過ぎ去った想い出は常に優しい。

私はいつも思うのですが、過去の思い出というものは、自分にとっていつも優しいものだと思います。
その時どんなに辛くても、後になってみると、つらかったことは記憶から消えていて、何となく良い思い出になっている。
だから、過去はいつも優しいんです。
中学生や高校生といった多感な時期に興味を持ったり、夢中になったりするものに出会うと、一生ものになったりします。
ある人にとっては、それは音楽だったり、芸術だったり、文学だったりすると思いますが、鉄道趣味も同じですね。
鉄道好きなおじさんでしたら経験としてお分かりいただけると思いますが、その多感な時期にどんな列車が走っていて、どんな列車に乗ったかということが、その人の人生で大切な思い出になっていて、それが自分の内面でのある一つの原点となっているんじゃないかと思います。
タラコ色と呼ばれる国鉄時代の首都圏色もその一つで、ちょうど50歳を境に、それより若い人にとってみれば、多感な時期に親しんだ懐かしい塗装であるけれども、50歳より上の人たちにしてみたら、国鉄時代の末期に自分の思い出の中の大切な車両がタラコ色に塗られることで台無しにされた経験がありますから、50歳以上はアンチタラコが主流というのが私の分析です。
それでも、実際にタラコ色で走っているキハ52を見たら、50歳以上の人も50歳以下の人も絶対に感動するはずで、それはなぜかと言うと、やっぱり、皆さん、過去の出来事はいつも優しいからなんです。
でも、それは、キハ52が房総半島の里山を走るからであって、これが都会で走ろうものなら、ツートンカラーだろうがタラコ色だろうが、
「俺の大切な思い出を壊さないでくれ。」
となるんじゃないでしょうか。
いすみ鉄道沿線の風景は、やっぱり素晴らしいから、キハが走る情景には欠かせないんですね。
いすみ鉄道沿線のような風景を走ってこそ、キハの素晴らしさが引き立つのです。
私が昭和のビジネスをプロデュースするときに考えるのが、そういう環境というか雰囲気というか、とにかく皆様の想い出を壊さないようにすることなんです。
いすみ鉄道では、キハの中で食堂車を再現しようとしています。
昔は特急列車や急行列車には食堂車が連結されていて、東京駅や上野駅を発車していくときは、食堂車のスタッフが整列してホームの人にお辞儀をして発車していきました。
そういうシーンを見て育った私は、「一度は食堂車に乗ってみたいなあ。」と憧れていましたが、当時の食堂車は高嶺の花。というか、そういう食堂車が連結されている列車自体が高嶺の花でしたし、どこかへ旅行に行くときはおふくろさんがおにぎりを持たせてくれるなんてのが当たり前でしたから、食堂車のついている列車に乗ったとしても、座席でおふくろさんが握ってくれたおにぎりを食べた思い出のある人も多いんじゃないでしょうか。
私の場合は食堂車に乗りたい一心で、日本食堂という会社でアルバイトをさせてもらって、「はつかり」「ひたち」「とき」「白山」「やまばと」などという列車に乗務しましたし、自分のお金で旅行ができるようになると、必ずといって良いほど食堂車へ行って、カレーライスを食べたりしたものです。
そういう想い出は私の心の中で、やはり優しく私に接してくれていて、「食堂車は懐かしいなあ。」と思い出すのですが、よく考えて見ると、当時の食堂車で食べたものって、そんなにおいしいものではなかったことも事実なんですね。
サンドイッチだって薄いパンに辛子バターを塗って、安いハムをはさんだだけのものでしたし、チーズクラッカーだって乾いて反ったようなチーズでした。
私はアルバイトで厨房の内部も見ていましたからわかるのですが、湯煎の物も多かったですから、今のコンビニのサンドイッチやお弁当の方がはるかにおいしいんです。
でも、そういう、大しておいしくなかった食堂車の料理も、まだ日本人の懐具合があまりよろしくなかった何十年も前に食べたものですから、やっぱりそれぞれの皆様の心の中では美化されていて、良い思い出になっているわけで、つまり、つらかったことも楽しい思い出なわけです。
