夜中に突然おいなりさんが食べたくなったらどうしますか?

今から45年ぐらい前ですかね。
コンビニというのが日本に登場したのは。

セブンイレブンがその名の通り朝の7時から夜の11時までやっているお店として結構衝撃的でした。
当時はスーパーマーケットでも夜の7時か8時には閉まっていましたし、個人商店なども同じ。夕方6時を過ぎると商店街も商品が少なくなり、店じまいの雰囲気が漂っていました。

45年前というのは1975年、昭和50年。
室蘭本線のC57135が牽引する列車を最後に国鉄線上から蒸気機関車が消えた年と言えばピンとくる御仁もいらっしゃると思いますが、日本にコンビニ第1号店が誕生したのがそのころのお話です。
それから2~3年すると、都会の町の片隅にポツリポツリとお店が増え始めましたが、夜中にお腹が空いてもちょっと買いに行くことができるようになったのは、なかなかありがたいことだと思いました。
なにしろ、それまでは夜中に腹が減ったら買い置きのインスタントラーメンを食べるぐらいがせいぜいでしたので、当時セブンイレブンのテレビCMの「開いててよかった。」というキャッチコピーがとても実感的だったのです。

ところがセブンイレブンに対抗してローソンが店舗展開を始めると、セブンイレブンはその名の通り夜の11時で閉店になるところが多かったのですが、ローソンは24時間営業で対抗し始めました。

そのローソンでは若い女性が「夜中に突然おいなりさんが食べたくなったらどうする?」ってテレビCMが流れ始めました。
40年ぐらい前ですかね。

「夜中においなりさんが食べたくなる」
というシチュエーションが私には理解できなかったのですが、なぜかと言うと、当時の日本人は今ほどおにぎりもサンドイッチもおいなりさんもおでんも食べなかったから。
コンビニというものができ始めて、おにぎりやおでんが身近になったのでありますが、それまではおにぎりと言えば運動会や遠足のお弁当の時の食べ物で、おでんはと言うと、屋台のおじさんが売りに来るもの、または、商店街にたいていおでんの種(たね)を売る店があって、そういうところで買ってきたものを家で煮込んで食べる程度でしたから、「夜中にお腹がすいたらどうする?」ならわかるのですが、「夜中においなりさんが食べたくなる」という感覚が理解できなかったのであります。

まあ、それはさておき、そのローソンのCMが衝撃的だったのは、セブンイレブンが「開いててよかった」であるのに対して、ローソンは「開いてて当然!」と言うキャッチコピーを使ったことで、「夜中に突然おいなりさんが食べたくなる」ような若い娘のわがままにも「当然のように」対応しますよ。という時代になったということだったのであります。

おいなりさんはもちろんですが、おにぎりだってサンドイッチだって、あるいはおでんも肉まんも、24時間いつでもあなたが食べたくなった時に、私たちは当然のようにお店を開けて商品を揃えてお待ちしておりますということが、つまり、コンビニ(便利商店)ということなわけですが、それまでの日本にはなかった商売のスタイルが確かに新しいライフスタイルを作り上げて行ったのだと、今振り返ってみてそう思います。

さて、当時私はアメリカにしばらく滞在しておりまして、ロサンゼルスでマクドナルドに入りました。
値段と言い、味と言い、一番安心して食べられるのがマックのハンバーガーだったので、頻繁に出かけていたのですが、ある時、夜中の11時過ぎに行ったんです。
いつものように駐車場に車を停めてお店に入ろうとすると、お店は営業中なのに入口に鍵がかかっている。
奥で店員が指差しながら何か叫んでいる。
何だろうと思って指さす方を見るとドライブスルー。
どういうこと?
とにかく一旦車に戻り、車に乗ってドライブスルーの窓口に行くと、「この時間は防犯のためにお店は開けない。ドライブスルーだけだ。」と言うのです。

確かにそういわれてみればそうかもしれない。

場所は国際空港からダウンタウンに向かうセンチュリー・ブルバードの中間地点。
ロサンゼルスに詳しい人はお解りになるかもしれませんが、夜中にあまり行くべきところではありません。
店員に「Take care!」と言われて商品を受け取ったあと、急に背筋が寒くなったのを思い出しました。

今、コロナ騒動でマクドナルドもお店は開けず、ドライブスルーだけで営業しているという話を聞いて、そんなことを思い出したのですが、そういえばかなり以前に都知事だった石原さんが、「コンビニが24時間開いている必要はないだろう。なんで来るか来ないかわからない客のために、廃棄前提で食べ物を置いておくんだ。おかしいじゃないか。」というようなことを言っていたのを記憶しています。

その後、東日本大震災があって、計画停電やら何やらでコンビニが24時間開いているという前提が崩れたのは御承知の通りですが、今、再びこういう状況になってみると、昭和の時代から便利さを追求してきた私たちの生活というのが、その前提が崩れ始めているような気がします。

80代の石原さんの世代は物がない時代を経験されていますから、「夜中に突然おいなりさんが食べたくなる」という感覚に違和感を持たれていたのでしょうが、私の世代でも、コンビニが普及する前の時代を知っていますから、夜になったらお店は閉まるものだし、セブンイレブンが夜の7時で閉店して翌日の11時に開店するお店になっても多分平気でいられるのではないかと思いますが、若い人たち、といっても40代以下の人たちはどうなのかなあ。

休業要請に従わず営業を続けるパチンコ屋さんに並ぶお客さんのインタビューで、
「やってるから来ちゃうんですよ。どうせなら閉店してくれればあきらめるのに。」と言っていた言葉を聞いて、やってなければ、そもそも「夜中に突然おいなりさんが食べなくなる」何てことも起きないのだろうなと思ったりしています。

40年前は「開いててよかった」から「開いてて当然」になりましたが、今、時代は「開いてて当然」から「開いててよかった」に逆戻りしていくのだろうかなあと漠然と思うコロナ騒動であります。