旅行の歴史

近年、急速に旅行の形態が変わってきていると言われています。

 

20年ぐらい前だったら、テレビや雑誌で行きたいところが見つかると、町の旅行会社や駅の旅行センターへ行ってパンフレットをもらってきます。いくつものプランが載っているパンフレットを詳細に読み込んで、どれが一番お値打ちコースか、あるいは自分の行きたいところややりたいことを網羅しているプランはどれか、いろいろ検討します。実際に、この、「パンフレットをもらってきて家に帰って詳細に検討する」ところから旅行はすでに始まっていて、ワクワクしたものでした。

行きや帰りに特急列車や飛行機に乗るコースがある時なども、その旅行会社で指定席券や航空券を発行してもらって、その券面を見ながら出発まであと何日と、指折り数えて楽しみに待ったものです。

 

ところが、今の時代は、あまりそういう旅行をする人がいなくなったと言われています。

いなくなったのではなくて、若い人たちはそういう旅行をしなくなったという方が合っているかもしれません。

20年前30年前にパンフレットを見て旅行をしていた人たちというのは、たぶん、今でもいるはずで、ただし、その世代の人たちはみなさん50代以上になっているのではないでしょうか。だからだんだんと少数派になってきている。徐々にですが、世の中の人間が入れ替わって来ていて、昔ながらの旅行をしている人たちは今でもいるのですが、年齢が上がっていて、そういう人たち向けの商品は、たぶん今でも旅行会社の店頭にパンフレットとして並んでいるのでしょう。お料理の有名な高級旅館や露天ぶろ付きのお部屋に泊まったり、ビジネスクラスで出かけるクルーズ船の旅などというものもそうですし、昨今話題の豪華列車の旅などというのも、リッチなシニアの皆様方をターゲットにしているのだと思います。

 

でも、そういうリッチなシニアではなくて、現役世代というのはできるだけお金をセーブしようと考えている人たちが多いですから、限られた予算や時間の中でできるだけ自分たちの目的に合った旅行をしようと考えると、どうしてもインターネットを利用する傾向にあります。いちいち旅行会社の店頭でパンフレットを見ながらツアーを検討したりしないし、新幹線だって飛行機だってみんなネットで予約してしまいます。ネットなら座席指定まで自分でできますからね。だから、これだけ飛行機が一般化しているというのに、その割には店頭のカウンターで航空券を買っている若い人など見たことがありません。

皆さんそうやって、自分で調べて自分でサッサと予約して、自分の旅を楽しむ時代になりました。

 

それともう一つ、旅行のスタイルが変化してきたのも見逃せません。それは何かというと、「行きたいところ」というのが昔ならば有名観光地が多かったのですが、今では別に有名観光地に行く必要もなく、行ってみたいところというのが、旅行のガイドブックに出ているところではなくて、インターネットで有名なところになったのです。

 

例えばブロガーとかインスタグラマーなどと呼ばれる人たちがいます。自分が出かけて良かったと思うところや、食べておいしかった食堂やメニューなどをインターネットで情報発信する。文字だけじゃなくて写真も一杯インターネットに乗せると、それを見た人たちが「うわあ、楽しそうだ。行ってみたい。」という気持ちになる。そしてそこが賑わうようになる。

皆様よく御存じの江ノ電の鎌倉高校前駅すぐ横の踏切などもその良い例で、アニメの舞台として登場したその踏切が、台湾や中国でそのアニメが人気になって、「ここはどこだ?」と話題になる。すると誰かが、実際にやってきて写真を撮る。

そして、「私はここにやってきました。」と撮った写真とメッセージをインターネットで発信する。

すると、その写真を見た人たちが、「いいね、行ってみよう。」となって、口コミで広がって行って、今では平日の夕方でも中国人が20人も30人も集まる観光名所になってしまったわけです。

 

 

江ノ電の鎌倉高校前。

私にとってこの駅は「寅さん」で有名な駅だと思うのですが、今はアニメの聖地。

平日の夕方だというのに、踏切には警備員が出ている状況です。

 

