観光戦略について その2

昨今では猫も杓子もふた言目には「インバウンド」「インバウンド」と言っているように聞こえます。
日本全国の田舎の町が、インバウンド、つまり外国人観光客を取り入れるにはどうしたらよいか、一生懸命対策会議を開いているのでしょうね。
つい最近までは「観光なんて遊びだろう。そんなものに税金使って何考えているんだ。」と言っていた日本全国の田舎のおじいさんたちが、「これからはインバウンドだ。」という言葉を口に出されるようになって、私としては「やっと観光が産業であることに気が付きましたね」と少しうれしい気持ちでいるんですが、では観光が産業であるということになると、産業であるからには仕事ですし、仕事であるからには当然ノウハウが必要になります。
例えばパン屋さんにしろけケーキ屋さんにしろ、きちんと修業を積んで、他のパン屋さんやケーキ屋さんとは少し違う商品を作って差別化し、世の中のニーズに合わせた商品を提供していかなければ、お客様にいらしていただくことはできません。
これが商売というものだと思いますが、観光も産業であるというのであれば、それなりの修行が求められるし、どうやったらお客さんに自分のところを観光地として選んでいただけるか、どうしたら観光ツアーに申し込んでいただけるかどうか、どうしたら実際に自分のところへいらしていただけるかということを、「戦略」として蓄積していかなければ、全国津々浦々に並み居る観光地の中から自分の町を選んでもらうことなどできないというのが実際のところです。
私の仲良しの大学の先生で、跡見女子大の篠原先生という観光のプロの先生がいらっしゃるのですが、篠原先生が口癖のようにいつもおっしゃるのは、「観光が産業であると言う割には、ノウハウの蓄積がされていない。」ということで、田舎の町での観光というのは大抵のところでは市役所や町役場、村役場が窓口になっていて、そういうところで働いている人は基本的には公務員ですから2~3年で人事異動がある。3~4人規模でやっている観光課だと、5年もすれば人員がすべて入れ替わってしまい、その度に積み上げてきたものが御破算になってしまうわけですからノウハウの蓄積などあったものではありません。
せっかくおいしいパン屋さんやケーキ屋さんができたのに、そのパンを焼く人が2~3年で次から次へと交代してしまうようでは、観光を企画して、戦略を立てて、情報発信をして、種をまいて、目が出て、大きく育てて、収穫するところまで一貫した「産業」としての観光など無理なんですね。
そういうところが産業として観光戦略を立てるとすれば、ちょうどアルバイトで仕事を回しているファストフードのチェーン店のように、マニュアル化して誰でもできる仕事のスタイルを構築することになるのですが、観光というのはその地域ごとの独特な戦略が必要ですから、そういう金太郎飴のような大量生産方式の画一化した商品戦略では、都会のお客様に「おっ」と目に止めていただくことはなかなかできないというのが篠原先生の観光戦略論のスタートラインです。
では、観光を産業として戦略を考えた場合、いすみ鉄道では実際にどうやっているのか、「インバウンド」を例にその極意を少しだけご紹介いたしましょう。
ここからは、外国人観光客としてのインバウンドのお話です。
1:インバウンドのカテゴライズ
ひと言でインバウンドといっても世界中の外国人について営業戦略を立てることは無謀なことです。
観光が産業というのであれば戦略として、まず自分のところのお客様がどこにいるのかを的確に探さなければなりません。
昨今よく言われるのが「ゴールデンルート」というキーワードですが、これは観光客がよく訪れるコースのことで、例えば東京に入った人が、鎌倉、箱根、富士山、と回って新幹線で京都へ行く。こういうコースをゴールデンルートと呼んで、日本全国にいくつかこのようなコースが存在します。
では、このゴールデンルートを観光で巡る人たちはどういう人かというと、簡単に言えば「団体旅行客」です。
日本にはじめてやってきた人たちは、とりあえず鎌倉、箱根、富士山、京都ですよね。
日本人だってイギリスにはじめていく人は、まずロンドンだし、ロンドンへ行ったらテムズ川、ロンドン塔、バッキンガム宮殿、ハイドパーク、そしてハロッズでお買い物というのがつまりはゴールデンルートなわけです。
