2つの目より、4つの目

英語で
Four eyes see more than two.
という言葉があります。

2人の方が1人よりも視野が広くなるという意味ですね。

3人寄れば文殊の知恵とか、いろいろありますが、この「2つの目より、4つの目」というのは、国鉄時代に安全のスローガンとしても言われていたことです。

私が子供の頃、そう、かれこれもう50年も前の話ですが、国鉄はよく労働闘争をしていました。戦後の復員兵を大量に受け入れた結果人員に余剰が発生する。そこへ技術の発展で省力化が進むとさらに人が余る。

一番わかりやすい例で言うと、蒸気機関車の運転席には必ず2人乗務していました。
運転操作をする機関士と、石炭をくべてボイラーを調整して蒸気を作り出す機関助士ですが、蒸気機関車が無くなって電気機関車やディーゼル機関車になると、機関助士という仕事は要らなくなるのです。

でも組合的には仕事がなくなることに対して危機意識がありましたから、引き続き機関助士を乗務させろと要求をするわけです。

私は代々木の塾へ行く途中に池袋や新宿駅の構内でEF13やEF15といった電気機関車が貨物列車を従えて停まっているのをよく見ていましたが、そんな時、必ず助士席側には若いアンちゃんが座っていまして、ふんぞり返って週刊誌の漫画を読んでいる。
貨物列車というのは待機している時間が多いですからね。暇なんですよ。

当時の若い国鉄職員はだいたい長髪で茶髪かパンチパーマ。開襟シャツにエナメルシューズを履いて煙草をくわえてふんぞり返って漫画を読んでいるのが池袋や新宿駅のホームからよく見えるのです。

蒸気機関車なら石炭をくべて水をチェックしたりする任務だけではなくて、右にカーブするときは機関士さんからは前方が見えませんから、「前を見ろ!」と言われて投炭の手を休めて前方確認して、「前オーライ!」と機関士さんに伝えるという安全確認の使命もありましたが、電気機関車やディーゼル機関車になれば、2人で作業する必要もなければ、2人で安全確認する必要もない。電車だってそうですから機関士一人で十分です。

そんな時に労働組合が掲げたスローガンが「2つの目より、4つの目」。
1人よりも2人の方が安全だということです。

この写真は高架化される前の奈良駅で撮影したものですが、緑の103系の山手線に乗って塾へ行くときにはほぼいつも一番前に乗って行ったんですが、運転席の窓ガラスにはどの電車にも「2つの目より、4つの目」という丸いステッカーが貼ってありました。

私の父がよく言ってました。
「合理化反対って、何なんだ? そんなこと言ってるから国鉄はダメなんだ。」
「2つの目より、4つの目だと? ボーっとしてるやつが乗ってたら何人乗ってても意味ないじゃないか。」

父の言葉はおそらく当時の国民の誰もが国鉄職員に対して持っていた印象を表していたと思いますが、結局、機関助士が乗っている4つの目の列車で機関士が居眠り運転したり、飲酒運転で速度超過をして寝台特急が脱線するなどといった大事故がいくつも発生しました。

これが事実なんです。

さて、今回の羽田の事故ですが、着陸進入していた日本航空機の操縦席には3人のパイロットが乗務していた。つまり6つの目です。
でも、3人が口をそろえて、今自分たちが着陸しようとしている滑走路上にいる海保機を「見えなかった。」と言っているようです。

海上保安庁の飛行機にも機長と副操縦士の4つの目がありました。

管制塔もグランドコントロール、タワーと複数の管制官が任務にあたっています。

その誰もが「見えなかった。」「気が付かなかった。」と言っています。

私はどうも不思議でなりません。

もちろん事故というのはあり得ないことが複数重なった時に発生するものですから、それが今回だったのでしょうけど、それにしてもなんだか「お粗末」に思えます。
全員がプロ中のプロなんですからね。

でも、そのプロ中のプロも人間ですから、百万回に1回ぐらいはミスもするでしょう。
飛行場の管制というのは、実はそういった数万回に一回といった、ぽっかりと開いた魔の隙間に対するフェールセーフ機能がないということが一番の問題点だと思います。

40年前の事故調査でしたら、ミスを犯した機長を業務上過失責任で処分すれば皆さん納得したのかもしれませんが、警察が犯人探しをする意味は全くありません。
事故調査というのは再発防止対策を講ずるために行うのが一番の目的ですから、誰が悪いとか、そういうことではなくて、「Real Cause」を探って対策を立てていただきたいと思います。


▲今回事故があったC滑走路34Rへ進入するところ。


▲こちらは同じ羽田のA滑走路。

右の矢印のところで少し画像が切れてしまっていますが、「STOP」と赤い電光表示が出ています。
滑走路を離着陸する飛行機がいる場合、こういう赤信号が目の前に出ますから、パイロットはすぐにわかります。

A滑走路の方は誘導路から滑走路に入るところにこの「STOP」信号機があるのですが、反対側のC滑走路の方にはこれがありませんでした。

たったこれだけの設備すらないのがこの国の玄関口の空港なのですから、全国空港民営化云々と言っている場合ではないと私は思います。

人間なんか何人いたって、そんなことでは事故は防げない。

50年前の父親の言葉を突然思い出しました。