お得意様のコスト その2

お得意様というのは、いつもいつもその会社の商品をご購入いただくありがたいお客様です。どんな商売もそういうお得意様をどれだけ囲い込むことができるかという点が、商売が成功するかどうかの大事な要因です。

ところが、そのお得意様が買われる商品が実は利益が出ないような商品であったら、利益率がとても低い商品であったらどうでしょうか。いくら売っても売っても儲からないという現象が常態化したら、商売本来の利益の追求という点ではマイナスということになります。

 

前回お話しました1970年代の鉄道会社は、定期旅客という儲からないお客様のために、多額の設備投資をしてきました。その理由はもちろん公共交通機関であるからで、国家を支えるため、通勤通学のお客様の輸送を迅速にスムーズに捌かなければなりません。人間の体で言ったら血管ですから、血管が切れたり詰まったりしたら、体そのものがダメになってしまうということで、日夜、不眠不休に近い努力を続けてきましたし、国や自治体なども、そのための補助金を多額に手当てしてきました。

 

なぜ鉄道会社はお得意様がもうからないのかというと、取り扱っている商品が「輸送」ということであり、その「輸送」の商品特性として、保存ができないということにあります。

他の商品であれば、今日売れなくても明日以降販売できるものもあります。生鮮食品のように今日中に売らなければならないものは割引セールなどで処分することになりますが、在庫を現金化するという点では、夕方の値引き狙いのお客様だって、ありがたいお客様です。

コンビニのアイスクリームなどは、アイスクリーム工場が暇な冬の時期に安いコストで生産しておいて、夏になったら販売するなどということも可能です。

このようにたいていの商品は在庫を持つことができ、その在庫を上手にコントロールすることで利益を得ることができますが、「輸送」という商品は在庫を持つことができません。今日売れ残った指定席を明日販売するなどということはできません。そういう意味で大変コントロールが難しい商品特性であり、なかなか儲からない商売だと言えるのです。

こういう時に、販売する側はどうするかというと、例えば航空会社のように、同じ座席という商品であっても、時間帯によって、季節によって販売価格を変えるとこで、需要を分散させるコントロールを行っています。鉄道会社でも徐々にですが例えば「オフピーク回数券」などというものを販売して、時間帯によって運賃を割り引くことや、時差通勤を呼びかけたりすることで、一時に集中する需要を分散させる努力をしていますが、やはりみなさんの都合の良い時期は一時に集中しますから、その時間帯の電車や駅は大混雑するという現象が今でもみられるのです。

 

ところが、その朝夕の混雑ですが2000年ごろから少しずつ様変わりを始めています。

1970年代から90年代にかけて、国電と呼ばれていた当日の国鉄電車、つまり通勤国電が、「痛勤酷電」と揶揄されていたころから比べると、明らかにラッシュが緩和されてきているのが現状です。これはどうしてかというと、まず第一に、前述のように多額の設備投資を30年以上にわたって続けてきた結果として、輸送力がアップし、直通乗り入れなどが可能となったことで、速達性やスムーズさがアップしたことが挙げられます。

そして第2に人口の減少が始まったということが表れてきているのです。特に団塊の世代と呼ばれる人たちが、早期退職を宣告された方々を含めると、10数年ぐらい前から急速にラッシュ人口から離れてきたことが大きな要因です。また、フレックスタイム制度や在宅勤務などが増えたこともラッシュの緩和に貢献しているかもしれません。

ということは、鉄道会社は長年設備投資に多額の投資をしてきた結果として、列車が混まなくなってきたのは良いとして、輸送人員そのものが減ってきているわけですから、商売という点で考えると、お店を大きくしたとたんにお客様が減ってきているということになるのです。

そんな状況にあるとき、通常の商売でしたら、設備を縮小したり、従業員を減らしたりするのですが、鉄道会社はなかなかそういうわけにもいきませんから、固定費の削減が難しい。にもかかわらずお客様が減ってきて、さらに「満員電車をなくせ」と都知事が言い出すにあたっては、40年近く都市交通を研究してきた私としては、なんだか本当に踏んだり蹴ったりのような気がするのです。

なぜなら、定期券を買っていただく安いお客様というのは、満員電車で一括大量輸送できるからこそ利益が出るというもので、30年以上かけて設備投資を完了した今の段階で、着席通勤などスペースをゆったり取るようなことをしたら、これは必ずや鉄道会社の収支に悪影響を与えることになるのではないかと、私は心配しているのであります。

つまり、高密度の満員電車が鉄道会社の収益を支えていると私は考えているのであります。

 

はい、ここで申しあげているのはあくまでも都市交通のお話でありまして、ローカル線は全く別の輸送特性ですから、いすみ鉄道には当てはまらないことですので、お間違えの無いようにご注意ください。

 

(つづく)