だから、そういう時に、そういう思い出のある人たちに向かって、いすみ鉄道で食堂車を再現しますと言って、当時と同じ味まで再現したらどうなるでしょうか。
いくら当時と同じ味ですよと言ったところで、お料理を召し上がったお客様からは、「こんなはずじゃない。」とか、「昔はもっとおいしかった。」と言われることは目に見えているんです。
それが、それぞれの皆さんの大切な思い出なんですから。
だから、「食堂車」をビジネスモデル化にする場合、一番注意しなければいけないのが、この、皆様の思い出を壊さないようにしなければいけないということで、だから私は、いすみ鉄道の食堂車の中では、イタリアンのフルコースや伊勢海老のお刺身などの高級料理、誰が食べてもおいしい料理を召し上がっていただくようにしているんです。
そして、「いやあ、おいしかった。」と言っていただけることで、そのお客様の大切な食堂車のイメージを壊さないようにしているんです。
これが私のビジネススタイルですが、イタリアンや伊勢海老のお刺身といったお料理は、どちらかというと、かつて食堂車を経験した世代の皆様に向けてのものであって、現役時代の食堂車を経験したことのない若い世代にも食堂車を味わってもらいたいというのも私のビジネスの考え方ですから、そういう皆様方へは「カレー列車」を企画して、初めての食堂車で、安い値段でおいしい思い出を作ってもらいたいとも思っているのです。
さて、いすみ鉄道では5月中旬に昭和の夜行列車を再現して、キハの車内で一晩過ごしていただく商品プランを企画いたしましたが、おかげさまで発売と同時に完売となりました。
今、寝台特急が「あけぼの」が廃止されたように、夜行列車そのものがいよいよ終焉の時を迎えていますが、いすみ鉄道が企画するのは寝台車ではなくて座席の夜行列車。
そう、寝台車なんて高くて乗れなかった時代の夜行列車を再現する企画です。
昭和の時代に私が乗った座席の夜行は、165系の大垣夜行に始まり、中央線の急行「アルプス」、「八甲田」、「鳥海」、「能登」、「十和田」、「津軽」、「桜島」、「だいせん」、「銀河」、「からまつ」、「はやたま」、「宗谷」、「大雪」、そして数多くの名もない普通列車の夜行などなど、数え上げたらきりがないぐらい乗車しましたので、多感な頃の懐かしい想い出なんです。
だから、こういう企画を実施しようと思うのですが、一つだけご注意いただきたいのが、これは座席の夜行列車であって、当時とそのままであるということ。
座席定員制ですから、床に新聞紙を敷いて寝るというようなことはありませんが、決して快適なものではありませんので、皆さま方の思い出を壊すことになるかもしれないということなんです。
それだけは覚悟しておいてくださいね。
この企画は、昔を懐かしんでいただく企画ではなくて、これからつらい体験をして、それを後年に良い思い出にしていただきたいということですから。
だから、私は遠慮させていただきたいと考えております。(笑)
そして、5月31日からは、いよいよ「イタリアンランチクルーズ」と「伊勢海老特急・お刺身列車」がリニューアルオープンです。
今のところ、イタリアンを毎週土曜日に、伊勢海老特急を毎週日曜日に、7月13日まで運転する予定です。
このところテレビの取材に多く来ていただいていて、たぶんゴールデンウィークへ向けた番組でご紹介していただけるんだと思いますが、6月29日までの食堂車は、イタリアン、伊勢海老特急ともに5月10日ごろに一斉発売を予定しております。
インターネットだけの発売となりますので、ご注意ください。
その後の計画ですが、夏休み中は「お刺身列車」ができませんので、家族連れの皆様へ向けて「カレー列車」を企画しておりますし、食堂車運転日には1000円程度でお楽しみいただける「スィーツ列車」や「ワイン列車」なども計画中です。
夜行列車や食堂車で昔の汽車旅をお楽しみいただきながら、将来に向けて「懐かしんでいただけるような思い出を作る。」という楽しい企画です。
詳細については準備でき次第ホームページにて発表させていただきますので、どうぞご期待ください。