双単線のすすめ。

青函トンネルの中で新幹線が速度を落とさなければならない。その理由は貨物列車とすれ違った時に高速で走る新幹線の風圧で貨物列車が影響を受けて、下手をすれば脱線しかねないからだ、ということのようです。
青函トンネルなんて50年前に計画され、当初から新幹線を走らせる規格であり、在来線用として開業してからすでに30年近くが経過した今になって、何のお話をしてるんですか? というのが私の率直な感想です。
国のリーダーたちは、そういう恥の部分をさらけ出すことなく、粛々と50年近く前の計画に沿って「新幹線を建設する」という行為を続けてきて、今になってこういうことが問題になるのですから、私が総理大臣なら、こういう鉄道業界にかかわってきた人たちを刷新して、まったく新しい人たちに入れ替えないと、彼らには鉄道というものを正しい道へと導くことはできないということが今や明白で、なぜなら、そういうお役人さんたちが過去30年40年にわたってこの国の鉄道システムをダメにしてきているという紛れもない事実があるからで、だから新幹線が今になってそんなことを言っているわけです。
この国は、新幹線の技術では世界一で、国を挙げて新幹線を世界に売り込んでいますが、それを走らせるという点では技術が付いてきていないということになります。つまり、性能がいくら良くても、満足に走らせることができないというのが、最新の新幹線で見えてしまったということになります。
電気機器のメーカーがいくら高性能の液晶技術を誇ったとしても、わずか数年で屋台骨が傾いて外国の会社に買収されてしまうのも現実です。いくら「モノづくりの日本」と言ってみたところで、技術革新にばかり目を奪われて、販売する方法や、その技術を生かす方法、つまり出口戦略という点で実に心細いわけで、なぜなら、今どき大画面テレビを家の居間に置いたり、音響専用ルームを設置してご満悦の人たちはお爺さんばかりで、若い人たちはスマホやタブレットで十分という時代になっているのですが、その辺のところについてきていないのが、つまりは職人さんたちなのだと思います。
さて、その青函トンネルの中で、新幹線を高速で走らせるための方法の一つとして、単線並列という方法が言われています。日本ではほとんど複線といって、上り線と下り線を分けて運用していますが、これだとどちらか一方の線路が支障した時に、上下線とも列車の走行ができなくなってしまいます。それを防ぐためには双単線という方法があって、同じ区間の同じ路線でありながら、右の線路も左の線路も両方向に列車が走れるという実に優れた方式です。
ところが、日本では、この双単線と呼ばれる方式は特殊な区間を除いてほとんど設置されていません。
その理由は、昭和の国鉄時代に、それまでの単線から複線にするときの意思決定要因が、輸送量の増大による列車本数の増発が主たる理由だったことにあります。単線だとすれ違い設備の数で列車本数が限られてしまいますが、複線にすることによって、対向列車を待たずとも列車を続行運転することができる。つまり、頻繁に列車を走らせるための工事が複線化であったために、わざわざ建設費を余分にかけてまで双単線にすることは求められなかったという経緯があります。
これが、国鉄時代から続く日本の鉄道のリスクマネジメントのレベルだと私は考えています。
ところが、かつての日本時代に日本が鉄道を建設したお隣の国台湾では、日本人がいなくなった後、鉄道を電化複線化する際に日本のような複線ではなくて、双単線と呼ばれる方式を導入しました。
この方法であれば、どちらか一方の線路が使えなくなった場合でも、もう1本の線路を使って最低限の輸送は確保できるということになります。
日本の総武緩行線で例えるとすると、錦糸町で何らかの輸送障害が発生して西行電車が止まってしまいました。復旧まで数時間かかると思われます。という時に、今ならすぐに上下線で運転がストップしてしまいます。西行きが止まっているのですから、東行だって止めないと終端駅で電車が詰まってしまいますし、復旧の時に電車がいない状態になってしまいます。でも、もし双単線方式であれば、亀戸と両国にわたり線を一本用意してあれば、亀戸両国間で東行の線路で単線運転を行うことで、列車本数は限られますが、最低限の運転は確保できるわけで、大都市の輸送事業者としては、そのぐらいの使命は当然あるだろうと私は考えます。
ではなぜ台湾で、複線化にあたり、複線ではなく、このような余計に建設費用が掛かる双単線を建設したかと言えば、それはお国の情勢であります。台湾では10数年前まで鉄道は軍事施設として大きな役割を担っていました。いざ有事となった時に、きちんと役割を果たすことが求められたからです。
私自身も経験していますが、昔は台湾の駅のホームでカメラを構えていると、駅員が怖い顔をして吹っ飛んできて、「誰の許可で写真を撮っているんだ。」と怒られました。私より先輩の方々の中には、警察に連れて行かれて、カメラからフィルムを抜かれた経験をされていらっしゃる方もたくさんいらっしゃいますが、そういうお国の事情があれば、緊張感も違いますし、リスクアセスメントに対する考え方も大きく違います。そして、緊張感が不要になった現在では、その設備が大変役に立っているということなのです。

