大切なのはお金を持っていることではなくて  その2

日本人は学校を卒業したらサラリーマンになるのが当たり前だと思っている。
昨日はそういう話をしましたが、日本人が今のように「サラリーマン」になるようになったのは、実はそれほど長い歴史があるわけではなくて、昭和の初めごろまでは皆日給制で働いていて、月給取りというのはほんの一握りのエリートの人たちだったんです。
「宵越しの銭は持たねえ。」という江戸っ子の気風(きっぷ)の良い話は実は本当のことで、なぜなら当時は皆日給制で働いていたから、明日になればまた明日の日給が入るわけです。
そういう考えの人たちに、今と同じように月給制で給料を払ったとしたらどういうことになるかというと、ひと月後の給料日までの間の生活費として、もらったお金を計画的に使うことなどできませんから、すぐにスッテンテンになってしまいます。だから賃金を払う側の人たちは、日給として毎日渡す方が安心できますし、もらう方だってその方が楽なわけです。
発展途上国では今でも日給制の所が多いようで、なぜなら、ひと月分の月給を渡してしまうと翌日から会社に来ない。そして、その月給がなくなったころになってまた会社に来るなんてのが当たり前のようですから、そういう国で月給で給料をもらう人というのは、やはりきちんと計画的に家計を営むことができるという点で、今でも社会的にはエリートなわけです。
高度経済成長期に農家の二男坊のような人が、都会に出てきていきなり月給をもらうとどういうことになるかというと、昭和30年ごろの田舎では、それまでの農家での生活では現金で小遣いをもらうようなこともほとんどありませんでしたから、ひと月分の給料のような大金をいきなり手にすると、やはり次の月給日までのひと月の生活をコントロールできなくなってしまいます。会社もその辺は心得ていて、集団就職で都会へ出てきた若者たちは、会社の寮に入って3食付の生活を与えられ、もらった月給は会社の共済会などで貯蓄するなどという教育管理システムを会社が用意して、そういう生活を数年間していくうちに、だんだんと月給で生活できるようになっていったのです。
つまり、簡単に言うと、日本の教育システムの中では「お金」について教えてくれることは無くて、英語や数学ばかり熱心に教え込まれるし、サラリーマン家庭では、そもそも、お父さんやお母さんがお金に対する基本的な「取説」を教わっていませんし、お金の「性格」も知りませんから、家庭でもお金に対する教育ができていない。私たちが社会に出て一番かかわりを持つ「お金」に関しての知識を、育った環境の中で身につけるチャンスがないのが日本人なわけで、お金については学校でも家庭でも何も習ってこなかった日本人としては、サラリーマンになるのが一番簡単で安心だということです。
そういう教育しか受けてこなかった日本人が、学校を出て会社に入ってサラリーマンになると、毎月自動的に決まった給料が自分の口座に振り込まれるようになるわけですから、お金というのはそういうものだと思って、還暦の年になるまで何の疑いもなく生きてくるわけです。
長いサラリーマン生活で一番大きな買い物であるマイホームも、毎月の給料の中から無理なく支払えるようなローン制度があって、それに従って行けば、たいていの人なら問題なく住むところも手に入るのがサラリーマンですから、教育もしかり、冠婚葬祭もしかりで、毎月のサラリーの中でまかなえる範囲の生活をしていれば、経済的に不安を覚えることなく勤め上げることができるのがサラリーマンという大変優れた制度なのです。
ところが、その優れた制度であるはずのサラリーマンは、実は会社が順調で、その順調な会社に勤めている期間だけの話だということが、最近分かってきていて、会社が途中で傾いたりすればたちまち給料がもらえなくなりますし、たとえ順調に来ても、いざ定年になってみると、思ったほど退職金がもらえなかったとか、予定していた額よりも年金が少ないとか、そういう事態に直面して、「さあ、どうしましょうか。」となっているのが、今の日本の高齢化問題の根幹で、社会問題となっている老人問題の現状だと私は見るわけです。
サラリーマンの人たちは、定年になった時の退職金とそれまでに蓄えた貯蓄と、もらえると信じて疑ってこなかった国からの年金で、あと何年残っているかわからないような余生を細々と送って行かなければならないのですが、その年になると若いころに買ったマイホームはそろそろ建て替えなければならなかったり、身体もガタが来て病気がちにもなりますし、中には詐欺に遭って虎の子の貯蓄を巻き上げられてしまう人たちも出てきます。そういう先輩たちを見ていて、私が一番感じるのは、大切なのはお金をいくら持っているかではなくて、本当は「お金を稼ぐ能力」があるかどうかだということなんです。
その「お金を稼ぐ能力」さえ身に着けていれば、サラリーマンを卒業した後でも年金に頼る必要はなくなるかもしれませんし、サラリーマンなんかにならなくても生きて行かれるかもしれない。
でも、その大切な「お金を稼ぐ能力」というのは、日本では学校でも会社でも教えてくれないんですね。
だから、サラリーマンは会社を頼って、会社にしがみつくしかなくて、35年という長期間、あるいは親子2代で住宅ローンを組むような世の中になってしまうと、「新しいことにチャレンジしよう。」という気持ちすら起こらなくなる。
私はそこにこの国の大きな問題があるとみているのです。
(つづく)