人を見たら○○と思え その3

上りの大原行の急行列車が大多喜を出ると、ピンポンピンポンとオルゴールのチャイムが鳴って、「ただ今から乗車券、急行券を拝見させていただきます。」とアナウンスが流れます。
急行列車の車内検札の始まりです。
前回までの文章をお読みの皆様の中には、「何だ、いすみ鉄道だってお客様を疑っているじゃないか。」と言われる方もいらっしゃると思いますが、いすみ鉄道が車内検札をするのは、実はイベント的色彩が強いのです。
硬券の急行券に鋏を入れるのも、車内補充券を発券するのも、昭和の観光急行列車の演出で、「昔はこうだったなあ。」という懐かしさを味わっていただくという意味合いがとても強いのです。
ところが、JRでは今でも真剣に検札や改札をやっていて、それがあたり前だと思っている。
面白いのが、あたり前だと思っているのは会社だけじゃなくて、お客様も皆さんあたり前だと思っている。
だから、もしかしたら、いすみ鉄道の職員の中にも、そうやって「出札」「改札」「検札」「集札」と、お客様をあからさまに疑ってかかるのが当たり前だと思っている人間がいるんじゃないだろうか。
だとすれば、サービス業のプロフェッショナルとしてのスキルがとても低いんじゃないか、私は最近こんなことを考えるようになりました。
私がそう考えるきっかけになった出来事があります。
1月の終わりごろでしたが、高校生の不正乗車が発覚しました。
10月初旬までの定期券を使用していた高校生を乗務員が捕まえたのです。
それが私のところへ報告として挙がってきました。
確かに10月初旬で期限が切れている定期券ですが、その報告書には、10月初旬に定期が切れてから1月下旬に摘発された日付まで不正乗車した期間の運賃、増運賃がご丁寧に計算されていて、20万円以上の反則金の金額が書かれていました。
「社長、これだけ増収になりますよ。」と言わんばかりの報告書です。
私は、不正使用された定期券を確かめました。
15歳の女子高生で、発効日が4月上旬の6か月定期です。
そして、ふと気づきました。
15歳ということは、この定期券は、この女子高生が高校に入学して初めて購入した6か月定期です。
人生で初めて定期券という物を使い始めた、その初めての定期券なのです。
いすみ鉄道沿線では、JRも含めて通勤に鉄道を使っている人はほとんどいません。
つまり、親の世代でも、定期券の使い方が良くわからない人がほとんどですから、娘が生まれて初めて定期を買っても、使い方や、どういうことをしたら不正乗車になるかなどということは教えてあげることができない環境にあります。
だから、これには何か理由があるはずだと思いました。
ずいぶん昔のことですが、私自身が高校生になった時、人生で初めて定期券を持った喜びを思い出して、「はたしてそういう子が不正乗車するだろうか?」と考えたのです。
そこで私は、この不正乗車に使われた定期券が切れる10月初旬の定期券発行記録を職員に調べるように命じました。するとその記録から、この女子高生は、きちんと6か月定期を更新して購入していることがわかったのです。
その時点でご両親に連絡を入れてお話をお聞きしたところ、実は定期券を入れたまま制服を洗濯してしまった。どうしていいかわからなかったので、手元にあった古い定期券で学校へ行ったら、その日に捕まってしまった。というのが本当の事情でした。
ご両親はいすみ鉄道に謝罪に来て、驚いたことに罰金として科されるはずの20数万円を持参してきていたんです。
「いすみ鉄道さんが大変頑張っているというのに、娘が迷惑をかけてしまって申し訳ない。」というのがお父さんの口から出た言葉でした。
私は、もちろんそんなお金を受け取ることはできませんから、洗濯してしまった定期券の再発行を指示して、その分の手数料だけいただいてそれでおしまいにしましたが、職員の中には、「不正乗車は不正乗車だ。どうして課金しない。」と、不満を言う人間もいたんです。
でも、不正乗車に使用された定期券を見て、本人から話を聞いて、定期券発行記録をチェックするなどということは、そんなに難しいことではありません。なのに、社長である私に言われるまではこういうことは一切調べもせずに、頭から不正乗車扱いをして、捕り物帳のように「捕まえたぞ!」と社内がなっていることに、私はサービスを提供する会社の社員としての自分の部下を見て恐ろしくなったんです。
私たちは警察官ではありません。だから犯人を捜すような目でお客様を見ることなど良いはずはありません。警察官だって本人の言い分はきちんと話を聞くはずですが、いすみ鉄道の職員はお客様のお話を聞いてもいないし、おそらくその不正使用した高校生から見たら、すごい剣幕の運転士がおっかなくて、とてもじゃないけど理由を話せる状況ではなかったのではないでしょうか。
私は、そういう考えを持っていると、必ず普段の立ち居振る舞いに出てしまうことを知ってますので、サービスというのは人間の根本から性根に叩き込まないと改善されないと思います。
ところが、驚いたことに、職員の中には高校生には教育的見地から指導をしなければならない、などというようなことを考えている人もいるのですが、そういう職員に限って、サービスがなっていない。自己満足のサービスしかしていないんですね。
期限切れの定期券を使ったら1日目でバレてしまったということは、それだけいすみ鉄道の乗務員がしっかり見ているということですが、だからと言って、いすみ鉄道の職員は警察官ではありませんし、学校の先生でもありません。
社会人の先輩として、列車の中ではマナーを守りましょう的なことは、自分自身の立ち居振る舞いで示すべきことであって、「高校生に対しては教育的見地から指導をしなければならない。」などと考えるようでは、接客サービスの基本ができていないということなのです。
