お得意様のコスト その3

昨日の続き。

 

お得意様というのは会社を儲けさせてくれるありがたいお客様です。

 

ところが鉄道会社に関して言えば、毎日通勤通学でご乗車いただいているお客様、つまりお得意様ですが、1回あたりの運賃が安い割には需要が一時に集中するために、輸送をさばくための設備投資に追われ、過去40年以上にわたって天文学的数字の資金を投入してきましたので、鉄道会社はかなり大変な状況にありました。

 

設備投資だけではありません。朝の通勤通学時間帯では、駅によっては1つのホームに20人以上の駅員を待機させていました。

今の若い人たちは聞いたことがないかもしれませんが、20年以上前の1990年代ごろまでは、「尻押し部隊」と呼ばれる駅員さんたちがホームにいたのです。

1つのホームに20人も駅員がいたなんて信じられないかもしれませんが、10両編成の電車には40個のドアがついていて、1両に2人、1人の駅員さんがドア2つを担当する計算です。そしてお客様を思いっきり車内に押し込んでドアを閉めるのです。そうしなければ電車が発車できない。こんな光景が大都会の駅では毎日のようにみられました。

ホームの駅員さんたちは今よりもたくさん人数がいましたが、それでも足りませんから、鉄道学校に通う高校生たちなどが動員されて、毎日尻押し部隊が結成されて、電車のドアを閉めて発車させていました。

つまり、それだけ人件費もかかったのですが、今ではほとんどそういうシーンを目にすることもなくなりました。これは複々線化や地下化、高架化、直通乗り入れなど、鉄道会社が長年にわたって多額の設備投資を行ってきたことが、その大きな理由ですが、それだけじゃなくて、かつてに比べて通勤客そのものが減ってきている。つまりは徐々に人口減少が始まってきていて、それも一つの原因だということです。

 

さて、長年にわたって設備投資を続けてきた鉄道会社ですが、計画されていた輸送力の増強はほぼ終了し、今後はそれほど大きな設備投資を求められることもなさそうです。

朝夕の一時に集中する輸送もかつてのような混み具合ではなくなりました。そして自動改札や電子カードなどの導入で、人件費も少なくて済むようになりましたし、毎日乗っている通勤通学客は、いちいち案内のアナウンスをしなくても自分たちでさっさと行動してくれる。輸送障害が頻発するような今の世の中でも、振り替え輸送の案内表示をSNSで送信するだけでお客様は自分で対応してくれる時代になりました。つい最近まで、運転見合わせなどというと、振替乗車票を求めて、駅の事務所に乗客が詰めかけるなどという光景が見られたことも、ウソのようです。

こうして、1970年代からずっと、お得意様とはいえコストがかかりすぎると思われてきた定期券利用者が、今、ふと気づいてみると、一番コストがかからないお客様になろうとしています。つまり、儲けをもたらしてくれるお得意様です。彼らは毎日のように駅構内で買い物もしてくれますし、鉄道会社の様々なサービスも毎日のように利用してくれる。黙っていてもお客様の方が勝手知ったる人々ですから、実に手がかからない「良いお客様」になっているのに気づきます。

 

これは何も鉄道会社だけではありません。航空会社でも全く同じで、出張のビジネスマンなどは一週間に数回飛行機に乗る人も珍しくありません。つまり航空会社のお得意様ですが、そういう人たちは、インターネットで予約しますから予約センターでの電話応対などの人件費や設備費が不要です。出張は旅程変更の可能性がありますから正規運賃に近い比較的高い金額の切符を買います。荷物も預けなければ、通路側が良いとか、足元の広い席にしてくれなどと係のお姉さんにいろいろなお願い事をするわけでもなく、今の時代、チェックインすらないのです。

時間までにきちんと空港に来て、黙ってゲートへ行って、黙って飛行機に乗って、目的地へ着いたらさっさと消えてくれる人たちです。つまり多額のお金を落としてくれる割にはコストがかからないという点で、会社に利益をもたらせてくれるありがたいお客様なのです。

 

 

 

東京―大阪や福岡、札幌便などの飛行機を例にとると、朝夕のゲート前はこのようなお得意様のビジネスマンばかりです。そういう人たちはいつも乗っていますから航空会社からお得意様カードをもらっていますので、優先搭乗対象者です。一般のお客様に先立って機内に入るわけですが、朝夕の東京―大阪便のようなビジネスマンが多い飛行機では、1機当たり100名以上が優先搭乗対象者です。せっかく一生懸命修行をしてやっとお得意様カードを手にした人から見たら、「優先搭乗だけで100人以上もいるようだと、このカードのありがたみもないなあ。」というような人もいらっしゃいますが、航空会社がなぜ優先搭乗を行うかというと、それはもちろんお客様の心理をくすぐるという意味はありますが、実のところ、スムーズなボーディングを行うことが目的だからです。

優先搭乗100名と、その他一般のお客様100名とでは、同じ100名でも飛行機に入って座席に座るまでの時間が全く異なります。一般のお客様、つまりめったに飛行機に乗らない人たちは、まず搭乗券をゲートの機械にうまくかざすことができなくて引っかかったり、列に並んでいるときはボーッとしてて、自分の番が来てから搭乗券を探し始めたり、ゲートをうまく通過できない人が多く長蛇の列になります。

機内に入っても荷物を棚に上げるために知らないうちに通路をふさいで後から来る人が通れなくなっていたり、窓側座席にもかかわらずあとからやってきて、通路側に座っている人を立たせてみたり、とにかくあちらこちらで引っかかります。もちろん空港到着時点から、どこのカウンターに行ったらいいのか迷いますし、荷物の中に入れてはいけないものが入っていたり、手荷物保安検査でいろいろ出てきたり、とにかく手間と時間がかかる。ところがこういうお客様というのは、飛行機の場合、たいていは早くから割引切符を購入している安いお客様なのです。

 

つまり全体でみると、航空輸送に関して言えば、お得意様は高い金額を払っている割には手がかからずコストもかからない。安いお客様というのは手がかかってコストがかかるというのが現状なのですが、鉄道輸送に関しても、毎日乗っていただいているお客様というのは、さっさと行動して自分のことは自分でやってくれる方々ですから、昭和の時代から長年かけて輸送力増強のための設備投資がほぼ完了した今の時代としては、定期券利用者もコストがかからない良いお客様になったということが言えるのです。

 

いよいよQRコードだけで改札口が通れるようになるとか、鉄道会社も遅ればせながら航空会社方式を始めるようですが、コストがかからない良いお客さま方を、どうやって囲い込んで、プラスの売り上げをもたらしてくれるようにするか。このあたりに鉄道会社の商売の旨味が隠されていると、私は考えています。

 

(おわり)