。
私は、例えば新幹線のグリーン車に乗っていて不思議だなあと感じることがあります。
それは、乗務員(車掌やアテンダント)がお客様のことをお名前でお呼びしないことです。
グリーン車では、アテンダントが笑顔でおしぼりをくれたり、コーヒーを運んできてくれますが、「ハイ、どーぞ」と、それだけ。
「○○様、いつもご利用いただきましてありがとうございます。」とは一度も聞いたことがありません。
鉄道会社に勤めている人たちは、ふだんは自分たちの出張にも鉄道を利用していると思います。北海道や九州の会社の人はともかく、よほどのことがない限り国内も飛行機で移動はしないでしょうし、サービスをじっくり観察できるほど国際線のファーストやビジネスクラスを経験したことがある人もほとんどいないでしょうから、サービスを提供する側として、自分たちが行っているサービスに何の疑問も抱かないと思います。
でも、お客様は飛行機に乗ったり、新幹線に乗ったりします。
出張に出るときに行きは新幹線、帰りは飛行機という方も多いと思います。
鉄道会社ではお客様にサービスをするときに、お客様のお名前を呼ぶことはありませんが、競合相手の航空会社では、カウンター、搭乗口、機内など、いたるところでお客様をお名前でお呼びします。
機内でもクルーが「○○様、いつもご利用いただきましてありがとうございます。」と笑顔であいさつします。
だから、鉄道と飛行機を乗り比べるお客様の視点で見ると、鉄道に乗った時に「あれ?」と思うわけです。
航空会社ではお客様を囲い込むために、皆様ご存じのマイレージ積算システムを10数年前から始めています。
自分の会社の飛行機を次にもまた利用してもらうための制度がマイレージのサービスですが、これを会員としてデータベース化することで、その人がどのぐらい自社の飛行機に乗ってくれているかがわかります。
そして、そのデータを基に、利用頻度の高いお客様へ、上級のカード(エメラルド、サファイアカードなど)を発行します。
その上級カードの情報には、お客様の会社名や職場での役職、機内食の好み(菜食主義、減塩食、糖尿病食など)と、いろいろな情報が入ります。
お客様が予約の際に自分の会員番号を登録すると、予約→空港→機内と、お客様の情報が伝達されますから、上級カードのお客様は、どこへ行ってもお名前で呼ばれるわけです。(マイルを貯めるだけのエントリーカードではお名前で呼ばれることはありませんが、)
ところが、新幹線などの鉄道輸送では、乗っているお客様がいったいどこの誰だか全くわからない。
よほど顔が売れた芸能人ならともかく、普通の人であれば、乗務員(車掌やアテンダント)にとってみれば、今、目の前で自分がお世話をしているお客様がどこの誰だか判らない状態なのです。
私は何も通勤電車などの短距離輸送の話をしているのではありません。
サービス業の基本として、特に上級上質のサービスを目指すのであれば、座席の構造をよくするとか、食事をお出しするといったことと同じように、せめて新幹線のグリーン車や個室寝台などの特別車両では、この点をまず考えなければいけないことだと思うのです。
では、なぜ、こういう違いがあるかと言うと、航空会社は世界的に厳しい経営環境の中に長年おかれ、サービス業としての切磋琢磨を繰り返してきていますから、サービスの基本として、お客様を 「個」 「個人」 として考えているのに対し、鉄道会社では大量輸送がいまだに細分化されておらず、お客様をその他大勢の中の一人として、つまり 「集団」 としてとらえているからです。
JRだって会員制度を設けて、できるだけ自社のカードで切符を買わせようとしていますから、その情報を乗務員に伝達しさえすれば、新幹線のグリーン車程度の人数であれば、車内でお客さまをお名前でお呼びすることぐらいできると思いますが、鉄道会社だけしか経験したことがない職員の組織集団では、まだ、サービスというものに対して、そこまでの考え方の領域に達していないのだと思います。
つまり、これがお客様の呼び方でいう PASSENGER と CUSTOMER の違いであって、鉄道会社では、お客様を通行人レベルでひとまとめにして考えていることの表れが、呼び方を見ただけでわかるのです。
名前を呼ぶことが良いかどうかはお客様の好みの問題もありますから、一概にそうするべきだというつもりはありませんが、サービスの質を追求するのであれば、まず、考えなければならないことの一つだと思うのです。
私は航空会社に勤務していましたから、若いころから、たいていは自分の会社の飛行機で旅行に行っていました。
ロンドンでも、パリでもバルセロナでも、乗る飛行機は自分の会社の飛行機ですから、20年も勤務していれば、どこかで必ず知っている顔に出会います。
「ハイ、アキラ! 今日はプライベートかい?」なんて感じで異国の同僚から声をかけられることもしょっちゅうですが、私の妻は、これがいやでいやで仕方がなかったと言っています。
どこへ行っても、自分が誰かがわかってしまうし、飛行機に乗るたびにクルーから挨拶をされるのが窮屈で仕方がなかったようですが、航空会社だって、何も数百人乗っているお客様のことを全員お名前でお呼びするわけではありません。
お客様をお名前でお呼びするのは、ファースト、ビジネスのお客様が基本。
そして、上級カード(エメラルド、サファイアなど)をお持ちのお客様であれば、エコノミーに座っていてもお名前でお呼びしますが、それ以外のお客様でしたら、心配はご無用です。
自分の情報を知らせたくなければ、会員番号を登録しなければよいし、マイルの加算だけなら事後登録だって可能です。
「個人的な旅行」とお申し出いただければ、有名芸能人も大物政治家であっても、クルーは必要なこと以外は一切話しかけない、ということも、航空会社ではサービスの一つに取り揃えていますから、そういうサービスをご希望の方は、ご予約の際にどうぞお申し出ください。
これが、私が感じる航空会社と鉄道会社とのお客様のとらえ方の根本的な違いです。
そうそう、英語の単語の話でもう一つ。
国際線では普通座席の事を「エコノミークラス」と呼ぶのが一般的だと思われるかもしれませんが、これも、英語を母国語とする国の航空会社では徐々に呼び名を変えてきています。
私がいた会社では「ワールドトラベラー」というブランド名に変更してからすでに10年以上の年月が立ちます。
ブランド名ですから、社内では「エコノミークラス」という呼び方は禁止になりました。
アメリカ系では「メインキャビン(主客室)」と呼ぶところもあるようですね。
これも、英語が持つ「エコノミークラス」というニュアンスが、「自分はエコノミークラス」という印象が、お客様からしてみればあまり良い響きに聞こえないからなのです。
日本人の皆様はあまり気にしていないようですが、世界的にはこのような動きにあるのです。