大切なのはお金を持っていることではなくて 最終回

日本という国は税制ひとつ見てもサラリーマンには不利にできていて、自営業者が有利になっています。だったら、サラリーマンより自営業の道を歩んだ方が絶対に得なのに、学生は皆、卒業したらサラリーマンになります。
それはなぜかというと、サラリーマンになるということは、経済的には大きな制約を受けますが、会社という傘の下に入ることで、とりあえず安心できるからなんですね。
私が学生だったころにはドルショックやオイルショックなどの経済危機が何度もあって、物価が上がってサラリーマンの生活が厳しくなるだけじゃなくて、同時に中小企業などの自営業者がどんどん倒産して行った時代でした。
私の父の仕事だった町工場も、日本人の賃金や物価が上がるにつれて日本では採算が取れない仕事の代表格になりましたから、どんどん仕事がなくなって、台湾や韓国に仕事を取られるような事態になりました。
私の父がやっていたのは、当時の国鉄の貨車部品を作る仕事でしたので、国鉄が左前になるのと、仕事が外国に流れるのが同時にやってくる業界でしたから、中小企業はひとたまりもないわけです。
父が会社をダメにした時には、私の家にも債権者の人たちが次々にやってきて、それまで長年にわたって取引先として仲良くやってきた知り合いのおじさんたちが、鬼のような顔をして怒っている姿に私はなすすべもなく立ちすくみました。
小学生の時の魚屋の手伝いから始まって、中学、高校、大学とそういう世界を目の当たりにしてきた私が、大人になって自分がどうやって生きて行こうかと考えて選んだ道が「サラリーマンと自営業」という「2足のわらじ」でした。
わらじを2足持っていれば、1足がダメになってももう1足あるわけですから安心です。
20代の頃の私は、とにかく経営の本をむさぼるように読んで、神様と言われた松下幸之助や本多宗一郎など偉人たちの伝記や格言なども片っ端から勉強しました。
当時は東京に住んでいて成田空港まで電車で通っていましたから、1日3時間も本を読む時間があったのです。
そして、そういう「2足のわらじ」が許されたのが外資系企業でしたから、私は32歳の時に会社に勤めながら起業したのです。
今思い出しても我ながら滑稽だったのは、当時の私は労働組合の幹部をやっていて、職場で集会を主宰して、賃上げや条件闘争など、職場の仲間を代表して経営幹部と団体交渉をやっていました。そして、家に帰ると、今度は有限会社の経営者として、人件費や労務管理コストの削減などを考えるという、昼と夜で全く正反対の顔を持っていたのです。そういう起業した人間が労組の幹部にいるわけですから、所詮サラリーマン経営者である会社の幹部も団交ではタジタジになることが多く、彼らにとって私は結構手強い交渉相手だったわけです。
そうして起業したことで、私は会社の経理や税制、予算や決算、世の中にあるビジネスチャンスが良くわかるようになりましたし、そういうことを20年近くやってきて、結果として今、いすみ鉄道の社長として活躍の場を得ることができたのです。
私はよく、「マニアの社長が自分の会社で好きなことをやっている。」と悪口や陰口を言われますが、「マニアである。」ということは、お客様の思考や気持ちがわかるという意味では重要なことですが、経営に関してはマニアだということだけでできるものではありませんし、経営には経営のノウハウがありますので、それを身に着けていなければ会社をコントロールすることはできません。
いすみ鉄道のようなローカル線の経営を、ある意味でファンビジネスだと考えた時に、ファンの心理や嗜好を理解できるマニア的能力と、経営能力は車の両輪のように互いに絡み合っていなければ経営はできないわけで、昨今、ローカル線の公募社長が各地で力を発揮しているのも、そういう2つの力を兼ね備えた経営が、今まで行われてこなかったことを表しているわけです。
私にインタビューに来る記者がときどき、「あれ? 社長さんはマニアというだけじゃなくて、ちゃんと経営の知識をお持ちなんですね。」と無礼なことを言いますが、そんなのは当たり前のことで、「いざ鎌倉」ではありませんが、私は2足のわらじの人生を歩んできたことが、今思えば、結果としていすみ鉄道の社長になる準備期間だったことになるのです。
まあ、会社の経営といっても、いすみ鉄道は第3セクターという特殊な形態ですから、一筋縄でいくものではありません。この5年間の社長としての私は、その第3セクターの経営とある意味格闘しているわけですが、それでも、やっぱり40代まで勤めていた外資系航空会社を辞めたことは一度も後悔したことはありませんし、自分で仕事を作り出して自分で稼いでいくということの方が、サラリーマンよりも楽しいし、やりがいもあるわけです。
さて、昨今は景気が若干上向いてきたとはいえ、企業の採用は極めて限られているようです。
去年大学を卒業した私の3男も就活中に40通以上も履歴書を書いて、ことごとく玉砕していました。
W大でもそういう状況ですから、他は推して知るべしで、「そんなにまで会社に頼み込んで使ってもらうぐらいなら、自分で起業しろよ。」と私は言いましたが、運よく希望する会社に採用されましたから、とりあえずサラリーマン2年生として頑張っているようです。
私は、そういう若い人たちに向かって、声を大にして言いたいのは、大切なのはサラリーマンになって給料をもらうことではなくて、「自分でお金を稼ぎ出す能力を身に着けること。」だということで、できるだけ良い会社に入って、できるだけ良い給料をもらうために頑張って、もし、それがかなってサラリーマンになることができたとしても、所詮それは定年までの間のことにすぎませんし、皆さんがサラリーマンをやっている人生で、世の中がどう変わるかわかりませんから、サラリーマンで安心するのではなく、自分でお金を稼ぐ能力を身に着けるべきだと思います。
