旅行の動機 その3

今夜はちょっと話題を変えて、同じ旅でも出張の話。飛行機で出張に出かける人たちの変遷です。

 

話は1970年代にさかのぼりますが、飛行機で出張へ行くというのは、特に海外出張の場合はエリートと呼ばれる人たちがほとんどでした。

1972年に日本航空の飛行機がモスクワで離陸に失敗して墜落した事故がありましたが、当時のモスクワは経由地としてヨーロッパへ行くために最短のルートでした。

当時の飛行機はDC8。航続距離の関係からヨーロッパまで直行することはできず、南回りか北回り、モスクワ経由というのが当時のルートだったのですが、その中で最も所要時間が短いモスクワ経由は、ヨーロッパ出張するエリートたちの利用するコースでした。

当時の飛行機はファーストクラスとエコノミークラスの2クラス制。事故で墜落したファーストクラスのお客様の中には国の偉いお役人さんなどの名前があったことを記憶しています。マスゾエさんではありませんが、偉い人たちはファーストクラス。おつきの人たちはエコノミークラスというのが普通だったんですね。

 

1970年代後半になるとB747ジャンボジェットがたくさん飛び始め、座席がたくさん供給されるようになりました。すると、航空会社は空席を出さないようにするため、海外旅行の需要創出を狙って「JALパック」などの旅行ブランドを立ち上げるとともに、航空券の値引き販売を始めました。グループ旅行など観光旅行のお客様は途中トラブルでもない限りは予約した飛行機に必ず乗ります。そういう旅行形態の特徴があるのに目をつけて、安売りする理由に「払い戻しできません。」「予約の変更ができません。」「旅程の変更もできません。」という条件を付けて、破格の値段で航空券の販売を始めました。一例をあげるとすれば、350席のエコノミークラスの座席のうち200席ぐらいを一か月前までに発券して支払いをすることを条件に、半額以下の値段で販売したのです。

 

今の国内線などでも「早割」とか「スーパー早割」などという名前で、30日とか60日前までの予約、支払いを条件に格安の値段で切符を販売していますが、それと同じ考え方で、1970年代後半頃から国際線航空券の格安販売を始めました。

そして、これにより海外旅行ブームが到来したのです。

 

そういう時代になってくると、今度は国の偉いお役人さんや大企業の経営者といった人たちばかりでなく、ふつうのビジネスマンも海外出張へ出かけるようになりました。そういう人たちはファーストクラスには乗れませんから、皆さんエコノミークラスと相場は決まっていましたが、観光で海外旅行をするのと違って、1か月前に出張の予定が入るなどという人はまれです。また、出発直前でキャンセルになったり、向こうへ行ってから予定変更になって帰国日を変えるなんてこともしばしばですから、「払い戻しできません。」「予約の変更ができません。」「旅程の変更もできません。」というような制約だらけの航空券を使うことができません。つまりは格安の値段で販売されている航空券は買うことができず、正規販売の航空券でエコノミークラスに乗るわけです。正規運賃ですから当時でもアメリカ往復は30万円ぐらいしたでしょうか。団体格安運賃が10万円程度の時代に、2倍も3倍もの金額を払っているのにエコノミークラスの機内に入ると、同じゾーンの座席には格安航空券の団体旅行の人たちがたくさん乗っているわけです。

 

航空会社としては、エコノミークラスのお客様は、そのお客様がいくらで切符を買っていようがエコノミークラスとしてのサービスは同じですから、自分のお金で切符を買ったわけではないとはいえ、出張のビジネスマンたちは面白くない。

「どうしてグループ旅行の格安客と同じ扱いを受けなければならないのか。」というクレームがあちらこちらから上がるようになりました。

そこで、航空会社としては、同じエコノミークラスでも、格安運賃と正規運賃で買ったお客様のサービスを分けるべきだという考えになって、エコノミークラスの前方の数列に、少し座席がゆったりとした席を並べて、出張のビジネス客が主に利用するからということで、「ビジネスクラス」と名付けてサービスを分けるようになりました。

