Win-Win な関係

最近、いろいろなところで、Win―Winな関係という言葉をよく聞きます。
ビジネスをするにあたって、売り手も買い手も、お互いが利益になるような商取引のことをこう呼んでいるようです。
モノを売る場合、売り手側に利益があるのはもちろんですが、買い手側、つまりお金を払う側にも利益があるようなビジネスをすることが、Win―Winな関係で、一方的に商品を買わせて、自分だけが儲かるようなことではダメですよ。ということを言うのだと思います。
この言葉は、元々はアメリカ人が「ディベート」、つまり、交渉に臨む時の基本的な考え方からきているようで、自分の意見を主張して正当化するだけで、相手を論破してコテンパンにやっつけるのは正しいやり方ではないよ、というアメリカ人の考えをあらわしています。
では、このWin―Winという言葉を、日本ではいったい誰がよく使っているかというと、私が知るところでは、学者先生やビジネスに関する事象の評論家、マスコミの人たちが頻繁に使っているように思います。
私のところにも大学の先生のような偉い立場の方々がよく訪ねてきて、「社長のやり方はWin-Winな関係で良いですね。」などとお褒めをいただくことがありますが、そういう時、私は言葉にはしませんが、「この人は商売というものを理解してないなあ。」と思うのです。
今、というか、バブルが崩壊してからの20数年間、日本はずっと自信が持てない状態になりました。その間、アメリカ型経営というものが日本に入ってきて、一見定着したかのように見えているのが今の日本の状況だと思います。
この間に急成長したような会社は、アメリカ型経営を取り入れて、それを実践することで、業績を伸ばしてきましたが、そういう会社で肩で風を切ってビジネスの舵取りをしている人たちも、よく、「Win-Winな関係」という言葉を口にしていますが、私は本当は違うと思うんです。
私がいすみ鉄道で実践している商売の基本ポリシーは2つ。
1つは「忘己利他」
もう1つは「三方よし」
「忘己利他」は自分よりも相手を第一に考えるということ。
私たちが幼稚園、小学校の頃から親や先生に教えられてきた基本的なことです。
だけど、大人になると、どうしても利己主義になってしまう。
社会の競争の中で自分も会社も生きているわけだから、相手のことなど考えている時間はない。
こういう人や会社がほとんどなんじゃないでしょうか。
私もともすればそうなりがちですから、あえてポリシーとして常に反芻しているのです。
「三方よし」というのは、「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」ということ。
これは近江商人の人たちが古くから大切に守ってきた教えですが、私はこの考えはWin-Winな関係よりも優れていると思います。
Win-Winというのはアメリカ人が考え出した言葉ですが、このやり方だと商取引において当事者間だけが利益を得る形になる。
でも、日本古来の「三方よし」は商取引をすることによって社会貢献にもつながるということ。これが「世間よし」ということです。
だから同じことをやるにしても、より広い見識を持って判断しているから、優れているんじゃないかということです。
昨今では企業の社会的責任ということが言われています。
まず取引当事者間で利益を出して、税金を払うことによって社会に貢献するという考え方も企業の一つの在り方だとは思います。
でも、それは結果であって、過程が論じられていない。
企業というのは社会活動ですから、日々の活動でも社会に貢献していくのが本当の姿なんじゃないかと思うわけです。
いすみ鉄道に就任した当初から、私は
「写真撮りに来るだけでも良いですから、いすみ鉄道にいらしてください。」
と申し上げていますが、最初、多くの人たちは、
「それではいすみ鉄道の売り上げにならないじゃないですか。」
と疑問に思われたことと思います。
確かに直接的な売り上げ増には結びつかないかもしれないけれど、でも、一人でも多くの人が「いすみ鉄道に行ってみよう。」と思ってくれることは、地域にとってプラスになるはずだし、回りまわって最後にはいすみ鉄道にとってもプラスになると私は考えています。
ムーミン列車が朝から晩まで走っているんです。
キハ52とキハ28が土日に房総の里山の風景の中を走っているんですよ。
「今ごろ、元気に走っているかなあ。」
「平成の世で、こんなシーンが見られるなんてなんてすごいことだろう。」
「今度の休みにはいすみ鉄道に行こう。だから頑張って明日も仕事しよう。」
このように考えてくれる人がいるということは、その段階では直接お金が入ってこなくても、いすみ鉄道が社会のお役にたっているということなんじゃないでしょうか。
そして、いすみ鉄道が走る沿線地域のお役にも立っていると思うのです。
あとは、売り上げが上がってくることをじっと待つだけ。
いつまで待てばよいかわからないけれど、自分が信じた道だから、じっと待つしかないんだと思います。
あとは、会社ですからキャッシュが底をつけば終わりというだけです。
これが会社の体力ということで、いくら「世間のために」と思っていても、体力が尽きてしまえば、終わりということです。
「三方よし」ですから、お客様が喜んで、地域が喜んで、そして一番最後に自分が喜ぶ。
この一番最後の自分が喜ぶところまできちんとやって、初めて「三方よし」になるんですね。
そこまでやって初めて完成形なわけですから、現時点ではいすみ鉄道という会社も、うちの職員も、私自身についても未完成なわけです。
明日、いすみ鉄道では取締役会が行われます。
平成24年度の決算が議題です。
正直申し上げて存続が決定してから3年になる今、地域の熱はかなり下がってきています。
あれほどまでに熱心だった地元の存続運動は下火になっています。
いすみ鉄道は、自分たちが応援しなくてももう大丈夫だと思っているのかもしれませんが、かつてのローカル線が全部そうだったように、気を抜いた瞬間に業績が悪化して廃止の道に転落していくのです。
そういう状態が今後もずっと続いていくわけですが、会社としても今の商売で、売り上げの伸びもそろそろ限界に来ています。
次の手段に打って出なければならないというのが、間もなく5年目に入る私が感じる実感なのであります。
そして私自身も現状のやり方でいつまでいすみ鉄道に関わっていられるか。
そういうことが問われるのが明日の取締役会という会議なのです。