今日は大井川鉄道の撮影会でした。

今日は大井川鉄道の夜間撮影会に参加しました。

昨日の晩、只見線の会議で会津柳津に泊まった私は、今日は静岡県の大井川鉄道に向かうべく会津若松から列車に乗りました。

快晴の会津若松駅です。
いつもでしたら磐越西線で郡山へ出て東北新幹線で東京へ向かうルートなんですが、それじゃあ面白くありません。

ちょうど昨日の晩に鈴木社長さんにお会いしたこともあって、今日は会津鉄道さんに乗ってみようと思いました。

列車は外装も車内もネコ尽くし。
ネコ好きにはたまりませんね。
この座席カバー、いいねえ。

旅館で用意してくれた朝ごはんのパンを列車の中で1つ2ついただきます。

会津鉄道の沿線は紅葉がピークを過ぎたところでしょうか。
昨日の夜に雪が降って、山の上の方は雪景色
下の方は紅葉というシーンが見られました。
これは素晴らしいですよ。

会津鉄道の列車を会津田島駅で下車して東武の特急「リバティ」にお乗り換え。
この電車も実に快適な車両です。

接続時間はわずか10分ちょっとでしたが、駅構内の売店でお弁当を仕入れました。
松茸ごはんですよ。
1200円。
このお弁当はおいしかった。

皆さんの中には駅弁マークがついているお弁当じゃないと駅弁ではないという方もいらっしゃると思いますが、私としてはこういう手作り感あふれるローカルの駅弁は大好きです。

列車は野岩鉄道線に入り、日本で5か所しかないトンネルの中の駅、湯西川温泉を通りました。

鬼怒川温泉の廃墟の中を通り、鬼怒川温泉駅へ。
ここでSLのC11を見かけました。
鬼怒川温泉は昔何度か来たことがありますが、その時泊まったホテルもすでに廃墟。
でも新旧入れ替わりをしているようで、新しいホテルも建っています。
意外と良いところかもしれませんので、今度来てみようかなと思いました。

誰か、私に鬼怒川でのお仕事ください。(爆)

鬼怒川温泉からは私の乗った「リバティ」は満席。
ものすごい観光客です。
下今市で後部に日光からの3両編成を連結。

この儀式を見て車内に戻ると私は気絶しました。

14:15、浅草着。
実はここからが忙しい。
すぐに下に降りて14:20の銀座線に乗って神田へ。

ちょうどレトロデザインの車両が来てラッキー!

神田駅の中央線のホームではグリーン車の増結に備えて、ホームの延長工事が終盤を迎えています。

そして東京駅から「こだま」に乗車。
実にあわただしかったですが、何とか間に合いました。

関東地方は曇りがちのお天気でしたが、静岡県に入ると晴れ。
でも、富士山は顔を出してくれませんでした。

ちょうど日没の静岡駅に到着。
奇跡のアマテラスを写して、東海道線の普通列車にお乗り換えです。

こういう車両もあと数年するとフィーバーするんだろうなあ、と思いつつ、17:00に金谷到着。

ここから大井川鉄道の旧南海電車に乗り換えて、17:30に目的地の新金谷に到着いたしました。
会津若松を出てから8時間。
会津柳津温泉を出てから9時間の旅でした。

到着するとちょうど撮影会が佳境に入っているところでした。

この撮影会は皆様ご存じの神谷武志さん主催のもの。
実は先日神谷さんがトキ鉄で撮影会を開いてくれたのですが、その時には私は別の仕事が入っていて不義理をしてしまいましたので、今回は「なんとしてでも行くぞ!」と思っていたのです。

とはいえ、私はあまり熱心に撮影をする方ではありません。
では何でやってきたのかというとですね、


熱心にSLにカメラを向ける御仁。
振り返ると・・・


そうです。
田島ルーフィングの田島社長さんです。

皆様ご存じの田島塗りのスポンサー様です。

こちらはモデルズイモンの井門社長様。
札幌へ行っても福岡へ行っても、IMONと書かれたビルを見かけることがあると思いますが、IMONコーポレーションのオーナー様です。

お2人とも私がトキ鉄に来る前からの知り合いですが、つまり、私のお仕事は「営業」なのであります。
そう、トップセールス。

さて、結果は如何に。

ていうか、いくら友達だからといっても、そんなに簡単に決まるものではありませんが、鉄道は夢と希望を乗せて走るものですから、地道な努力が大切なのであります。

そして今回のもう一つの大切な目的はこの方。
鉄道ファンなら知らなければモグリだと言われるほど有名な広田尚敬先生の米寿のお誕生日のお祝いであります。

私たちの世代はSL末期の世代です。
広田先生の写真を見て育った世代ですから、皆さんかなり影響を受けられています。
そういう皆さんが、広田先生を囲んで、大井川鉄道でライトアップ撮影会をする。
これが神谷さんの企画でありました。

先生、お誕生日おめでとうございます。

実は今からちょうど4年前、私がトキ鉄に就任することが決まった時に、神谷さんが「鳥塚を送り出す会」というのを開いてくれたのです。

歌舞伎町のど真ん中で記念撮影。
その時も広田先生とご一緒させていただきました。

このとき田島さんから今の田島塗の構想をいただいたのです。

こうして、大の大人が童心に帰って、共通の趣味を肴に、ああでもないこうでもないと語り合うのが、私たちの活動なのであります。

ということで、私も多分社長としての仕事をしましたよ。

結果は半年後に現れると思いますが、50人の仲間とともに久しぶりに蒸気機関車の息遣いを聞いて、今夜は感動したのであります。

ていうか、皆さんこちらには誰もカメラを向けていないようでしたが、月夜のトーマスです。

いい景色だなあ。

私はそう思いますが、いかがでしょうか。

本日は皆様お疲れ様でございました。

いい写真が撮れたことでしょうから、きっと皆さまいい夢が見られることでしょう。

お爺さんになっても、夢に向かって進むことは必要なのであります。