観光戦略について その4

国際線の飛行機に乗ると、ファーストクラスやビジネスクラスが前の方についています。
私のブログのお客様の中には、ふだんからファーストクラスやビジネスクラスに乗られている方もいらっしゃると思いますが、たいていの方は後ろの方の座席に座って、カーテンで閉ざされた前方の空間では、いったいどんなサービスが繰り広げられているのか、興味津々なのではないでしょうか。
私が以前に勤務していた航空会社は、決して最高のサービスを提供している会社とは言えないと思います。
日本航空や全日空の方が、ずっと良いサービスをしているのではないかと思うことがしばしありました。
出される機内食の素材一つにしたって、日本の航空会社の方がこだわりを持っていると思いますし、お料理が載っているお皿ひとつとってみたって日本の航空会社の方が、良いものを使っていたりします。
でも、そんなあまりサービスには自信が持てないような会社でも、「いや、おたくの会社は良いですよ。」と言ってごひいきにしていただくお客様がたくさんいらっしゃいました。
どうしてなんでしょうか。
私が30代の頃に経験した、というか、勉強させていただいた、サービスについての「なるほど」をお話しさせていただきたいと思います。
ファーストクラスやビジネスクラスは、座席がゆったりしていて、おいしい機内食とおいしいお酒がサービスされている。
エコノミークラスで前方の気配をうかがっているお客様は、だいたいこのように思われていらっしゃるのではないでしょうか。
でも、出されるお料理といえば、ひとことで申し上げれば、定食屋さんとレストランの違いぐらいです。
エコノミークラスが850円の定食だとすれば、ビジネスクラスは2000円ぐらいのレストランでしょうか。ファーストになったってせいぜい3000~5000円ぐらいなものですよ。なぜなら、人間一人あたりが食べられる食事の量も、飲めるお酒の量も、大して変わりませんからね。
こんなことを私が言ってしまうと、夢が無くなるかもしれませんが、日本の航空会社は、器に凝ったり、見せ方に凝ったりして、演出が上手ですから、とても高級に見えるし、きれいなお姉さんがにっこり笑顔で一人一人お名前でお呼びしてサービスしてくれれば、おじさんたちはそれだけで高級感を味わっているという、ただそれだけのことなんです。
もっとも、出されるお酒は多少ブランドものだったりしますから、そういうところでは「おっ、お金をかけてるな。」と思わせるサービスは日本の航空会社の得意とするところで、本当に上手にその気にさせてくれるのです。
30歳ぐらいの私は「さすがだなあ。」と思っていました。
ところが、そんなサービス合戦が繰り広げられているときに、私の会社は「ファーストクラス、ビジネスクラスでは機内食サービスはやめます。」と宣言したのです。
私は「??????」と思いましたが、すぐに納得しました。
機内食サービスをやめると言ったのはニューヨークーロンドン線。
ニューヨークを夜の10時に出発して、6~7時間飛んで朝の7時にロンドンに到着するビジネス便です。
1日ニューヨークで仕事をしたビジネスマンが最も求めるものはなんでしょうか?
豪華な食事ですか? 高級なお酒ですか?
