公募社長総括 7  「撮り鉄さん、いらっしゃい。」

いすみ鉄道でキハ52を走らせる話が決まると、いすみ鉄道の社内や応援団の皆様の中で、「写真だけ撮りに来る人たちに対して、どういう対応をしようか。」という意見が出始めました。

 

キハ52は、JRからオンボロのディーゼルカーを導入したとはいえ、いすみ鉄道にとっては大きなお金をかけての勝負になります。そういう時に、乗りもしないで写真だけ撮りに来る人たちに対して、どうやったらお金になるか、何とかそういう人たちからお金が取れないかという話題が起きたのです。

例えば、渓流で釣りをするときなどは、入漁料を地元に支払って証明書を発行してもらい、その証明書を携帯して自分がきちんと許可を得ているということを証明する制度がとられていますが、それと同じように駅売店で撮影料を払ってもらって、証明書を発行し、社員や応援団の人たちが撮影地を歩いて確認してはどうか、などという意見が出されました。

いすみ鉄道がキハ52を導入して観光用に走らせるのは、ただで写真を撮りに来る人たちのためではないから、そういうちゃっかりした人たちは許すべきではないという考え方です。

皆さん、いすみ鉄道のことを真剣に考えてくれるのが私にはとてもうれしいことでした。でも、私は、「写真を撮りに来るだけでも良いのではないかな。」と考えていました。

 

鉄道会社というのは、基本的に撮り鉄が嫌いです。

「あいつらが来ると線路の中に立ち入る。」とか、「あいつらが来ると列車を止める。」とか、そういう考え方があると思います。

でも、私は、そうじゃないと考えました。

その理由は、キハ52というのはいすみ鉄道の商品であって、撮り鉄さんたちは自社商品のファンであるからです。

自社商品のファンに向かって、「お前らは来るな。」という商売はないんです。

ではなぜ、鉄道会社が撮り鉄に対して「来るな。」と言うかというと、乗らないからなんです。

乗らないから客じゃない。

これが理由ですね。

でも、それっておかしいと思います。なぜなら、「買わないから客じゃない。お店から出ていけ。」と言う商売はありませんからね。

世の中にはウインドゥショッピングというのもあるわけで、買わないから客じゃないということもおかしいと私は思いました。

まして、いすみ鉄道は長年地域の支援で成り立ってきた第3セクター鉄道です。地域に人がたくさん来れば、たとえ直接的にいすみ鉄道の運賃収入にはならなくても、必ず地域にとってプラスになるはずですから、私は「写真を撮りに来るだけでもよいから来てください。」と申し上げました。

 

 

 

 

駅の構内に入るためには入場券を買ってもらおう。そう考える職員もいましたが、私は「改札要員をきちんと配置する経費を考えたら、撮影自由にして良いよ。」と言って、入場券を買わなくてもどうぞお入りくださいと言うことにしました。

 

 

これがその証拠のテレビ番組です。

確かに、そんなことを言う鉄道会社はないかもしれませんね。

でも、私は、世の中というものは、まず自分から門を開かなければと考えていますから、傍から見れば「大盤振る舞い」に見えるかもしれない無料開放をやったのです。

 

そして、サポーター(年間5000円)、車両オーナー(5万円)、プレミアム車両オーナー(50万円)という制度を作りました。

ご支援をいただく制度を作ったのです。

 

「サポーターになって年間5000円払ったら何があるの?」「5万円と50万円の違いはなんですか?」

時々そう聞かれることもありますが、違いは特にありません。(笑)

強いて言うならば、払ってくれる人の気持ちが違うんです。

自分が払える金額を払っていただければ、私はそれでよいと思います。

5000円がダメで、50万円が良いというものでもありません。

学生さんの5000円と、会社の社長さんの50万円では、もしかしたら学生さんの5000円の方がはるかに重いかもしれません。

だから、キハに対する思いを、自分ができる範囲でお支払いいただくことが、実に尊いと考えています。

今でも、こちらから期限の通知を出さなくても、皆さん自主的にお支払いいただいていますが、それは、「なかなか行かれないけれど、いすみの空の下でキハが走っていることがありがたい。」という皆さんの気持ちの表れで、撮影料金や入場券を払ってもらおうと考えなくても、皆さんの気持ちがちゃんと伝わってくるのは、鉄道ファンならではで、ありがたいことだと思います。

 

