リニア新幹線?

昨今話題のリニア新幹線。
世の中、オリンピックとリニア新幹線でもちきりだけど、実は私は冷めています。
国民の夢と希望の星であるオリンピックはともかく、だいたい、リニアって鉄道百年(1972年)の時から実験走行しているのに、未だに営業で走っていない。
それが証拠に、交友社の月刊誌「鉄道ファン」の鉄道百年の時の号に、リニアの写真がでかでかと出ているのを当時小学校6年生だった私ははっきりと覚えています。
40年もやっていて未だに解決していないのは日本におけるローカル線問題とリニアぐらいなもので、外国ではすでに実用化したり、またはやめちゃったり。
そういう意味では何らかの結論が出ている交通システムですから、いまさらリニア? もう、そういう時代じゃないでしょう、と言いたくなります。
確かに技術はスゴイ。
スーッと来て、ビューンって音もなく行っちゃうから、長島さんならどう表現するだろう。
目的地へ着くのは速い。
でも、名古屋まで今「のぞみ」で1時間半で行くのと「リニア」で40分で行くのとに、そんなに大きな違いは見られないと思う。
もう、そういう時代じゃないんじゃないでしょうか。
こういうプロジェクトというのは、本来ならば総合的な輸送体系を考えて、その一つとして位置付けて、国家が考えるべきことだと思うのですか、今回はそうじゃなくて、名古屋の会社が自社のプロダクツとしてのプロジェクトなわけで、議論を見ていても、どのコースを通してどこに駅を作るかなどということは、地域の意見とか全く関係ないようで、住民の地上権が及ばない地下深くに通すのだから、どこを通そうが勝手だし、途中に駅を作ったら、所要時間が長くなるから余計な駅を作りたくないというような、一応話は聞いているけど、地域を完全に無視しているのが明らかですが、たぶんこの会社の企業理念なんでしょうね。
で、名古屋の会社がどうして「リニア」にこだわっているのかと考えて見ましたが、たぶんというか明らかに、来年50周年を迎える東海道新幹線の代替輸送ルート。
対外的には東海道新幹線の老朽化による長期修繕の可能性と言っていますが、本当は営業的なところでしょう。
何しろ、売り上げの90%を一つの商品に頼っている企業というのは、その企業自体の構造的危険がはらんでいるわけで、30年以内に必ず来ると言われている大地震が本当に発生したら、新幹線に売り上げの9割を依存している会社は、その存在自体を問われることになるのは明らかだからで、2011年以降、リニアの話が急速に現実化してきたのもこのためです。
新幹線を走らせている会社は他にもあるけれど、東京や大阪などの都市圏や、他の路線の輸送にも収入の大きな割合がありますが、名古屋は都市圏の輸送がそれほど大きくなく、名古屋駅には今でも2両編成の列車が発着しているぐらいだから、会社の収入のほとんどを新幹線が稼ぎ出している、つまり、新幹線が止まったら会社が潰れるわけです。
だから、東海沖での地震や津波の影響を受けない山側の地下にリニアを通すわけで、東京―名古屋が最優先なのです。そう考えるととても合理的な気がしますが、では、本当に大地震が来たらどうなるのでしょうか、と考えた場合、地震直後のレスキューから長期の復興まで、人の往来よりも物資の往来の方に重点が置かれることは、この間の大震災で燃料や物資を積んだ貨物列車がどれだけ活躍したかを見れば誰にでもわかることですが、リニアに貨物が走れるようにという話は全く出てこないわけです。
だから、新幹線の代替輸送機関という話は、自分たちの収入確保の危険分散経路であって、天下国家を論じているとは到底思えない。
災害時は人流より物流なのですから。
第一、名古屋に40分で行く必要があるのかどうか。
