今日は谷根千

今日は谷根千に行きました。

谷根千なんて地名はありません。
谷根千とは、谷中、根津、千駄木の総称です。

千葉県にも津田沼という地名がありますが、もともと津田沼などという場所はなくて、谷津、久々田、鷺沼の3つが合併して、そこから1つづつ取って津田沼と名乗るようになったのですが、地名って面白いですね。

東京都大田区も太田じゃなくて大田と書くのは、大森と蒲田が一緒になったからで、探すとたくさんありそうですし、言葉というのはそうやって生まれてくるものですから、最初はしっくりいかなかったとしても、時が経過するとなじんでくるのかもしれません。

さて、谷根千。
この言い方はすでに20年ぐらい前から言われているようですが、正直申し上げて私には未だにどうもしっくりきません。
東京生まれの東京育ちの私としては、谷中と根津と千駄木は全く別物で、それが合わさって谷根千というのにしっくりこないだけじゃなくて、谷中が観光地になっているということそのものがしっくりこないのです。

だって、谷中と言ったら日暮里駅からちょっと奥に入った、どちらかというと寂しい場所で、お寺が点在する住宅街というイメージがありますからね。
でも、それは昭和の人間が持つ50年前の東京のイメージであって、言葉と同様に町も生き物ですから、どんどん変わってきているのです。


千葉の地元から京成電車に乗って日暮里駅に降り立って、まず驚いたのは日暮里駅に観光案内所があること。
あの~、ここ、日暮里ですよね。
日暮里が観光地なんですか?

思わずそう聞きたくなってしまいましたが、今の時代はどこでも観光地になる可能性があって、それがチャンスなのです。

駅を出ると線路をまたぐ陸橋になっているのですが、実はここも名所の一つ。
いろいろな電車がひっきりなしにやってくるポイントなんです。

でも、ここに集まっているのはいわゆる撮り鉄じゃなくて、もっと緩い人たち。
15年ぐらい前からママ鉄の人たちがベビーカーを押して散歩コースになって、子供たちに電車を見せながらおしゃべりをする場所としてにぎわい始めたところです。

タイミング的には私がムーミン列車を始めたころ。
その頃から女子鉄、ママ鉄という言葉が生まれて、お母さんが子供を連れて電車を見るという趣味活動が始まったと私は考えています。
鉄道がまだ男の趣味だった時代から変革をもたらしたムーミン列車が果たした役割は大きいのです。

田端-日暮里-上野の線路沿いはちょうど下町と山の手の境目で、駅を出て西へ行くと谷中の始まりです。
こうして道なりに皆さん散策をしています。


昔ながらの佃煮屋さん。
昔はこんな感じのお店が多かったのですが、この店も行列です。
観光客が佃煮買ってどうするんだろう。


紙芝居屋のおじさんもいました。
たぶんボランティアだと思いますが、街並みに溶け込んでいますね。


この階段もすっかり有名になってしまいましたが、若い女性がグループで歩いている姿が目立ちました。


こんな路地裏のお店にも人が・・・


ここ、普通のお肉屋さんですよ。
並んで買っているのはコロッケやメンチ。
すごいなあ。
商店街の普通の肉屋に観光客が行列ですから。

今日私が谷中へ出かけたのは友人の写真展で、猫をテーマにした写真ギャラリーを見に行ったのであります。

写真展を見て上野まで歩こうかと思ったのですが、なんだか面倒になったところにバス停発見。
池袋駅から浅草寿町行のバス。
この路線バス、昔からあるので思わず乗ってしまいました。

浅草もすごい人出
いったいどうなっちゃってるんだろう?
そんな勢いです。


こちらおなじみのマルベル堂。
中尾ミエ、九重由美子、伊東ゆかりがまだまだ現役で頑張ってます。(笑)

ということで、浅草でビールを飲んで、最後は黄金に輝く雲古を見上げて、私の下町散歩は終了しました。