マーケットの成熟度を考える

ある雑誌に掲載されていた家庭用品メーカーの社長さんのインタビュー記事に目が留まりました。
「マーケットの成熟度」についての考え方です。
洗剤を作っているそのメーカーの社長さんは、日本と中国、東南アジアの各国で異なる商品展開が必要だと言っていました。
私が子供のころは、洗濯用の洗剤といえば大きな箱に入った粉石けんが主流で、「金・銀・パール」とか、「コップ」など、一抱えもある大きな洗剤の箱を開けると中にいろいろなおまけやプレゼントが入っているというのが商売のやり方でしたが、今の日本では手のひらに乗る程度の小型の箱に入った濃縮された洗剤が主流で、小さなカップでほんの少しで用が足りるような使い方が消費者に定着しています。
ところが、東南アジアでは30年以上前に日本で売られていた大きな箱に入った洗濯用の粉石けんの需要が主流で、日本のような小型の洗剤では店頭に並んだ時に商品としての魅力に欠けるというのです。
つまり、同じ1か月分の洗剤を同じ値段で販売するとしたら、消費者は当然のように大きな箱の方を選択するようで、同じ値段なら大きな方を買うというのは、確かに私たちが子供のころの日本人の購買行動を思い出させます。
ところが中国になると少し事情が変わっていて、大型の箱に入った粉の洗剤から少量で済む濃縮タイプの洗剤に需要が替わってきているようですが、でも濃縮された洗剤であってもある程度大きな箱でないと人気がないというのです。
消費者が「本当にこれだけの量で足りるの?」と不安になるのかどうかはわかりませんが、スーパーマーケットなどの店頭で他社の商品と並んだ場合、商品の持つ性能よりも大きさや見かけを重んじる人がまだまだいることがうかがえます。
ただ、中国では急激な都市化による水不足が悩みの種ですから、少量で済む洗剤はそういう点からアプローチしていけば消費者の購買動機につながります。
私が子供の頃も東京もインフラが貧弱で毎年「節水」キャンペーンをやっていましたので、よくわかります。
このインタビュー記事を読んでいて、私はマーケットの成熟度ということを考えました。
例えば、旅行市場を考えた場合、昭和40年代ですが、海外旅行が自由化されて日本人が外国に旅行できるようになった直後は、旗を持った添乗員の後ろについていく団体旅行が主流でした。
ちょうどそのころ、高速道路や宅地開発などで農地が高い値段で売れるようになり、大金を手にした農家の人たちがこぞって団体で海外旅行に出かけるようになったことから、このような添乗員付きの団体旅行は「農協さん」と呼ばれていましたが、そういう時代が10数年間続いたのち、昭和50年代も半ばになると、今度は「地球の歩き方」に代表される読者参加型のガイドブックがたくさん出版されるようになって、エアオンと呼ばれる団体航空券を個人向けにバラ売りした格安航空券を持って、ガイドブック片手に個人で海外をめぐるような時代になりました。
団体旅行から個人旅行へと変化したわけです。
第1段階の「農協さん」と呼ばれた団体旅行時代と第2段階の「ガイドブック」時代は、団体と個人という違いはあるものの、ガイドブックに載っている有名観光地を順番に訪れるという点では同じ行動形態で、この町へ行ったらここを見て、このお店で食事をして、といった定番のスポットを巡って、ガイドブックに記載されている内容を自分の目で確認していくことが旅行の目的であったわけです。
ところが、平成に入ってくると、少数派ではありますが、ガイドブックに出ていない地域を旅することを目的とする人たちが出始めました。これが第3段階です。
彼らの嗜好は、海外旅行といってもパリやローマなどの定番の観光地ではなく、まだあまり有名になっていない南米の古代遺跡であったり、アフリカや東ヨーロッパなどであったりで、たとえ定番のパリやローマへ行くにしても、それまでの旅行とは異なり、ガイドブックに出ていない裏通りを巡る旅だったり、地元の人と交流を楽しめるスポットを探す旅だったりするわけです。
日本人の海外旅行も約40年かけてこのように変化してきたわけですが、モバイルが発達した今では、海外旅行ばかりでなく、国内旅行に関しても、まだ誰にも発掘されていないような場所やおいしいお店を探すこと、そしてそれを自分なりの方法で伝え、その情報を友人や同じ嗜好を持った人たちとシェアし合うことが旅の楽しみであるという人たちも出始めています。
こうして、人々の嗜好は海外から日本へ、そして日本といっても北海道や沖縄など遠くの観光地へ行くことばかりではなく、ふだん自分が住んでいる街や、隣町のような距離感のところであっても、「知らない場所」や「知らないお店」を捜し歩くことを楽しみとするような、散歩の延長であっても立派な旅であるという認識が、日本人に、特に若い世代の人たちの中で形成されているのが今の時代だといえます。
そして、そんな時代にぴったりとマッチするのが「いすみ鉄道」だと思うのです。
(つづく)