何もしないことは犯罪なのです。

カプコンというゲームメーカーからお話をいただいて、大多喜でコミケをやろうという話になりました。
私が営業して取ってきた話で、数年前のことです。
戦国バサラという人気のゲームソフトに本多忠勝がロボットで出てきて、徳川家康を肩に乗せて飛ぶシーンがとても人気があって、本多忠勝といえば大多喜ですから、私は京都の太秦まで打ち合わせに行って、大多喜で戦国バサラのイベントをやろうと企画書も作って町役場に提案しました。
いすみ鉄道が提案するのですから、このイベントだって京都から忠勝ロボを持ってくる費用を含めて予算は50万円。
お祭り一発に800万も予算を使うことから見たら、屁みたいなものです。
折しも大多喜は町を挙げて「NHK大河ドラマ誘致」を目指していたから、誰がどう見てもこのイベントはピッタリだと思ったのですが・・・・
その企画を聞いた担当者がただ一言
「社長、そんなことやってどうすんの?」
そして瞬殺。
上にあげようともせずに、その場で黙殺です。
このあいだ、観光協会を担当していた若い女性が、大多喜を何とか盛り上げるために本多忠勝イベントを大多喜でやってもらおうと、単身カプコンに乗り込んだ。
「戦国バサラを大多喜でやってください」と。
そうしたらカプコンの担当者から、「その話はそちらから断られましたよね。」と言われて、大変ショックを受けていました。
まあ、私の話を瞬殺した町の担当者からしてみたら、自分の仕事としては全くの「余計な話」であって、そんなことは、できればやってほしくないという気持ちはわかります。
公務員もそうですが、大きな会社になればなるほど、上から来ることをこなすだけで精いっぱいなのに、自分たちから余計な仕事は作りたくないわけで、まして、そんな話が取引先や、自分より立場が下だと思っているところから持ち上がってくるとなると、面倒くさいし、何かあったら責任を取らされるのは自分ですから、やらないに越したことはないわけです。
これが、田舎だけでなく、おそらくオールジャパンの考え方の現状でしょう。
だから、この国は八方ふさがりなわけです。
ところが、公務員や大企業の人間じゃなくて、純粋な民間企業、特に、自分たちの明日は自分たちで作って行かなければならないような小さな会社の人間は、「何もしないこと」は許されないわけで、「ああだ、こうだ。」と言う時間があったら、飯のタネを探して、それを実践しなければならない。
だから、そういう人たちは、いろいろ企画して、必死なわけです。
これが、この国の大きなギャップ。
公務員や大企業の人間というグループと、中小企業、個人事業主、フリーターというグループとに大きく分かれて、全く違う考え方と生き方に支配されているわけです。
自分で何もしないことはリスクを冒さないと思っているかもしれませんが、一般社会から見れば、これだけの話を、自分の独断で、何も考えずに断ってしまったということは、民間企業ならば、「会社に大きな損害を与えた。」ということになるのは明白なのです。
なぜなら、これを実行することによってもたらされたであろう利益を、すべてドブに捨てたからで、民間企業では考えられない、言うなれば犯罪に等しいわけです。
今、「行うリスク」と、「行わないリスク」という2つのリスクが話題になってきています。
つまり、何もしないことはリスク回避ではなく、何もしないことにリスクが存在するということです。
田舎は会社に例えれば大企業ではなくて、中小企業、零細企業に値する経済規模ですから、常に何かをやって前進していかなければならないというのに、考え方だけは安定志向の大企業病に支配されているのです。
なぜなら、とりあえず食えるから。
現状維持すること。だんまりを決め込むこと。判断をしないこと。
これらは新しいリスクを引き起こしますし、ともすれば犯罪に等しいことなのです。
今の世の中で、何もしないこと、下から上がってくる話をつぶすことは、罪なのです。
ということを理解しなければ、経済のパイが縮小していく世の中では、消えてなくなる方向に進んでいく以外にないのだと思います。