台風で抱えた在庫、消えた在庫

夏休みの書入れ時の土日に台風がやってきました。
本当だったらお客さんがたくさん来ることが見込めたはずなのに、台風のためにせっかく仕入れた商品が売れず、在庫を抱えてしまっているお店も多いのではないでしょうか。
田舎の町は、お盆で帰省する人たちが多く集まるところですから、スーパーマーケットなどもふだんよりも多くの人出でにぎわいますし、ふだんは売れないような高級食材や、パーティーセットなどのお惣菜も飛ぶように売れる時期です。
房総半島でも、アワビやサザエを盛り込んだ数千円もするお刺身のセットや、バーベキュー用のお肉の盛り合わせセットなどが並ぶのがこの時期の名物のようになっていますが、この土日は台風のために外出を避ける人たちが多く、スーパーマーケットもガランとしていて、たくさんの売れ残りが出たんじゃないかと心配になります。
新幹線や空の便も運転を取りやめたり、運転したとしてもお客様がほとんど乗らない列車が走っていたりしましたが、お盆時期の交通機関は、年末年始、ゴールデンウィークと並ぶ書入れ時ですから、そういう時期に列車や飛行機の運行ができなくなったりすると、せっかく予約が入っていた切符を払い戻ししなければならなくなりますから、当てにしていた収入がなくなってしまうことになります。
食料品店やレストランのように、仕入れた在庫を抱えてしまう商売も大変ですが、一度入ってきていたお金を払い戻さなければならない商売も大変なことです。
例えば、航空会社の場合、満席の飛行機が台風で飛ばないような事態になると、航空運賃を払い戻さなければなりませんから、会社としての収入がゼロになります。
でも、それだけじゃなくて、パイロットもスチュワーデスも出勤していて空港で待機していますからその分の人件費がかかります。地上職の人たちもお客様への案内や誘導などでいつもより人出が必要ですから、こちらもいつも以上に人件費がかかります。
飛行機もたいていはリースですから、飛ぼうが飛ぶまいが決められたリース料の支払いをしなければなりません。
空港だって飛行機を停泊させておけばそれだけの金額を請求してきますし、停泊できれば良い方で、実は台風の接近コースによっては空っぽの飛行機を安全な空港に避難させなければなりませんから、その分のコストが余計にかかることになります。
よく、台風が去った後でも「機材繰り」のために飛行機が飛びませんとアナウンスしているのを見かけますが、そういう裏事情もあるわけです。だから、飛行機を普通に運行するよりも多くの経費が発生するのが台風などの悪天候時なのです。
鉄道会社や航空会社の商売は「輸送」です。
ということは、すなわちお買いいただく商品は「座席」ということになります。
この「座席」という商品の最大の弱点は「供給の保存ができない」ということであって、つまり、どういうことかというと、「座席」は在庫としてあらかじめ用意しておくことができなければ、売れ残った在庫を次の日以降に販売することもできないわけです。
どんな商売も、ピーク需要に向けてあらかじめ生産しておいて、それをお客さんが増える時期に大量に放出することでピークに対応することができます。例えば、クリスマスケーキはいつごろ作っているかと言えば、たぶん、ケーキ需要があまり芳しくない今頃の時期から作っていて、クリスマスに向けて準備をしていますし、コンビニのアイスクリームも冬の暇な時期に安く生産して、夏に備えているわけですが、新幹線や飛行機の座席は、「お盆に向けて今のうちに商品をたくさん準備しておきましょう。」ということはできませんから、簡単に言えば一発勝負の商売ということになります。
だから、その時に台風が来たりして商品を販売することができなければ、前の日の在庫を次の日に販売することはできませんから、消えてしまった在庫は、もうどうにもできなくなってしまうわけです。
鉄道輸送の場合は、昔は機関車が引っ張る列車が長距離輸送の定番でしたので、後ろにつなぐ客車の両数を変えることで、ある程度供給の調節が可能でした。
ふだんは7~8両で走っている列車が、お盆の時期になると10~12両編成になったりしたものです。
客車というのは引っ張られるだけの車両で自分では動力を持ちませんから、製造コストも安いし、引っ張る機関車を変えれば電化区間だろうが非電化区間だろうが、どこへだって走っていくことができます。
だから、国鉄時代は客車をたくさん所有していて、ふだんは車庫で眠っているような客車を引っ張り出してきて、車両を総動員させることでピーク需要に対応していました。
また、ふだん指定席を連結して走っている急行列車などは、お盆のピーク時などでは全席自由席として通路などへの立ち席を含めてできるだけたくさん詰め込むことで、輸送需要に対応することもできたのです。
ところが、今の時代はそういう体制になっていません。
機関車が引く客車列車などはほとんど消えてしまいましたし、東海道新幹線は年中16両編成です。需要の少ない時期や区間では8両や10両でも構わないし、その分省エネであるはずなんですが、人件費や設備費を考えたらそういう小まめな編成替えや増結、切り離しなどは面倒くさいし、だいたい車両の編成自体が固定編成ですから、需要に応じて小まめに編成替えをできる体制になっていません。
飛行機も同じで、その時の需要によって座席を増やしたり減らしたりできませんから、小まめな運用ができないのです。
では、どうするかというと、航空会社では特に顕著ですが、価格を調整してピーク時に備えるというか、お客様に選択していただくことで、供給数の調節ができない分、需要を分散させて、お客様の側で対応してもらう方式をとっているんですね。
つまり、お盆の帰省時期を1~2日ずらしただけで、パックツアーのみならず、個人で飛行機を利用する場合もずいぶん安く旅行ができる制度が出来上がってきているわけで、今の時代はお盆といっても昔のように12日~15日に休まなければならない人ばかりではありませんから、料金を見ながらお客様が自分で調整することが可能になっています。
新幹線や飛行機などと同様に、ホテルの部屋も「供給の保存ができない商品」です。
だから、ホテル業界も、同じ部屋でも日によって値段を変えているし、売れる日は高く、売れない日は低い価格で販売するのは常識になっていますから、稼げるところではしっかり稼ぎに行くし、稼げないところは、安売りをして、あえて需要を作り出すようなことをしているわけです。
昨今では、お客様の方もこのような価格の変動をだいぶ理解できるようになってきましたので、季節波動の大きな商品を扱う商売のやり方としては、これからの主流になることは間違いありません。
ということは、世の中がこういう動きになってきていて、お客様が予算と自分の休みを照らし合わせながら、自分に一番都合が良い選択をする時代になっているのに、相変わらず旧態然とした商売のやり方をやっているところは、だんだんとお客様の理解を得られなくなるということにもなるのではないかと思いますが、皆様はいかがお考えでしょうか。
台風が去って、これからお盆の帰省が本格化しますが、皆様どうぞお気をつけてお出かけください。