知らん顔するサービス

30代の頃の私は仕事では海外出張ばかりでしたので、個人旅行では国内をじっくり回っていました。
そんな時はあえて高級旅館や高級ホテルに泊まるようにして、自分でお金を払ってサービスを受けるということを実践していました。

自分でお金を払ってと言っても、そういう業界でしたから会社の営業部を通じて連絡を入れると特別価格を用意してくれたりするのでありまして、ちょうどバブルが崩壊した後で皆さん苦心されていましたから、同業者であるという理由さえあれば良いホテルや旅館に破格のお値段で泊まれた時代でした。

最近では国や県が補助を出してくれてふだんは泊まれないような高級なホテルや旅館に泊まれるということがあるようですが、コロナではなくバブルの崩壊という経済の打撃で、当時も今と同じような状況だったのだと思います。

そんなあるとき、社内で職場をまたいで仲の良かった悪ガキ3人で熱海へ行こうということになりまして、せっかく熱海へ行くのなら、一番良いところに泊まってみようと、営業部の一人が高級旅館を手配してくれました。
当時の熱海はバブルの崩壊で火が消えたようになっていて、老舗旅館が中国資本に買い漁られていた時でしたから、超高級旅館と言っても会社の営業を通せば1人5万円ほどで、3人で風呂に入りながらいろいろと悪だくみをしたのであります。

その後、しばらくしてから今度は空港の旅客部門で宿泊会議をしようという話になりました。上司が「どこかいいところはないか?」と営業部門に連絡したところ、その熱海の高級旅館を紹介されまして、ちょっと高いけど行ってみようという話になりました。

そして旅客部門のスタッフ10人ほどで出かけたのであります。

お部屋に通されるとすぐに仲居さんがやってきますね。
「ようこそお越しくださいました。」と言って水屋でお茶の用意をしてお部屋に運んでくれたのですが、その仲居さん、私の顔を見てにっこり笑って、「いつもどうもありがとうございます。」と言ったのです。

実は数か月前に悪ガキ3人で宿泊した時と同じ仲居さんで、同じ会社から予約が入ったからでしょうか。私のことを覚えてくれていたんですね。

ふつうなら皆さんこの仲居さんは素晴らしい方だと思われるでしょう。
数か月前に泊まったお客の顔を覚えていたのですから。

ところがどっこい、仲居さんから
「いつもどうもありがとうございます。」
と言われた私を見て、同行の上司が、
「何だ鳥塚、お前さんはいつもこういうところに泊まってるのか?」
となりまして、私としては、
「いえ、たまたま・・・」
としどろもどろになったのであります。

仲居さんとしても前回も男性グループだったし、今回も男性グループだから特段問題はないだろうと思われたのかもしれませんが、上司にしてみたら前回が男同士だったかなんてわかりませんから、
「こいつ、いったい誰と来てるんだ。」
となるわけでして、しどろもどろになった私を見て、
「さては言えないような相手だな。」
となるわけです。

つまり、高級な場所ほど、たとえおなじみさんであっても知らん顔してほしいお客様というのは居るのであって、サービスの重要なファクターなのであります。

別の時のお話しをもう一つ。

NTTの真藤さんという初代社長、会長さんが私の会社の飛行機をご利用いただいた時の話です。
ご利用いただいたのはもちろんファーストクラスですが、その同じ飛行機の同じファーストクラスにたまたま偶然にうちの会社の人事部長が乗り合わせておりまして、真藤会長が機内に居るのを見掛けたものですから、よせばいいのに声をかけたのです。

「わたくしは弊社の人事部長のTと申します。本日はありがとうございました。真藤様のご活躍は平素より・・・」という具合です。

真藤さんはとても有名な方で、ビジネス雑誌や財界誌に数多く登場していましたから、その人を機内でお見掛けしてうれしくなっちゃったんでしょうね。
もともとこの人事部長は誰かがスカウトして来た外部の人間で当時すでに60を越えていまして、航空会社のしきたりやサービスなど知る由もない。つまりはお馬鹿さん。

ロンドンからの機内で何度も話しかけたのでしょうね。
VIPなので到着の時に私が機側でミートしたのですが、会長さんは降りてくるなり御立腹のご様子で、ツンツンしていまして、ビジネスクラスのお付きの人とどんどん先へ行ってしまいました。
その後、くだんの人事部長がのこのこ降りてきて、私の顔を見るなり「何か悪いことしたのかなあ。」と。

後日、NTTから大変なお叱りを受けました。

つまり、機内では静かにそっとしておいて欲しかったにもかかわらず、お前のところの職員がしつこく話しかけてきたということなのです。

ちょっと考えてみればわかりそうなものだと思うのですが、そういう有名人がなぜ日本航空じゃなく全日空でもなく、うちの会社の飛行機に乗るのかということ。

真藤会長さんのような方でしたら、JALやANAだと機内で必ず知り合いに会ったりするわけで、そういうのが嫌だからわざわざ外国の会社の飛行機に乗るのです。

芸能人も同じです。
ちやほやされたい人ならば日本の会社に乗りますよ。
でも、わざわざ外国の会社の飛行機に乗るということは、その飛行機じゃなければ行かれない場所ならともかく、並行してたくさん便があるにもかかわらず、日本の会社の便に乗らないということは、知らん顔して欲しい。放っておいて欲しい。
そういうサービスを求めているということなのです。

昭和の成金おじさんなら、一つのお店に通っておなじみさんになりたいという人が多くいましたから、ママさんから「あら、ターさん、いつもありがとうございます。」と言って欲しいかもしれませんが、その辺の飲み屋ならともかく、高級なお店ではそういうことは田舎もんなのであります。

そう考えるとトキめき鉄道の雪月花も高級ブランドとしてはまったく同じです。

何度もリピートしてくれる方もいらっしゃいますし、有名人もご利用になります。
中には知らん顔しておいて欲しい人もたくさんいらっしゃいます。

笑顔でご挨拶すればよいってもんでもありません。
ましてや乗降口でミートして名刺交換のご挨拶なんてとんでもないことなのであります。

居酒屋や安旅館ならともかく、ちょっとおめかしして出かけるようなハレの場所はでは、それなりのサービスというものがあって、相手を見て瞬時に判断していくつものツールを使い分けるようなことができなければ、とてもじゃないけどブランドなどとは呼べないのです。

そして、そういうことがわからない人はサービスを企画したり接客する側になってはいけなのです。

雪月花チームの皆さん、おじさんの扱い方、わかってますよね。

そりゃ、当然、わかってますね。

野暮なこと聞いてすみませんでした。

これからもさらに洗練されたサービスを目指しましょう。