いや、違います。
彼らが求めるのは1分でも長い睡眠なんです。
朝の7時にロンドンへ到着したらそのまま次の日の仕事が始まるビジネスマンは、機内でたっぷり寝たいんです。
だから、「飛行機が離陸したら、すぐに眠りについて、到着する直前までたっぷりお眠りください。」というのが最高のサービスだということなのです。
つまり何もしないサービス。
「ここには何もないがあります。」のいすみ鉄道の原点がニューヨークーロンドン線のファーストクラス、ビジネスクラスの何もしないサービスなんです。(笑)
お客様は空港へ到着するとラウンジへご案内されます。
そのラウンジで飛行機を待つ間に食事をされて、お酒を飲む人は飲んでもらって、シャワーを浴びる人は浴びてもらいます。
そして、機内に入ったら用意してあるパジャマに着替えて「おやすみなさい。」
ロンドンに到着すると、到着ラウンジというのがあって、そこで朝ご飯を食べたければ食べる。シャワーを浴びたければ浴びてもらい、そのままビジネスの世界へ直行となるのです。
そうして、何もしないサービスの開始と同時に、ビジネスクラスとファーストクラスの座席がベッドになりました。
ジェット旅客機の時代としては世界初の水平フルフラットベッドサービス。
他の航空会社が座席が何度リクライニングするかを競っていた時代に、いきなり水平フルフラットのベッドです。
「座席は何度傾けても所詮座席である。」ということです。
これが今から20年も前に私が勤務していた航空会社が始めた「何もしないサービス」です。
日本の航空会社ができるだけ食材にこだわって、見せ方にこだわって、高級なお酒を出すことが上級クラスのサービスであると信じて疑わなかった時代。エコノミークラスのお客様が、さぞかし最高のサービスが受けられるだろうと羨望のまなざしで見ている前方の上級クラスの中では、何もサービスしていなかったということなのです。
あれから20年以上が経過して、今でこそどの航空会社もベッドになってきているし、ラウンジダイニングと言って、搭乗前に食事を済ませて機内でただひたすら寝るだけのフライトが各地に誕生していますが、当時としては実に画期的で、そういうことを理解する旅慣れたビジネスマンにとって見たら、「おたくの会社は良いよねえ。放っておいてくれるから。」というのがサービスだったのです。
これが30代の頃に私が考え方を180度変えさせられたサービスです。
同じ飛行機の中で、エコノミークラスのお客様は、できるだけ豪華に見えて美味しい機内食を求め、できるだけいろいろなモノをもらったり、行為を受けたりするサービスを求めているにもかかわらず、前方のカーテンの中にいる上級クラスのお客様は、何ももらわず、何も受けないことがサービスだということなのです。
そして、このサービスの差が、団体旅行のお客様と個人旅行のお客様として、田舎の町の観光戦略に使えると私は考えています。
今、全国各地で観光鉄道化が進み、豪華絢爛な観光列車がたくさん走り始めています。
先日も乗せていただきましたが、実にすばらしい。
車体に何億円もかけていて、車内設備も整っていますから、出されるお料理やお飲み物も素晴らしい。
それに比べて、いすみ鉄道はオンボロの昭和のディーゼルカーをそのまま走らせて観光列車などといっているわけで、団体旅行をするようなタイプのお客様から見たら、ある意味開き直っているように見えて、「なんですかのこ車両は。○○鉄道では豪華絢爛な列車が走っていますよ。」というご意見をいただくことになるわけです。
でも、だからと言っていすみ鉄道も何億円もかけて豪華絢爛な観光列車を作ることなどできませんから、自分の持てる資金の中で、身の丈に合った戦略で観光を考えるしかありません。そうなってくると、自分たちのサービスを理解してくれるお客様がどこにいるかを見つけ、そういうお客様にいらしていただくことが、いすみ鉄道が行うべき観光戦略ということになるわけです。
つまり、お金をかけて贅を競ったサービスを求めるお客様は、団体旅行的発想のお客様であり、いすみ鉄道のような昭和のディーゼルカーを、何の手も加えず、そのままの状態で走らせていることに価値を見いだされるお客様は、FIT(外国人個人旅行者)の範疇に入る方だと私は考えていますし、そういうありのままの、何もしないことをサービスであるといういすみ鉄道の私の考え方をご理解いただけるお客様というのは、飛行機で言ったら実はファーストクラス、ビジネスクラスのお客様であると言えるのであります。
つまり、「ここには何もないがあります。」のいすみ鉄道のサービスは、ファーストやビジネスクラスのサービスであり、そのサービスを理解するお客様も、ファースト、ビジネスクラスのお客様ということになるのですが、皆様、ご理解いただけますでしょうか。
これがいすみ鉄道で私が展開する究極の観光戦略なのであります。
(まだまだつづく)