それが数年経つと、航空会社間で競争が始まります。つまり、正規運賃を支払っていただけるありがたいお客様をできるだけ多く確保しようと、ビジネスクラスの座席や機内食がどんどん良くなっていって、いつのころからか、運賃種別上もファーストとエコノミーの間に「ビジネスクラス」というクラスが出来上がって、完全3クラス制になったのです。

 

日本経済がバブルに向かって行った時代ですから、当時の感覚でいえば、経営者である社長や重役はファースト。出張のサラリーマンはビジネス。観光旅行や学生旅行はエコノミーというのが相場で、まだ20代のOLさんでも出張だからという理由で会社からビジネスクラスの切符を渡されるなんてのが当たり前だったのです。

そして数年後にバブルの崩壊を迎えます。

何が起こったかというと、会社から海外出張時はビジネスクラス禁止。エコノミークラスで行きなさいというように出張規定を変更されました。

サラリーマンですから会社の規定には従わなくてはなりません。悲しいかな、ついこの間までビジネスクラスでふんぞり返っていたおじさんたちが、エコノミークラスに逆戻りしたのです。

私はその時代の変遷をずっと空港で見ていましたから、いろいろな人生模様も見てきました。面白い話がたくさんありますが、その話はまたの機会に回そうと思いますが、出張のビジネスマンがエコノミークラスに乗るようになると、ビジネスクラスはガラガラになりました。でもそんな状態は数年も続きません。新興国がどんどん出てきて、また、失われた20年と呼ばれるような経済状況になったのは日本だけで、アメリカやヨーロッパの人たちは、どんどんビジネスクラスで旅行するようになりました。その理由はアメリカやヨーロッパのビジネスマンは、会社に所属しているとはいえ年俸契約の人が多く、そういう人たちは自分で航空会社も選ぶし乗るクラスも自分で決める。またインドのような新興国では階級制度がはっきりしていて、自分が上の階級にある人間であれば、絶対に下の階級の人間と席を隣同士になれませんから、そういう人は何としてでもビジネスクラスの切符を買うわけです。これに対して日本人のサラリーマンは会社の出張規定がエコノミーとなっている以上、エコノミーにしか乗れないのです。

 

こんな時代が10数年続きましたが、やはり、ビジネス出張というのは予定の変更や取り消しがつきものですから、エコノミークラスとはいえ団体旅行向けの格安航空券を買うことはできません。正規運賃のエコノミークラスの切符は、格安で販売するビジネスクラスよりも高いことも有るわけですが、ビジネスと名がつけばいくら安い切符を見つけたところで会社の規定に反することになりますから乗れないわけです。

そこで、まずヨーロッパの航空会社が、ビジネスとエコノミーの中間クラスとして、プレミアムエコノミーというクラスを設定しました。エコノミークラスのお客様の中で正規運賃に近い金額で航空券をお求めいただいた方用のお席として、エコノミークラスの前方数列に、ちょっとゆったりした座席を準備したのです。これなら、プレミアムとはいえ「エコノミー」クラスですから出張規定に反しません。業界にいた私のような人間から見たら、プレミアムエコノミーなんて建物で言ったら中二階みたいなもので、階段の踊り場を新クラスとして売り出すのはいかがなものかと思いましたが、出張のビジネスマンの需要には合致したのでしょうね。遅ればせながら数年前から日本の航空会社でも導入をはじめ、今積極的にセールスをしているような感じです。

 

歴史は繰り返すと言いますが、世の中の発展や経済の動きに合わせて、どのクラスで旅行をするかという動機も変化してきて、航空会社もそういう変化に合わせた商品展開を行ってきているというお話です。

そう考えると、本当に鉄道会社って、何にもしていないということがご理解いただけると思います。

何もしていないというと怒られるかもしれませんから、「ほとんど何もしていない。」ということにしておきたいと思いますが、航空会社から見たら、今までのサービスをやめていくばかりで、何かしているようには見えないのであります。

 

(つづく)