供給の保存ができない商品

このあいだ「潜在需要の顕在化」と書いたところ、「多分、何を言ってるのかわからない人がいるんじゃないですか?」と言われました。

例えば歴史と伝統のある田舎の町で、その歴史をお目当てに来ている観光客は今目の前に存在しているお客様ですから顕在顧客。それに対して、今まだいらしていない人たちにどうやったら来てもらえるかというのが田舎の町の観光のテーマですから、今まだ来ていないお客様、将来的にいらしていただけるお客様を潜在顧客として、その潜在顧客が実際に来てもらえるようにすることを「潜在需要の顕在化」と私は申し上げたのでありますが、なんだか大学の講義のようですから、理解できない人もいるんだろうなあと思いました。

なぜなら、実は私自身も理解できなかったからです。

私は空港勤務でした。
空港というのは現場で、毎日いろいろなお客様に接しているのですから、現場のこと、お客様の嗜好などは自分が一番よく知っていると思っていました。
「空港のことは俺に聞け!」「お客様の嗜好のことは俺に聞け!」という感じですね。
いわゆる根拠のない自信というやつです。

会社の会議で営業や企画部門がいろいろ提案する。
でも、現場を知らない人間、実際にお客様と接していない人間が考えて提案することは、時としてピントがずれていたり、実情に即していないことがある。
私としてはそういう提案を聞くと「何言ってるんだ? お前さんたちは現場を知らないくせに。」という感じでした。
30代半ばの頃ですかね。
何しろ「自分が正しい。」と信じていたのですから、きっとイヤな奴だったと思います。

そんな時にマーケティング部の部長さんで面白い人がいたんです。
妙に馬が合って、可愛がってくれたその部長さんが、「鳥塚くん、潜在需要ってわかりますか?」と聞いてきました。

「君が毎日空港で対応しているお客様は顕在顧客です。でも、まだうちの会社に乗ってくれていない人、選んでくれていない人、JALや全日空に乗っている人たちは、もしかしたらうちに乗ってくれるかもしれませんよね。そういう人たちを潜在顧客と言って、そういう需要を潜在需要って言うんですよ。現場で見てるのは顕在顧客ですが、会社の売り上げを伸ばすためには将来うちのお客様になっていただけるお客様の潜在需要を探して掘り起こさなければならないんです。」

人間というのは不思議なもので、自分が信頼している人、馬が合う人からそういわれると「なるほど」と思ってしまうもので、その話を聞いた瞬間に私もそう思ったのです。
それで、現場の欠点というものに気が付いた。

つまり、現場というのは今目の前にいるお客様のことは一番よく知っているけれど、売り上げを上げようと思ったら、今乗っていない人たちがどこにいるのかを探し出して、その人たちに実際に乗っていただかなければならない。
それが営業部であって、それが企画部であるということに気が付いたのです。

それからの私は早かったですよ。
多分仕事に対する考え方が変わったのだと思います。
あっという間に課長になって、あっという間に部長になりましたから。(笑)

私はローカル線を預かるようになっても、常にその潜在需要の顕在化ということを考えてきていましたので、ムーミン列車で女性客を味方に付けようなどという発想も、そういうところから生まれたのであります。

さて、前置きが長くなりましたが、本日のテーマは「供給の保存ができない商品。」
これもまた大学の経済学の授業みたいに聞こえるかもしれませんが、そう難しく考えることはありません。
何でもいいんです。目の前にある商品を考えてみましょう。

例えばPB(プライベートブランド商品)というのがありますね。
日本で最初にPB商品を出したのは中内さん時代のダイエーだったと思いますが、確かウーロン茶。
当時サントリーがペットボトルのウーロン茶を2L入り1本300円ぐらいで出していました。その同じ商品をダイエーはPB商品として半額近い値段で売り始めたのです。

中身はもちろんサントリーのウーロン茶と同じ。
作っているところも同じならペットボトルの形も同じ。
当然味も同じ。
違うのはラベルと値段だけというものです。

では、どうしてそういう商品ができたかというと、飲料メーカーというのは夏が忙しいんです。当然ですよね。暑いから皆さんたくさん消費する。消費が増えれば生産が忙しくなるからです。

ところが逆も真なりで、冬は消費が鈍くなるから工場も生産調整する。
つまり稼働率が下がって暇になるんです。
その時にダイエーはサントリーのウーロン茶を作っている下請けの工場に、同じウーロン茶を安く作ってくれないかと相談したんです。

下請け工場としては機械も人も遊んでいる時期ですからありがたい話ですね。
サントリーとしては、そんなものを作られたら困るでしょうけど、じゃあ、冬の間の生産ラインを保証してくれと言われてもできないわけで、「けしからん」と言うこともできない。つまり、ちょうど良いところに隙間を見つけた隙間ビジネスだったのです。
これがそもそものPBブランドの発祥ですが、それが嫌ならメーカーだって自社で工場を仕切ればよいのですが、需要の季節波動が大きな商品の工場を自社で持つことにもリスクはあるわけですから、うまいことを考えたものです。

同じようにセブンイレブンのアイスなんかも、アイスの工場が暇な冬の間に安く生産して夏まで保管しておいてピークシーズンになったら市場に出して販売していますが、商品を市場に出すこと(売り場に並べること)を「商品の供給」と考えると、寒い時期にアイスを作っておいて真夏になって販売することを「供給の保存」と言うことができます。

つまり、清涼飲料やアイスなどは寒い時期にたくさん作っておいて、夏になったら売ることができますから「供給の保存ができる商品」と私は呼んでいるのです。

そう考えると、今の時期だと新入学の子供たちのランドセルなんかもそうですね。
多分去年の夏ごろから作っていて、在庫として置いておいて今販売している。
売れ残ったらまた来年売ればよい。
そういう「供給の保存ができる商品」というのがたくさんあることに気が付きます。

