ビジネスクラスとビジネスホテル

この間、いつもいすみ鉄道に乗りに来てくれている鉄道ファンの若い男性に大多喜駅で声をかけられました。
「社長、聞きたいことがあるんですけど。」
彼は1年に何度もいすみ鉄道に乗りに来てくれている30代の男性で、私もよく知っている人なので、
「どうした?」と言うと、彼がこう切り出しました。
「社長、ビジネスクラスによく乗りますよね。僕も乗りたいんですが、ビジネスクラスって、普通の座席より安いんですよね。」
私は、一瞬彼が言っていることが理解できなかったんですが、少し間をおいてから、こう答えました。
「ビジネスクラスって、出張の人たちが使うクラスで、予約変更などもできる切符だから、普通の座席よりも高いんだよ。」
彼は、「えっ? そうなんですか? 僕はてっきりビジネスクラスって安いと思っていました。」
私は「?????」と思いました。
自分の子がそんなことを質問してきたとしたら、
「お前何言ってるんだ。ビジネスクラスだから高いに決まってるだろう。」
と、言っていたと思いますが、その時私は、なぜ彼がそんなことを聞くのかが気になりました。そして尋ねてみたんです。
「どうして、ビジネスクラスがふつうのクラスより安いと思ったの?」
すると彼はまじめな顔をして答えました。
「ホテルには高級ホテルとビジネスホテルがあるじゃないですか。ビジネスホテルの方が普通のホテルよりも安いですよね。だから、飛行機もビジネスクラスは安いクラスだと思ったんです。」
はは~、なるほど一理ありますね。
確かに同じ「ビジネス」という冠がついても、ホテルと飛行機ではステータスが全く違います。
片方では、「な~んだ。」という感じですが、もう片方では「すごいですね。良いですね。」と思われる。
これがステータスなんですが、同じ「ビジネス」という言葉でも、商品が違うと逆の意味になるわけですから、私には新鮮な驚きでした。
昔の話で恐縮ですが、私が学生だった頃の飛行機というのは、国際線の話ですが、ファーストクラスとエコノミークラスの2種類しかありませんでした。
例えばB747ジャンボジェットの場合、一番前のドアから機内に入って左側がファーストクラスで、右側にギャレーがあって、その奥は一番後ろまでエコノミークラスでした。
そして目の前の螺旋階段を上がると、2階部分はファーストクラスのお客様が談笑するラウンジスペースでした。
そういう時代は、大臣や大実業家でもなければファーストクラスになど乗れませんから、普通の人はみなさんエコノミークラスだったのです。
やがて旅行需要が拡大してきて、猫も杓子も海外旅行へ行くようになると、ディスカウント航空券が出回るようになりました。
東京から西海岸までエコノミークラスの普通運賃で30万円ぐらいしていた当時、10万円前後のディスカウント運賃が出回るようになると、それまで海外旅行といえばある程度の高額所得者限定の世界だったものが、普通のおじさんおばさんが出かけるようになって、飛行機の中が人種のるつぼのような状況になりました。
航空会社は1度に300人も400人も乗れるジャンボジェットの座席を埋めなければなりませんから、どんどん安い切符をばらまいて、その結果、飛行機の中がごちゃごちゃの状態になりました。
そういう時代になると、黙っていないのが出張で利用しているビジネスマンの人たちです。
彼らは、出張ですから、いつ旅程変更になるかもわかりません。そういうビジネスマンの皆様方は、エコノミークラスでも正規運賃の航空券を買っているのですが、同じ機内に乗り合わせている田舎のじっちゃんばーちゃんの人たちは、自分たちよりもはるかに安い切符で同じサービスを受けているわけですから、だんだん腹の虫が治まらなくなります。
昭和40年代後半から昭和50年代前半にかけて、「農協さん」と呼ばれる団体旅行の人たちが、ちょうど今の中国人のように、我が物顔で恥をさらしながら外国の街を歩き始めた時代の話ですが、ビジネスマンたちは面白くなかったんですね。