若い人たちの目で見たらすでに日本はそういう時代じゃないことは明白なのですが、リニア、リニアと騒いでいるのは経済界のおじいさんたち。つまり、「少しでも速く」の高度経済成長を覚えている世代の人たちですから、「海水浴客があふれていた時代は良かったなあ。」と廃れちまった海岸線で海を見てつぶやくだけで、自分では何もしないくせに、40~50のおじさん達を捕まえては、二言目には「お前たちはまだ早い。」と言っている世代を目の当たりにしている私としては、「違うでしょう。」と思うわけで、まして、それが名古屋の会社の独断ですべてが決まり、「あれは名古屋の会社がやることだから。」と国会も国でも放置している感があるのを見るにつけ、将来に対する漠然とした不安が首をもたげるわけです。
そう考えると、このリニアは、地上をどうやって速く輸送するかが最大命題の名古屋の鉄道会社が考えることで、決して国の輸送をトータルで考えているわけではなくて、その会社は航空輸送や貨物や物流などは自分には関係ない、とはっきり言っているのがわかります。
1990年代前半から振り子式スーパー特急列車を走らせて、「より速く、とにかく速く」を追求してきた札幌の会社が、20年経って「もうそういう時代じゃない。」という結論に達したようですが、このことひとつ見ても、名古屋の会社より札幌の会社の方が絶対に精神年齢が高い。精神レベル的に見て一つ上を行っていることがわかるのです。
ただ、会社が大きく方針を変えるようなことをすると、いろいろな所にしわ寄せというか、今までのウミのようなものが出てきますが、札幌の会社は、まさしく今そういう状況にあるのです。
では、なぜ、私が偉そうにこんなことを言うかといえば、私は世界一速い飛行機を飛ばしていた会社に長年勤めていて、「もうそんな時代じゃない。」とその世界一速い飛行機をお仕舞いにした過程を自分自身で経験してきたからです。
会社の看板をお仕舞いにするということは、それまでの企業文化を塗り替えるぐらい革命的な、ある種の精神的解脱を必要とするぐらい大変なことだからで、精神文化のリーダーになるぐらいの覚悟が必要なわけですが、今回のリニアは精神文化のリーダーではなくて、完全に物質文明のリーダーであり、お金と技術があるのがすごいことだという発表でしかないわけですから、若い人じゃなくても、「もう、そんな時代じゃないでしょう。」と考えるのです。
まして、リニアの完成形である東京―大阪開業まで今から30年以上かかるわけだし、原発の廃炉も30年以上と聞くと、平成の大人たちは一体何を考えていたんだろうかと、30年、50年後に笑われるだろうなあ、と思うのは私だけじゃないんじゃないでしょうか。
何しろ、30年とか40年という期間は、新入社員が退職するまでの期間に相当しますから、そういうプロジェクトは民間会社レベルで考えるべきことじゃないんですがね。
ところで、輸送機関としてのリニアなら上海で何度か乗りましたが、渋滞の高速道路で1時間も2時間もかかる区間を7~8分で行くという点では効果があるかもしれません。でも、名古屋まで40分で行かれるということは、東京の人間としては、はっきり言って「どうなのよ」なのですが、名古屋の会社から見たら東京まで40分は何としてでも達成したい価値あること。
自分で自分のことを「セントラル」言ったとしても、これは地方から見た感覚なんですね。
リニアが開業すれば、東海道新幹線がのんびりとした旅が楽しめるレジャー的乗り物になる。だから、その時は東海道新幹線に食堂車を復活することができるかもしれない。
そんなことを誰かが言っているようだけど、今の東海道新幹線だってやる気になれば食堂車ぐらいすぐできるわけだから、論点がずれてるんだよなあ。
無機質な新幹線の中で冷たい弁当を食わせるのが輸送の使命だと考えている文化レベルでは、航空会社どころか、同じ新幹線を運営する他の3つの会社にも追いつけない。
速度の話じゃありませんがね。
まあ、これは、名古屋の会社の考え方がそうであって、名古屋の人がそうだとは言いませんのでお間違いの無いように。
名古屋はおいしいものが一杯あるとても楽しいところですから。
名鉄も大好きだし。
ただ、リニアについて、どうして皆が「賛成」してるのか、私にはよくわからないだけなんです。