まして、いすみ鉄道沿線の大多喜高校、大原高校の生徒さんたちは、全国のローカル線を見て回っている私の目で見ると、とても公共心が強く、列車の中のマナーも、鉄道会社の職員が目くじらを立てるほど悪さをする子供たちは見かけません。だから、乗務員が各自の判断で教育的見地で高校生を指導するなどということは、それによる一般のお客様や観光鉄道のお客様への悪影響の方が大きいわけなんですが、残念ながら、これがいすみ鉄道のサービスの現状なのです。
以前にも申し上げましたが、いすみ鉄道の乗務員は、訓練費用を自己負担して入社した人たちが多く、ローカル線に対する愛情や情熱、地域鉄道の役割について、自分なりのしっかりとした考えを持っている人たちが多くいます。それぞれにいろいろな社会人経験を積みながら、40歳、50歳になっていすみ鉄道に入社して、自分の今までの経験を活かそうと情熱を持って働いています。
私は、そういう人たちが集まる組織というのは、いちいち細かな指示をしなくても、自分たちの常識の範囲内で、社会人としての行動規範が保たれているだろうと考えていました。
ところが、このところ続いている接客サービスに対するクレームや、各種ご意見などを総合すると、どうやらそうでもない。いや、逆に、サービスの原点に立って考えてみると、まったく出鱈目で、なっていないのではないかという疑問を抱くようになったのです。
簡単に言うと、ローカル線に対して夢や希望を抱いて、いすみ鉄道を何とかしたい、地域輸送に貢献したいと考えていすみ鉄道に入社してきた職員は、自分なりに「ローカル線はこうあるべきだ。」という考えや価値観を持っている人が多く、それがお客様へのサービスの障害になっているということです。
昭和40年代から、日本のローカル線は徐々に衰退していきました。そういう状況を目の当たりに見てきたのが、今の40代から50代、60代の人たちです。
そういう人たちはどちらかというと今まで都市部で生活していて、「ローカル線は良いなあ。」と考えています。いすみ鉄道にいらしていただいているお客様は、そういうローカル線ファンの方々がとても多いのですが、働いている職員も最近はローカル線に対して一家言持っている人たちが多くなってきたのです。
だから、自分たちの価値観でお客様に対応しようとするわけて、そういう職員は、一生懸命になればなるほど、お客様からは煙たがられる。つまり、サービスの基本からどんどん離れていくことになるのだと思います。
そういう人は、たとえ40歳、50歳でも、お客様に対する教育や、社会人としての教育を一からやり直す必要があるというのが、今、私が気にかけていることなんです。
なぜならば、サービスというのは、自分の価値判断でするものではなくて、お客様の価値判断に合わせるものだからです。
無人駅に到着した時に、後ろのドアから降りたお客様がいらっしゃいました。
運転士がサッとホームに降りて、「お客さん、何で後ろから降りるんですか。前から降りなければダメでしょう。」などという光景もよく見られるのが今のいすみ鉄道です。
こういう時は、運転士はホームに降りて、後ろから降りたお客様から、「ありがとうございました。」と言って切符を受け取ればよいだけなんです。
ワンマン列車だから後ろ乗り前降りだとか、無人駅だから切符は運賃箱へとかいうことは、いすみ鉄道ではルールとされていますが、そんなことはお客様には関係ないことで、鉄道会社が人員削減や合理化を進めるために勝手にそういうルールを決めてお客様にご協力いただいているわけですが、そういうこともわからなくなっているんですね。
もう一度話を戻しますが、私は航空業界に長い間勤務してきました。
航空業界では、常に、全職員がお客様に対して目を光らせています。
つまり、お客様を疑っているわけですが、みんなニコニコして、そのようなそぶりは一切見せません。私はコレがプロフェッショナルだと考えています。だから、たとえ大きな鉄道会社がやっているからと言って、ご丁寧に質の悪い接客サービスをきちんとトレースする必要などないわけで、今、いすみ鉄道ではそこのところの意識改革が必要な状況にあると認識しているわけです。
でも、裏を返せばこれは会社としてはとてもありがたいことで、なぜなら、そういうクレームを受けるような職員というのは、みな自分なりにローカル線というのもはこうあるべきだという意識を持っている人たちだからで、これがいすみ鉄道の特徴でもあるわけです。
ふつうだったら、やる気がない職員や、勤務態度が悪い職員がクレームの対象になるべきところですが、いすみ鉄道では、鉄道に対して一家言持っていて、良かれと思って一生懸命やっている人たちがクレームの対象になっている。
だとすれば、方向性は一つに向かっているわけですから、私は、この会社はまだまだ行けると考えているわけです。
ということで、いすみ鉄道では5月を「サービス改善月間」を設定し、昨日からお客様へのアンケートを開始しました。
列車の中で、アテンダントがお客様へいろいろなアンケート調査をさせていただきます。また、駅売店等にもアンケート用紙を設置して、お客様の声を集めさせていただこうと考えております。
世の中には色々な考え方の人がいます。
私はすべてのお客様にご満足いただけるサービスというのはありえないと考えています。
ましていすみ鉄道のようなお金がない会社は、スイカやパスモ等のカードも導入できませんし、列車本数も少なくて不便です。だから、いくらそういう点を指摘されてもご要望にお応えすることはできません。
でも、サービスというのは、自分がこれで良いというものではなくて、お客様が何を望んでいて、それにどのようにお応えするかということですから、やっぱりこの辺りで一度見直しをして、職員全員に徹底させる必要があると考えているのであります。
アンケートにつきましては、皆様方のご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。
(おわり)