そして、そのビジネスマンの人たちのために登場したのがビジネスクラスなんです。
これ今から36~7年前でしょうか。
同じエコノミークラスでも、団体割引運賃ではなくて、正規運賃の航空券を購入されるお客様を対象に、幅の広いゆったりとした座席や上等な食事を提供するサービスを始めたんです。
これが「ビジネスクラス」。つまり出張のビジネスマンが利用するクラスということで名づけられたんですね。
その後、このビジネスクラスという名称は日本や東南アジアなどではすっかり定着した感がありますが、英語圏の人たちから見ると、たぶん、あまり良い印象がないのだと思います。アメリカやヨーロッパの航空会社は、このビジネスクラスのサービスが始まって10年もたたないうちに、「ビジネスクラス」という呼び方をしないようになりました。
彼らが「ビジネス」の他に何と言っているかというと、例えば「CLUB●▲×」という名称を使っていたりしますが、これも「ビジネス」という冠が付くことで、「出張のビジネスマンしか乗れないのか?」という疑問や誤解、そして、「ビジネス」(=おしごと)という英語のニュアンスに高級感がないのが理由なのかもしれません。
ちなみに、羽田空港内に数年前に登場したカプセルホテルの名前が「ファーストキャビン」。泊まったことはありませんが、カプセルホテルにもかかわらず、中の「客室」は「ファーストクラス」と「ビジネスクラス」に分かれているようです。
こうなってくると、ビジネスクラスだけでなくファーストクラスという呼び名すらなんだか安っぽく感じられるような気がします。
最近、台湾を旅行していて気付くのも「商務旅館」や「商務座」という表現。
片や「ビジネスホテル」で片や「ビジネスクラス」ですが、日本と同じように、違った業界で使うと、同じ言葉でも全く重みが違うのは面白いですね。
もっとも、実際には何がどう違うんだと聞かれると返答に困るのもビジネスクラスで、座席は航空会社によって全然違うし、同じ航空会社でも路線によって違います。
簡単に言えば、その航空会社が力を入れているドル箱路線は最高の設備ですが、プライオリティの低い短距離路線では、同じビジネスクラスであっても「どうも今ひとつ」という会社も多く見受けられます。
これは何も航空会社ばかりでなく、鉄道でも、総武快速線のグリーン車は特急の普通車と同じ程度の座席ですし、じゃあ特急のグリーン車はというと、新幹線のグリーン車にはかないません。
つまり、これがステータスということであって、ステータスとはサービスの物理的内容じゃなくて、比較なんですね。
横須賀線に乗っている人たちの中では、グリーン車の座席はステータスなんです。
2種類のサービスを常に用意すると、顧客の選択肢が増え、顧客満足度が増えるということで、1等座席などという商品は、そのためについているようなものなんですね。
だからその考え方でいけば、いすみ鉄道の急行列車の指定席なんて最悪なもんで、車両はボロだし座席は直角。
だから物理的サービスを求めていらっしゃるお客様には、いすみ鉄道の観光列車は絶対にお勧めできないということなんです。
でも、ビジネスクラスには乗ったことがなくても、いすみ鉄道の良さが理解できる人たちが若い皆さんを中心に確実にその数が増えてきているのも事実ですから、私としては、ビジネスクラスに乗せることはできなくても、いすみ鉄道でグリーン車を走らせて、座席指定料金だけでグリーン車に乗れるようにしてあげたいなあ、ということぐらいは考えていかなければならないと思っているのです。
いやあ、同じ「ビジネス」でも意味が両極端なのを気付かせてくれた○○ちゃん、どうもありがとう。
今度、目良屋さんの焼き鳥ごちそうするね。
これがまた、うまいんだ。
ステータスじゃなくて、内容勝負だからね。
(つづく)