それでは、いすみ鉄道のような輸送力の弱い交通機関を観光鉄道として考えた場合、こういうゴールデンルートに何とか組み入れてもらえるような戦略は有効な戦略なのでしょうか。団体旅行客が大勢訪れるようになることは、観光鉄道としての第一段階としては適切ではないと私は考えます。なぜなら受け入れ能力が小さいですから、すぐに許容範囲を超えてパンクしてしまいますし、それは鉄道だけではなくて、沿線地域も同じように受け入れキャパが小さいところがほとんどですから、観光バスが何十台も来るようなことが起これば、バスを停めるところもなければ団体客に食事を提供するところもないし、バスのお客様40人が入るトイレすら整備できていませんから、もし本当に観光バスのお客様がいらしていただいたとしても、さっと見るだけで通り過ぎてしまい、食事や宿泊はそういう受け入れ準備が整っている町へ行かれてしまうことになりますから、産業としての一番おいしいところを持っていかれてしまうことになります。だから団体旅客をターゲットにしたゴールデンルート戦略はいすみ鉄道や沿線地域には無理ということになります。
ですから、いすみ鉄道でカテゴリーわけしているインバウンドは、団体客ではなくて、FIT(Foreign Individual Tourist)と呼ばれる外国人個人旅行客ということになります。
2:どこの国からの人を対象とするか。
団体旅行のお客様ではなくて、個人旅行のお客様を対象とするということは上記1で戦略を立てました。
では、どこの国のお客様にいらしていただくのが良いか、私はそう考えて「台湾」を選びました。
まず、金髪の白人を外人だと思っている地域の方々が日本の田舎ではほとんどだと思います。つまり、普段から外人など見たこともない地域が日本中にたくさんあります。まるで明治維新の文明開化状態なのですが、そういう地域の人たちは、外人観光客が来ても満足にお相手することができません。
お客様にいらしていただいて、満足にお相手ができなければ、クレームにつながります。
だから、多少失敗しても許してもらえるようなお国の人たちにいらしていただかなければならないのです。
そういう意味では、親日的な台湾人はピッタリです。
また、台湾人の旅行マーケットはすでに成熟しています。成熟しているマーケットというのは、団体旅行よりも個人旅行が中心です。つまりFITです。
日本もそうでしたが、昭和40年代には海外旅行イコール団体旅行でした。それが20年もすると、個人旅行が主流になってきました。はじめのうちは団体旅行で行っていた人たちも、何度も海外へ行っているうちに、個人でも行かれるようになります。そうしているうちに世代が変わり、初めての海外旅行にもかかわらず、いきなり個人で行く人たちが現れてきました。これが成熟したマーケットです。台湾は早くから経済発展が続いてきましたから、すでに何度も海外旅行へ出かけている人が多く、個人旅行が主流なんですね。そして、旅慣れた彼らは親日的ですから、田舎の町の人たちが満足なサービスができなくても、にっこり笑って許してくれるんです。観光の初期段階では、二言目には「日本なんて嫌いだ。」という人たちにわざわざお客様になっていただく必要などないと、私はそう考えて、台湾国鉄の集集線と姉妹鉄道締結したのです。
そしてもう一つ重要なことは、お金を落としてくれるかどうか。
中国人は爆買いすると言われていますが、それは田舎の民芸品やお土産ではなくて、都会で売っている化粧品や電気製品などですから、田舎の町のお客様ではありません。
金髪の白人、アメリカ人やオーストラリア人たちは、今の時代バックパッカーが多く、そういう人たちは貧乏旅行ですから地域にお金を落としません。
今、頭がはげかかったオジサンたちだって、30年ぐらい前の大学生の頃は、バックパックを背負って夜行列車と連絡船を乗り継いで北海道中を旅した経験をお持ちの方も多いと思いますが、その時のことを思い出してみてください。いくらの予算で旅していましたか。
ホテル代を節約して駅の待合室や夜行列車の車内がねぐらだったでしょう。
バックパッカーというのは、そういう人たちなんです。
だから、英語の勉強にはなるけれど、お金は落として行ってくれません。
今、外国人旅行者でお金を持っているのはアジア人ですから、そういう意味でも台湾人なんですよね。
(つづく)