▲台湾国鉄西部縦貫線。台湾の大動脈です。
列車の走行は日本と同じ左側通行ですが・・・・

▲区間によっては反対側ですれ違ったりすることがよくあります。
また、同一方向へ進む速い列車が、遅い列車を駅間で走行中に追い越していくこともよく見かけます。

▲どちらの線路も両方へ向かって走ることができますから、信号機も速度標識も両方についています。

▲ここはセクションです。セクションの標識も両方同じものが付いています。
これが台湾の一見複線、実は双単線という幹線ルートです。
実に合理的で、線路を有効活用できるインフラ設備としては優れものです。
そう考えると、日本人より台湾人の方が、鉄道の運用という点においては一日の長があると私は考えています。
日本人にとって台湾から学ばなければならないことはたくさんあるということなのです。
だから、私は台湾国鉄の皆様方にお願いして、集集線というローカル線といすみ鉄道が姉妹鉄道締結することで、地域交流はもちろんですが、台湾人の考え方を日本のローカルに取り入れたいと考えたわけです。
私がなぜこの双単線に気付いたか。
ある時、もう10年以上前ですが、西部幹線の特急列車「自強号」に乗って台北から高雄に向かっていた時、途中の駅間で列車が停止してしまいました。どうやら踏切で障害が発生した模様です。高雄で約束がありましたので「困ったなあ。」と思っていたところ、突然列車がバックを始めました。
日本の複線区間ではバックするなんて考えられませんが、列車は徐々に加速してふつうの速度でバックして、一つ手前の駅まで戻りました。そして、今度は再び前進を始めました。さっきと同じ方向ですが、走っている線路が反対側の線路です。列車は踏切障害現場を通過し、次の駅で元の線路に戻って、そのまま何事もなかったかのように10数分遅れただけで高雄に着いたのです。
この体験はなかなか衝撃的でしたが、双単線の有効性を身を持って体験して、初めて、「なるほど、こういうことか。」と思ったわけです。
断面の狭いトンネルの中で、時速300キロの新幹線と時速100キロの貨物列車がすれ違えば速度差400キロですが、時速100キロの貨物を新幹線が時速300キロで追い越せば速度差は200キロ。時速100キロ同士の貨物列車がすれ違うのと同じになりますから何の問題もないでしょう。
新幹線で貨物輸送をするという話もあるのは知っていますが、貨物輸送の最大のネックとなる積み替え、乗せ換えが必要になれば意味がありません。在来線の貨物列車が、ジャンボの貨物機のように大きく口を開けた新幹線の胴体の中に直接入り込んでいくような方式でもない限りは、途中区間だけの新幹線貨物は現実的ではありません。
再度申し上げますが、問題なのは30年近く前に開通して、当初から新幹線を通過させる方式で計画されていた青函トンネルが、なぜ今になって高速走行できないなどという話が出てきているのか。3線軌条方式では片方の線路の摩耗が激しいなどという話をなぜ今始めるのか。そういうところに国民はもっと厳しい目を向けるべきだと私は思います。
お偉いさんたちが30年以上先送りにしてきた結果が、今になってこうなっているということですから、彼らには緊張感が足りないわけで、そういう点でも台湾の人たちから学ぶべき点はたくさんあると、私は考えております。
もっとも、政党の名前を無断で付けるのは、いささかいただけませんがね。
さあ、明日から新年度。
皆さん、目をしっかり見開いて、世の中がどのように動いていくのか、よく見ていくことにしましょう。
今、地域も含めて、日本がこのようになっているということは、今までやってきたことの延長線上にあるということですから、良くないのであれば現象ではなくて根本から変えるべきところは変えなければならないのですよ。
今年度、私からの最後のメッセージは以上でございます。