まして、残念ながら、今の時代では会社の受け皿があまりにも少ないわけで、どう頑張ったってサラリーマンになることができない人がたくさんいます。そういう人たちは、逆に今の世の中をチャンスと考えて、会社に自分を安売りしてまでお願いして雇ってもらうのではなくて、自分でお金を稼ぐ能力に磨きをかけるべきだと思うのです。
戦後の混乱期に生き残って、それをチャンスにして這い上がってこられたのはお金を稼ぐ能力のある人たちです。
第2次世界大戦の後だけでなく、人類の歴史を見ても、生き残るために求められたのは自分でお金を稼ぐ能力であり、すなわちそれが生命力なのです。
サラリーマンは健康で会社へ毎日行くことができれば給料はもらえるかもしれませんが、会社がしっかりしていることが前提で、今から就職する若い人たちが、40年後に定年になるまで、その会社が順調でいるかどうかという保証はありませんから、自分でお金を稼ぐ能力を身に着けることで、万が一会社に何かがあって、会社から放り出されるようなことになったとしても、そういう能力がある人はどこへ行ってもしっかり生きて行かれるということなんですね。
そして、それは、皆さんが私のことを見ていれば、よくご理解いただけるのではないかと思います。
今はオークションなどというシステムが発達しています。
オークションは売り手と買い手のせめぎ合いですから、商売のセンスを磨くにはまたとないシステムです。
また、オークションに限らず、世の中を見渡せばビジネスのチャンスはあちらこちらにあります。
5年前に私が国吉駅のホームに立って、誰もいない駅で、「ここにはお金がたくさん落ちていますね。」と言ったのは、そういうビジネスチャンスを見る目を持っていたからなんですね。
私にはいすみ鉄道や国吉駅がお金に見えたんです。
そして今、私にはまだまだいすみ鉄道にはお金が落ちているということがわかっています。不思議なのですが、5年前にお金が落ちているのを見つけて、そのお金を一生懸命拾っているうちに、最初は小銭が落ちていたのですが、その下には札束が落ちているのに気が付いたんです。
だから、私は今年度はその札束を拾いにかかろうと思っています。
数年後、私がどれだけの札束を拾うことができるか、興味がある方、一緒に拾ってみたいと思う方はいらっしゃいませんか?
もう一度言います。
大切なのはお金ではなくて、お金を稼ぐ能力を身に着けるということなんです。
そうすれば、どんな状況になっても、生きて行くことができる人生になるのです。
いかがでしょうか?
私と一緒にお金を拾ってみたいと思われる方、ご連絡をお待ちいたしております。
ただし、授業料は高いですよ。(笑)
(終わり)


3月29日土曜日、午後4時前の国吉駅です。
この時間でも、国吉駅はこんなに賑わっています。
観光バスの団体でもなんでもなく、一般の個人客です。
応援団の皆様が整備した原っぱでは、たくさんの皆さんが散策に夢中です。
5年前に私がここにやってきた時点では、誰がこの鉄道がこんなに賑わうことを想像できたでしょうか。
でも、私にはその時からこうなるのが見えていましたから、これが、「ここにはお金が落ちている。」と私が言ったことの具現化なんです。
でも、もう一つの事実として、この国吉駅の近くにある観光客相手の商売が、この3月末で店じまいしました。
目の前にこんなに観光客が来ているのに、です。
この国吉駅の駅舎は商工会の建物になっています。
商工会の建物にはお手洗いや会議室などが完備していますが、これだけのお客様が来ているにもかかわらず、土休日は休みですから扉を閉ざしたままで、全く有効活用されていません。
商工会というのは、地域の商工業の発展のために、その地域で商売をやっている皆様が加盟しているのですが、地域の商売人の方々は、目の前にこれだけお客様がいらしているというのに、全く興味がないご様子ですし、それは観光協会も同じで、いすみ鉄道に来ている観光客は自分たちのお客じゃないと思っているのです。
「いすみ鉄道に来ているお客はマニアばかりだからなあ。」と彼らは二言目には言いますが、この写真を見て、いすみ鉄道のお客様がマニアに見えますか?
女性のグループや家族連れが中心なんですが、これだけのお客様がいらしているにもかかわらず、自分たちの商売に取り込めない人たちなわけです。
勘違いしないでいただきたいのですが、私は批判をしているのではありません。
事実を申し上げているのです。
私はこの5年間、口を酸っぱくして、地域の皆様方に、「ここにはお金が落ちていますから、一緒に拾いましょうよ。」と言い続けてきましたが、同じ地域の人たちの中でも、自分たちでどんどん行動しようとする人たちと、いくら言っても振り向かない人たちと、完全に二つに分かれた状況です。だから、今年度からは方針を変えて、自分たちでこれからもどんどんやって行こうという意識の高い地域の人たちと新しいビジネスを展開すると同時に、これがチャンスだということがわかる若い人たちに、一緒にやりませんか?と声をかけることを始めました。
やる気がある人でしたら地域外の人たちでも構いませんし、たとえ会社に勤めていたりしても良いですから、私が32歳で起業したように、今のうちから勉強をして、自分でお金を稼ぎ出す能力を身に着ける大きなチャンスがいすみ鉄道にはあります。でも、そのチャンスはチャレンジする人たちだけのチャンスです。
いきなり大金は稼げないかもしれませんが、小さなお金でも、自分で稼ぐことをやってみれば、それが経験になり、経験が自信へとつながります。
私は、自分でビジネスチャンスを見つけて、それを具現化することで得られる甘い蜜を、皆さんにぜひ味わってもらいたいと考えているのです。
我こそは、と思う方は、どうぞご連絡をお待ちいたしております。
ただし、私は厳しいですから、相当覚悟して来てくださいね。
フフフ。