これに対して「供給の保存ができない商品」というのはどんなものがあるか。
生鮮食料品などもそうですが、「今日売れ残ったから明日売りましょう」ということができない商品が供給の保存ができない商品ということになります。

だから夜になるとスーパーはどんどん値引きが始まりますね。
何とか今日中に売ってしまわないと、明日になったら賞味期限が切れて商品ではなくなるからです。

同じようにホテルの客室や飛行機の座席なども供給の保存ができない商品です。

100室あるホテルが、今日は80室埋まったので、残りの20室は明日売りましょう、ということはできませんね。
同じく飛行機の座席も、今日はファーストが5席空きましたから、その5席を明日販売しましょうということもできなければ、ゴールデンウイークはたくさん売れますから、今のうちに座席をたくさん作っておいて在庫を準備しておきましょうなどということもできないのです。

そういう特性がある商品は、ではどうしたらよいかと言うと、ホテルなんかは典型的ですが、インターネットの時代になってからは特に顕著ですが、販売価格で供給を調整していますね。混みあう時期は高く設定して、閑散期には安く設定する。航空会社の場合はさらに空席待ち(スタンバイ)などという制度を作って、出発までに最後の1席まで売ろうとしています。

なぜならドアを閉めて出発してしまえば、たとえ100万円のファーストクラスの座席であっても、商品価値がゼロになってしまうからです。

さて、長々と書いてきましたが、なぜ私がこんな話をしているかと言うと、実は観光急行の「朝から夕まで455」の座席が4月には空席が目立つからなんです。

3月は春の観光シーズン。その後はゴールデンウィークですから、観光業界的には4月というのはシーズンオフなのですが、営業のスタッフとしては気になるらしい。
かといって、パンフレットを持って「お客様、いかがですか?」と地域を回って営業するなんてスキルは旧国営鉄道系出身の職員にはないしそんな発想もない。

「じゃあ、どうするんですか?」と若手の職員は気をもんでいるようなのですが、そういう熱心な職員から、「社長、空席が多くてどうしましょうか?」と相談を受けたときに、私は「いいんじゃないですか? そういう時期があっても。」と申し上げております。

雪月花をはじめとする観光列車の座席がどうやったら満席になるかというのは、部長や課長の責任ですから、そういう人たちが努力をして満席にすればよいわけで、それが管理職の仕事というものです。

でも、だからと言って私は手をこまねいているわけではありませんよ。
実は私には考えがあるのです。

私の策はこうです。
まず、観光急行の「朝から夕まで455」で出す釜飯を冬の間「のどぐろ釜飯」にしました。
これによって、厳冬期の誰がどう考えても観光にはそぐわない悲しみ本線日本海の観光急行列車の指定席が予想以上に満席になったのです。

だから春になったら当然空席が出る。
まして青春18が終わる4月中旬以降は厳しい。
だったら、その空席には航空会社と同じように「スタンバイ」のお客様に乗っていただければよいのです。

スタンバイのお客様?

いったいそれは誰かというと、トキめき鉄道の場合、クハ455の指定席というのは「空席がある場合はどなたでもお座りいただいて構いません。」というご案内をしておりますが、これがいわゆるスタンバイ。

本当は455に乗りたいんだけど、「朝から夕まで」が満席でなかなか乗れなかったお客様、あるいは、そんなに朝から夕まで乗らなくても、片道だけ乗りたいというようなお客様の需要というのはあるわけで、つまりGW前の4月のクハ455は、そういう皆様方にとってはまたとないチャンスなのであります。

これが私が考えるスタンバイ需要。
ちょっと455に乗ってみたいという方には4月はチャンスなのであります。

社長としてはそこまで考えていて、「満席にならない。」と心配顔の若手社員に、「心配しなくても大丈夫だよ。」と言っているのであります。

国鉄形ファンの皆様、4月の観光急行は指定席を買わなくても455に乗れるチャンスですよ。
ご乗車をお待ちいたしております。

ということで、これが列車の座席という「供給の保存ができない商品」を販売するための一つの方法でありますが、若手職員はともかく、管理職者が「どうやって満席にするか」という潜在需要の顕在化ができないようであれば、これは大きな問題なのであります。

と、新年度に向かって軽くプレッシャーをかけておくことにしましょう。

鉄道業だけではなく航空業もそうですが、公共交通機関というのは全体の約9割のお客様は何もしなくても乗っていただけるお客様と言われています。
営業が頑張らなければならないのは残りの1割をどう積み上げるかなんです。

つまり、10人に1人、あるいは100人に1人といった需要を見つけ出して、その潜在需要を顕在化することが求められているわけでして、そういうお客様に「刺さる商品」は「尖った商品」であり、その尖った商品を売るためにはふつうのお客様相手とは全く異なる各種戦略が必要なのであります。

どこにも行かない夜行列車も、朝から夕まで455も、線路の石の缶詰も「そんなもの売れるわけないだろう。」と思うものがヒット商品になるということは、そういうことなのでありますが、多分ご理解いただけないという方は、10人中9人、あるいは100人中99人の方々ですから、ご自身が理解できないからといって、あまり気にされる必要はありませんので、どうぞご安心ください。

なんだこれ?

※訂正
昨日のブログの8620型の機関車の番号の話の中で、8699の次を18600と申し上げましたが、実は間違いで、形式が8620であるから、8699の次は18620になるとのご指摘を受けました。
18620~18699と来て、次は28620になります。
お詫びして訂正いたします。

貴重な知識を教えていただきました大先輩の皆様、ありがとうございました。