まあ、人間ですから、中にはちゃっかりした人もいて、いすみ鉄道に1円も払わないでしっかりキハを撮影して、「俺は得をした。」と思っている人もいるとは思いますが、私の人生経験からすると、そういう人も長い人生の中ではどこかできちんと帳尻が合うようにできているものですから、いちいち目くじらを立てることでもないと思います。

得をしたと思っているようで、徳を失っているのですからね。

 

まあ、このように大らかな気持ちで「写真を撮りに来るだけでもよいから来てください。」ということを申し上げていると、撮り鉄さんからは、「いい会社ですね。」と言われるようになって、そうなると好意的なメッセージが発信されるようになります。そして、その好意的なメッセージに、皆さん方の力作が一緒に発信される。「いすみ鉄道はすごいぞ。昭和だぞ。」「俺たち堂々と写真を撮ってられるぞ。」というようなメッセージです。

 

 

とにかく撮り鉄さんたちというのは、いろいろな風景を探してくれますから、地元の人たちでも知らないようなきれいな写真をいっぱい撮ってくれます。そして、その写真がどんどん拡散していくのですから、地域にとってはありがたいことではないでしょうか。

 

そんなある時、私のもとに1通のメールが届きました。

自分は昭和の自動車をコレクションしているのですが、大多喜に持って行ってもよいでしょうか? というメールです。

私はすぐに、「ぜひ持ってきてください。」と返事を出しました。

 

 

そうしたら次の日曜日にこの自動車がやってきたのです。

これは素晴らしい。昭和の三輪自動車。それも日通カラーです。

なにしろ、これだけで駅前に人だかりができました。

みんな写真撮りまくっています。

そして、その写真がまた拡散していきます。

「今日のいすみ鉄道。」とか、「大多喜駅は昭和です。」などというメッセージとともに、すごい勢いで拡散していきます。

 

 

そうしたら次の週にはボンネットバスまで来るようになりました。

これはもう事件ですよね。

駅の駐車場に昭和の自動車が並んで、その後ろの線路を昭和の国鉄形ディーゼルカーが通るのですからこれだけで観光地です。

 

 

ほら、みんな待っているのですから。

そして、この人たちが一斉にシャッターを切って、その写真がまたどんどん拡散していく。

 

 

いつの間にか、季節を問わずいろんな車が集まるようになりました。

申し上げておきますが、いすみ鉄道は一切お金を払ってはおりません。

自動車のオーナーさんたちが、どんどん持ってきてくれるのです。

 

最初に日通カラーの三輪自動車を持ってきてくれたオーナーさんに、このあいだ言われました。

「俺のメールに、まさか返事をくれるとは思っていなかったけど、社長が返事をくれたところから、俺たちはこういう世界を見ることができた。本当に感謝している。」と。

車のオーナーの皆さんは応援団に入ってくれて、今ではすっかりお友達で、国吉駅からボンネットバスの体験乗車など行なうようになりましたが、ことの始まりは一通のメールだったんですね。

 

それもこれも、「写真撮りに来るだけでもいいから来てください。」と最初に言った言葉から始まっているんです。

その時に考えたことは、「たとえ鉄道運賃収入に直接結びつかなくても、地域に人が来れば必ず地域にとってプラスになる。」ということ。

だって、1両のキハ52に何人のお客様が乗って、鉄道会社の収入がいくらになるかなどと考えても、所詮大した金額にはなりません。1万人乗って、急行料金収入は300万円ですからね。

でも、写真を撮りに来たり、ドライブの途中に立ち寄ってくれる人たちもたくさん来ていただけるようになって、わずか数年で、しっかり地域が賑わうようになりましたから、地域にとって大きなプラスになっていると私は確信しています。

そして、このゴールデンウイークで運行開始から7年間で20万人にご乗車いただきました。20万人ということは急行料金だけで6000万円ですから、なんだかんだでしっかり元は取っていると思いますよ。だって、別に運賃収入も当然入ってくるのですからね。

キハは決して儲からないというものではないのです。

地域も含めて、しっかり儲かっているのですから。

 

キハ52の次の検査は2020年春です。

それまでは多分走ると思いますが、その検査を通すかどうかは次の経営陣の判断となります。

「いつまでも走ると思うなキハ52」ということで、皆様、これからもいすみ鉄道をどうぞ盛り立ててくださいね。

 

どうぞよろしくお願いいたします。