機関車58683がなぜハチロクなのか?

昨日のブログで書きました千葉県佐倉市に保存されている機関車58683ですが、愛称はハチロクです。

でも普通の人は58と思うかもしれませんね。

直江津にあるD51827は頭からD51。そして827号機。
同じように考えると58という形式の683号機というのが自然のような気もします。
または586ー83号機でしょうか。

実は、大正時代に作られた機関車はCとかDとかの動輪(動軸)の数をあらわすアルファベッドの文字が頭に着いてはいなかったんです。

同じように大正時代に作られたキューロクという機関車があります。

今、栃木県の真岡鉄道で保存されていますからご存じの方も多いと思いますが、こちらの機関車です。

49671と書かれていますね。

58683がハチロク、49671がキューロクということは、勘の良い人ならお気づきになられるかもしれませんが、頭から2~3文字目の数字が形式をあらわしていそうですね。

では、どういうことかと言うと、9600という機関車は、最初に作られた機関車が9600。次が9601、次が9602となって、9699までくると位が1つ上がるんです。
つまり9699の次が19600。
その次が19601、その次が19602、その次が19603・19604・19605と増えて行って19699までくると、また1つ位が上がって29600となります。

こういうことを繰り返していますからこの49671というのは、簡単に言うと9600型の471号機ということになるのです。

お分かりいただけましたか?

これ、数学の二進法みたいですよね。

ところが、49671は確かに471号機として考えられるのですが、でも471番目に製造された機関車ではないのです。

「えっ? どうして?」

そう思われるあなた。よく考えてくださいね。
9600型の第1号機は9601ではなくて、9600と申し上げたじゃないですか。
だから9699が100番目の機関車で、19600は101番目になるのです。

ということは471号機は472番目の機関車と言うことですね。

鉄道に興味を持つということは、小学校の低学年の頃からこのぐらいのことはきちんと理解するようになるのですから、お母さんは鉄道に興味を持っている子供に対して「電車の本なんか見てないで勉強しなさい。」と言ったりしてはいけないのです。

さえ、そういうことですから58683がハチロクだということはご理解いただけたと思いますが、だとすると58683は583号機ということになりますが、では何番目の機関車ですかということになると、算数の植木算のように1を足して584番目と言いたいところですが、実は問題はそう簡単ではありません。

なぜならハチロクという機関車は8600型ではなくて、8620型だからです。

キューロクは9600型ですが、ハチロクは8600型ではなくて8620型。
なんだかややこしいですが、実は大正時代に8550型という機関車があったんです。
その8550型がなかなか調子が良い機関車だったので、なんだかんだで61両も作られたんです。

つまり機関車の番号としては8550~8610番になるわけで、ハチロクが作られた時には8600という番号はすでに8550型の51両目として使われてしまっていたのです。

ということでハチロクは8620型という形式として登場したのでありますが、そうなると1両目の番号は8620ですが、8699は80番目ということになりますね。
その次の18600が81番目で18619が100番目、18620が101番目なんです。

となると58683はいったい何番目の機関車なのか。

さあ、難しくなってきましたね。

D51やC57のように簡単には行かないのがこのハチロクなんです。

でもまあ、通算何番目ということよりも、実際に使用する側の呼び方の問題ですから、583号機でよいと思いますよ。

梅小路に保存されているハチロクはかなり初期の頃の8633ですから、33号機でよいのではないでしょうか。

8620が1号機だから8633は14号機ですなどと自慢げに話しても、頭がおかしいと思われるかもしれませんからね。

でも、小学校低学年の頃からこんなことを頭の中で計算してきた子供が大人になって航空会社で働いて、今では鉄道会社の社長になっているんですから、小さな子供たちが鉄道に興味を持つということは決して悪いことではないと私は思うのでありますが、いかがでしょうか?

今度のお休みは直江津D51レールパークでお待ちいたしております。