お得意様のコスト。

どんな商売でも、その商売が成功するためにはお得意様を捕まえることが大切です。

今の言葉でいうとリピーターということになるのでしょうか。

いろいろ宣伝やセールスをしてその会社の商品を買っていただいて、気に入っていただいて再度購入していただく。そして気づいたら何度も何度もお客様になっていただくことが商売が順調にいくための基本的な要因でありますが、そのためにはブランド化することが大切であり、たとえ潰れそうなローカル線であっても、きちんとブランド化できればその会社のファンが増えるし、そうすれば、そのローカル線のファンの人たちが沿線地域のファンにもなっていただけるから、地域が一緒になってそのローカル線を上手に使っていけば、鉄道だけじゃなくて、地域全体が利益を享受することができます。

いすみ鉄道のような第3セクター鉄道は、もともと国が廃止にすると言って切り捨てた鉄道路線を、地域が踏ん張って守ってきたところですから、私は鉄道を大切に思い、頑張って長年守ってきた地域が、その鉄道から恩恵を受けるようにすることで、鉄道が地域に必要なものになり、地域と共生できるというのが、21世紀の新しいローカル線の活用方法の一つだと考えています。

 

2009年の就任以来、私は一貫してこういうやり方を唱えて実践してきましたが、今回、地方創生で全国を見てこられた石破前大臣がいすみ市にお越しになられた際に、多数の市民の皆様方の前で、「いすみ鉄道は地域の宝物です。」と言ってくれたのですから、私は自分が一貫して進めてきたこのやり方が間違っていなかったということを、石破さんに証明してもらって、とてもうれしく思うのであります。

 

さて、話をお得意様のコストに戻しましょう。

お得意様というのは、いつもいつもその会社やそのお店を利用していただくありがたいお客様です。自分がその会社やそのお店の商品をいつもいつも利用しているのですから、お得意様ご本人にしてみたら、「俺はいつも利用している客だぞ。ありがたいと思え。」などという人も出てくるでしょう。

でも、こと鉄道業界的に見たら、本当にいつもいつもご利用いただいているお客様はありがたいお客様なのでしょうか。

これは私が学生の時に交通論を勉強していた時代の話ですから、今とはだいぶ事情が違っていますが、鉄道会社から見て、毎日乗っていただいているお客様というのは、あまりありがたいお客様ではないと考えられていたのです。

 

その理由は1970年代の都市交通論では、通勤定期客は1回あたりの乗車に対して、切符を買うお客様に比べて払っている運賃額は少ないけど、利用が一時に集中するから、そのための設備投資を多くしなければならないといわれていたことにあります。

当時の鉄道会社では全体の輸送人員に占める定期券利用者は約6割と言われていて、過半数の人たちが朝夕の数時間に集中して利用するわけです。しかしながら定期券収入の運賃収入全体に占める割合は約4割で、つまり定期券は11回切符を買うのに比べるとかなり割安ですから、簡単に言うと薄利多売ということになります。通常の商売であれば、たとえ利が薄くても商品がたくさん売れれば儲かりますし、ありがたいお客様ということになりますが、鉄道会社の場合は6割の人数のお客様が4割の収入しかもたらしていない。その人たちが朝夕の一時に集中するのですから、その安いお客様のために線路を整備したり、車両を増備したりしなければならないわけです。

 

朝夕の通勤時間帯の一時的な混雑のために増備した鉄道車両は、日中の時間帯には車庫で寝ているわけで、その時間帯に11回切符を買って利用するお客様、つまり高い商品を買うお客様には、増備した車両などが利用できない。間引きされたダイヤのなかなか来ない電車を待たされて乗ることになる。

1回の乗車でいくら運賃を払っていただいているかを考えると、定期旅客よりも切符を買って乗ってくれる人の方が高い運賃を払ってくれています。

ところが経営資源的には輸送のピークに合わせて設備投資をしていますから、高い運賃を払ってくれている上顧客が、フリークェンシー的には不便を強いられていたということです。

 

こういうことが延々と続いていると、日中時間帯の良いお客様は、「なんだか不便ねえ。」「結構電車って高いわねえ。」ということになって、他の交通機関やマイカーへ行ってしまうような現象が起きました。

 

これが1970年代から1990年代終わりごろまで見られた現象ですが、それでも鉄道会社は郊外への人口移動に伴って、ラッシュ時の混雑が年々激しくなってきていましたので、線路の上を走る電車の数を増やさなければなりませんでした。その方法としては、例えば私鉄の場合など、4両編成の電車が6両になり8両になり、さらに10両になるという、列車の編成を延長するという形で対応してきたのですが、もともと4両編成が走っていた駅ですから、8両か10両対応に伸ばすのが精いっぱいで、それ以上増やすことはできません。また、終点の駅が近づくと、列車そのものがどんどん玉突き状態になり、たとえ急行電車といえどもノロノロ運転が常態化して、輸送力が頭打ちになってしまう現象が発生するようになりました。そこで、鉄道会社は線路そのものを増やそうと、複々線化したり、高架化、地下化、バイパスルート化など多額の投資をして、朝夕の安いお客様のためのサービスの提供方法を確保してきました。1回あたりの運賃は低額でも、サラリーマンが乗る通勤電車は将来の収入が確保できているということになりますから、それを裏付けとして鉄道会社は設備投資を繰り返してきたのです。

 

このようにして1970年代から約30年間は、東京を例にとると、埼玉の川越から池袋へ直通するためには昔は東武東上線しかありませんでしたが、東武東上線は有楽町線へ乗り入れるようになり、川越から大宮を経由して埼京線という電車も走るようになりました。そして副都心線もつながったわけで、1つだったルートが3つも4つも増えたのですが、ルートが増えただけではなくて、それまで池袋で乗り換えなければならなかった東武東上線のお客様が、乗り換えなしにそのまま新宿や渋谷、銀座方面へ行かれるようになったことで、かなりスムーズな輸送が確保されました。

今では西武池袋線も京王線も小田急線も東横線もみなバイパスルートを確保して、または乗り換えなしで都心方面へ行かれるようになりました。

 

つまり、鉄道会社は例えお得意様とはいえ、安いお客様に多額のコストをかけて膨大な設備投資を30年以上も続けてきたことで、現在の都市交通が整備されたといえるのです。

 

お得意様というのは、ありがたいお客様と思われていますが、都市交通では一概にありがたいお客様と言えるかどうかは微妙だとしても、1970年代からの都市交通は、こういうお客様のために、繰り返し繰り返し設備投資をしてきたということは、まぎれもない事実なのであります。

 

 

(つづく)