自分にできることとお客様が望むこと その2

観光というのは町おこしや地域再生のために有効なツールであります。
でも、ツールというからには使い方を理解しなければなりません。
観光というツールには独特の癖があって、その癖や特性を理解して使わないと、観光で成功することはできません。
私の友人で、首都大学東京の矢ケ崎紀子先生の言葉ですが、なかなかこのことを理解して観光に取り組んでいる地域は少ないのです、という話をしました。
その理由は、「自分たちができること、やりたいこと。」と「お客様が求める物、望まれること。」の両方を満たすことを探しているのではなく、あくまでも自分にはこれができる。自分たちにはこれがあるといった、サービスを提供する側の事情ばかりが先に立っているからで、そういう事情で開発した観光という商品では、お客様にご購入いただくことできませんよ、ということなんです。
そこで、この観光というツールの癖をもう一つご紹介します。
それはじっと我慢しなければならないということなんです。
房総半島にいらっしゃるお客様が求めるものは、イノシシでもなければ豚肉でもなく、ましてや冷凍の業務用コロッケでもないという話はしましたが、では何かというと新鮮な魚介類であって、それもふだん都会にいては食べられないような高級な伊勢海老やアワビ、サザエなどを食べたいというのがお客様の心理です。
観光というのは非日常の体験ですから、ふだんできないことをするわけで、少し高くてもおいしいものを食べたい。それも、日帰りですから、お昼ご飯にそういうものを食べたいわけです。
これが、宿泊を伴う観光地でしたら、旅館での夕ご飯にそういう高級品を望みますから、お昼ご飯には蕎麦であったりラーメンであったり、またはコロッケやパンなどの軽食でも良いのですが、日帰り観光地ではお昼ご飯がメインになりますから、他の観光地の事例を参考にするとしても、そのままではダメなんですね。
で、房総半島の伊勢海老、アワビ、サザエになるんですが、実は、この伊勢海老、アワビ、サザエは私が子供のころからやっている観光のツール。
旅館でも出るし、お土産品として生きたまま持って帰るのも、私が子供のころからやっているわけです。
そう、50年も前からです。
だから、地元の人たちには、伊勢海老、アワビ、サザエに高いお金を払って喜ぶ観光客の気持ちが理解できなくなっている。自分たちには当たり前すぎて、「何でこんなもので喜ぶのだろうか。」と思ってしまうわけです。
その傾向は、地域を牛耳っている長老たちにではなくて、実は特に若い人たちに多いんです。
50年以上前からの定番商品に対して、自分たちの世代は何か新しいものを提供しなければならない。そのためには、今までのやり方ではなくて、創意工夫が必要だ。
若い人たち、といっても30代、40代ですが、新しい何かを提供することに熱心になるんですね。
そして、いろいろな商品を出そうとするのですが、じつは、これがなかなかうまくいかないんです。
どうしてかというと、お客様の心理を考えていないから。
お客様が何を求めているか、ということが抜け落ちているんです。
そしてそれが、商品の品ぞろえだけでなく、時間的経過という点でも抜け落ちている。
どういうことかというと、自分たちの商品が定着するまでにかかる時間を我慢できなくなっちゃうんですね。
いすみ鉄道では、ムーミン列車をやっています。
もう5年目に入りました。
一つの企画を5年もやっていると、サービスを提供する側にしてみたら、「もう5年も経ったんだから、そろそろ次の手を打たないといけない。」と考えるようになります。
今の世の中、サイクルが短いですから、リニューアルが必要だ、テコ入れが必要だとなる。
ところが、お客様からしてみたら、「いすみ鉄道のムーミン列車」というのをテレビでは何度も見ていて、「一度乗ってみたい。」と思っているけど、実際にはまだ乗りに来ていない。
「来年の菜の花のシーズンには行きたいなあ。」と漠然と思っている人が多くいる。
また、実際にムーミン列車に乗りに来てくれた人でも、今度、もう一度乗りたいと思っている人もたくさんいるわけです。
でも、ムーミン列車をやっているこちら側としては、そういう気持ちが理解できませんから、「5年も経ったんだからそろそろ次の手を」、と考える。
そして、例えばムーミン列車をやめて、次のキャラクターに変えましょうなどということをやってしまうわけです。
本当だったら、せっかく定着したいすみ鉄道のムーミン列車に、来年こそは乗りに行こうという人たちの需要があるのに、こちら側が我慢できなくなってしまって、お客様をがっかりさせることになる。
だから、私としては、このところ少し下火になってきているムーミン列車ですが、まだまだ続けようと考えているのです。(下半期はどうしても下火なんですけどね。)
房総半島の伊勢海老、アワビ、サザエも全く同じなんです。
50年も前から同じことをやっていると言いますが、お客様は変わっているんです。
今いらしている方々は50年前に伊勢海老を食べに来ていたお客様ではなくて、その次の世代、次の次の世代の方々なんですから、今のお客様にとってみたら初めての体験かもしれませんし、数年前に一度来て、同じものをもう一度求めにいらしているのかもしれません。
そういう時に、「自分たちは新しいものを提供します。」と頑張ったところで、受け入れられないとは言いませんが、大好評となるところまでは行かないんですね。
そうなんです。
観光地というのは定番商品を大切にしなければならないのです。
これが、都会の商売や地元相手の「必要なものを売る商売」と違うところ。
例えば、皆さんが京都へ行くとします。
清水寺や三十三間堂に何を求めに行きますか?
数十年前に修学旅行で行った時と同じものを提供していることに不満を言いますか?
そうじゃなくて、観光地というのはお客様が期待する定番商品を、きちんと提供することが商売の基本なんです。
そして、そういうところが観光地商売の難しいところなんですね。
そしてさらに難しいのが、だからといって昔ながらの商売のやり方ではやっぱり駄目になってしまうということ。
駅前のお土産物屋さんや、老舗といわれる旅館がどんどん閉店している現状を見ると、定番を守りながらも商売のやり方は時代に合わせて改良していかなければならない。
これが、観光というツールのひとつの癖なんですね。
どうです?
何となくわかってきたでしょう。
観光という商売のやり方が。
これから年が明けてどんどん景気が良くなる予感がしますが、そういう時代に日帰り観光地はとても工夫を求められる地域になるということは先日お話しさせていただきました。
ということで、これ以上このツールの癖を勉強されたい全国津々浦々の観光協会の皆様方がいらっしゃいましたら、私がコンサルをお引き受けいたしますので、いすみ鉄道までご連絡をお待ちいたしております。
(私はどこへでも行きますよ。)
こういうことは、長老たちが雁首を揃えて話し合っても、アイデアひとつ出てきませんし、そのような会議で出てくるようなアイデアは、他の地域ですでに行われていることばかりで、すなわち、失敗事例へ直行することになるということだけはご理解ください。
ただし、私のコンサルは高いですよ。
私は自分も地域もいすみ鉄道も安売りはしませんから。(笑)
(おわり)