リア充なのかな

このあいだ、同窓会がありました。

私は新潟に居るので欠席させていただきましたが、幹事を務めてくれた友人から写真が送られてきました。

その中には見覚えのある顔もいれば、全くわからない人もいて、そのわからない人というのは、風貌が経年変化して誰だかわからない人(私もその一人)と、名前を言われても全く思い出せない人がいて、なんだかんだ言って半世紀の時の経過を感じたのであります。

同窓会ですからみんな昭和35年度生まれの同い年で、有名企業に勤めて海外勤務をした人もいれば、実家の家業を継いだり、起業したりの自営業の人もいるのですが、サラリーマンの道を選んだ人はほとんどすべての皆さんが、すでに仕事が無くなっているわけですから、世代的には第一線を退いているということになります。

やっぱり、同窓会に来れる人というのは、リア充なんだろうなあというのが率直な感想ですかね。

私の場合はありがたいことにまだ現役で仕事をさせていただいておりますが、人によっては「なんで60過ぎて雪国の新潟で単身赴任してるの?」と思う人もいると思います。

今日はお休みで風が強かったので部屋でゴロゴロしていたらいつの間にか居眠りをしていて、目が覚めたら夕方の6時。

う~ん、これでリア充と言えるかどうかはわかりませんが、お休みの日に一人でたこ焼きを焼いてビールをプハ~!とする瞬間、私は人生充実していると感じるのであります。

でも、同い年の知人の奥様が突然お亡くなりになって、朝出かけるときは元気だったけど、帰ってきたら廊下に倒れていたという大変お気の毒なニュースが入ってくるような年齢になってきたということは間違いありませんので、この冬は越せるかなあ?という不安とともに、そろそろリア充を考えなければならないのかなあと、ボ~ッとした休み頭で考えるのであります。

私の場合は航空会社を退職した時点で生涯現役と決めましたので、つまり、死ぬまで働くということですから、「社長、今日会社に来ないね?」とみんなが思っているころには自宅で冷たくなっているというのがある意味理想ではありますが、第一発見者は寝つきが悪くなるでしょうから、周囲の皆様方にご迷惑をおかけしないように、そろそろ自分自身の始末を考えなければいけないことだけは確かなようです。

同級生の皆様、お体を大切にお元気でお過ごしください。

いつかお会いできたらいいですね。

と言っても、その「いつか」というのが、そろそろやばいんですけどね。

まあ、リア充という言葉自体がすでに死語と言われているようですが、とりあえず今夜も元気です。