こういうことが良いとか悪いとかは別として、現実に起きているのですから無視することはできないと私は考えます。

日本人は、新しいことをなかなか受け入れる心の準備ができていない人が多数いますから、踏切に人が群がっているのを見ると「マナーがどうだ」とか言い出す似非マナー論者や「危険だから禁止させろ」的な意見が当然のように出てきますが、それではせっかくのビジネスチャンスが消えてしまいますから、どうしたら危険じゃなくなるかを考えた方が発展性があるわけで、実際に警備員を配置して安全管理をしているのを見ると、観光客を受け入れる準備ができている観光のプロフェッショナルが多い湘南の人たちの考え方がわかると思います。

 

LCCのピーチ航空が、単に航空券が安いというだけではなくて、行ってみたくなるような、つまり需要を開拓するということをきちんとやり始めていて、インスタグラムを活用した取り組みをやっています。

 

ピーチ上海ナビ ←ここをクリックしてください。

 

こういうのを見ると、別に上海なんて興味がないと思っていた若い人たちだって、「おもしろそう! 行ってみよう!」となるわけで、「ではいくらなんですか?」と思ったら、下の方に片道6000~7000円って値段が出ている。

この値段だったら夜行バスでどこかへ出かけるのよりも安いから、「じゃあ、上海へ行ってみるか。」となるわけです。

そして、そういうお客様で180人乗りの飛行機が満席になればピーチ航空としてはそれで良いわけで、何も旅行会社に座席を売ってもらう必要などないのです。1機で400人も人を乗せていた時代ならば、座席を売りさばくために旅行会社とお付き合いしていたのですが、小さな飛行機を使うLCCのような会社ならできるわけですから、既存の航空会社や旅行産業にとって見たら脅威に映るのです。

 

いすみ鉄道でも私は就任以来インターネットをフル活用して、できるだけ写真を載せるようにして情報発信に努めているのは皆様ご存知の通りですが、その点では私もブロガーの1人ということができます。私のブログにはリンク先も含めて1日だいたい2万人のアクセスがありますから、いすみ鉄道ぐらいの規模の会社の情報発信としては十分だと思いますし、例えば週末20席のレストラン列車の情報を乗せれば、数日で座席が完売するのはLCCのピーチ航空と同じスタイルです。

その基本原則となるのは「更新頻度」ですから、私はとにかく社長としての重要な仕事として毎日更新に努力しているわけですが、こういうことって、正直申し上げて理解できない人にはいくら説明しても理解してもらえません。特に旅行会社の店頭でパンフレットに出ているツアーを申し込むタイプの人には、私がいくらインターネットで情報発信してると言っても、ほとんど理解できないと思います。でも、旅行会社の店頭でパンフレットを見ながら旅行の申し込みをする人たちというのは、今後確実に少数派になっていくことだけは間違いありませんから、旅行業界は今、大変な転換期に来ていると言われているのです。

 

逆に考えると、例えば、温泉旅館の経営者にしてみたら、今までは大手旅行会社に一生懸命お願いをしてパンフレットに自分の旅館を載せてもらって、お客様を送り込んでもらう必要がありましたが、もうそんなことをする必要はなくなりました。自分で写真を写して、自分でインターネットにアップして配信することで、自分の考え方やポリシーに共感していただけるお客様にいらしていただくことが可能になりましたから、そうなると仲介業者へ手数料を払う必要もなく、値段の勝負をする必要もなくなります。旅館の経営者の考えに共感していただけるファンに来ていただくことで、さらにその旅館のファンが増えて行くという仕組みです。

ローカル線の駅から数分のところにある、それこそ寅さんに出てくるような昭和の商人宿が、情報発信だけで「ご主人に会って話がしたい。」とか、「一緒に駅弁を売ってみたい。」というお客様で週末は満室になるなんてことは、今や当たり前の時代です。別に大手旅行会社のパンフレットに載せてもらって、お客様をご紹介いただかなくたって全然気にすることはありません。つまり、どんなところにもチャンスがあって、それを上手に活かせれば、小さなビジネスであれば十分に成り立つ世の中になったのです。

 

こういう世の中になると、大手になればなるほど実は不利になっていて、なぜならば細かな対応ができないばかりでなく、身動きが遅い。ブロガーやインスタグラマーが話題にしている地域をリアルタイムで探すことができないし、探せたとしてもそれを商品化してパンフレットを印刷して、告知して募集するまでに何か月もかかるわけですから、その時にはもう別の話題になっている。そう考えると、これは大変厳しい時代になったと言えるのであります。

 

(つづく)