涙の温泉特急

本日も「よろず悩み事相談所」のはなし。
以前に勤めていた会社では、職場の仲間たちとよく旅行に出かけました。
365日のシフト勤務だったので、全員一緒に出掛けることは無理でしたが、勤務組を調整して、年に1~2回、何か理由をつけては泊りがけで出かけていました。
まあ、風呂に入って、飲んで歌って、というありきたりの旅ですが、全員参加のいわゆる社員旅行ではなく、気の合う仲間同志で、皆、年齢も比較的近かったこともあって、なかなか楽しい旅でした。
そういう旅行は目的が食べて飲むことですから、べつにどこへ行ってもよく、たいていは銚子や蓮沼など、近いところへ行くのですが、あるとき、ちょっと遠出をしようということになって伊豆へ出かけて見ました。
皆は車数台に分乗して向かいましたが、私は、出張先からの直行でしたので、特急電車に乗って一杯やりながら現地で合流しました。
旅館で風呂に入って、食べて飲んで楽しんだ翌日、他に観光する目的もないので「私は電車ですから、ここでさようなら。」と仲間と別れて駅へ向かおうとすると、同僚の女性が「私も電車で帰ろうかな。」と言います。
相手は綺麗なお姉さんだし、旅は道連れですから、「じゃあ、一緒に帰りましょう。」と2人で駅へ向かうタクシーに乗ったのですが、何だか彼女の様子がいつもと違います。
「はは~ん、さては悩み事でもあるのかな。」と思って、せっかくだし、自由席もなんだからとグリーン車を奮発しました。
そして席に座ると案の定「実は・・・」と彼女がポツリポツリと話し始めました。
職場でいろいろ相談にのるのは前回書いた通りで、いつものこと。
彼女の話の内容も、まあ、よくある「彼としっくりいっていない云々」という感じの話。
私の豊富な恋愛経験からすると他愛もない「よくある話」なのですが、彼女はまじめな性格だから真剣に悩んでいる。
乗りかかった船で「フンフン」と聞いていたのですが、そのうち感極まった彼女はシクシクと泣き出したのでした。
列車は空いていましたが、それでも車内にはゴルフ帰りのおじさんグループや老夫婦など10数名ほどが乗っています。
その列車の中で女性がシクシク泣いているのはただ事ではありません。
ましてここは温泉から帰る特急電車の中。
彼女は妙齢の誰が見てもうなずくほどの美人で、こちらは40オヤジ。
そんな二人連れが温泉帰りのグリーン車に乗っていて、女性の方がシクシク泣いていて、男の方は「まいったなあ。」という顔をしているのですから、「下種の勘繰り」で車内の皆さんのお耳がダンボになっているのがわかるわけです。
でも、彼女は自分の世界で佳境に入っていますから、周囲のことなど気にせずにシクシク泣き続ける。
すると、そんな中、特急電車は途中の駅に停車します。
「反対列車との行き違いのため少々停車します。」
との声が終わると車内には静寂が訪れます。
モハやクモハなら停まっているときでも機械の音や電気的な音がしますが、こんな時に限って乗っているのはサロ。
シーンとした車内にシクシクと鳴き声だけが響き渡るわけですから、
こうなると男として本当に格好悪い。
自分に原因があるのだったらまだしも、そうではないのですから、泣きたいのはこちらの方なのですが、そんなことはダンボの皆様にはわからないわけですから、とにかく針のむしろ状態なのです。
こういう時の女性は何を言ってもダメですから、ひとしきり気が済むまで泣いてもらって、フンフンと話を聞き続けるしかありません。
そのうち電車は複線区間に入って豪快に飛ばし始めると、彼女の方もいい加減気が済んだのか、少しずつ落ち着いてきて「ごめんなさい。ごめんなさい。」としきりに謝りはじめます。
すると、「ほら、やっぱりそうだ。」と周囲のダンボ君たちがうなずくのです。
やがて電車は横浜駅のホームに滑り込むと、彼女は「ありがとう鳥塚さん。私ココで降りるね。じゃあね。」と言って降りて行きました。
ホームで発車していく私に向かって手を振る妙齢の彼女。
「ほら、やっぱり。」のダンボ君たちと私を乗せた温泉特急はグングン速度を上げてホームを離れます。
列車はフルスピードで終着駅を目指して走る。
並んで走る京浜急行よりも、横須賀線よりも速く走る温泉特急。
でも、いくら電車が速く走ってくれても、私にとってこの時ほど横浜―東京間が長く感じたことはなかったのであります。
【後日談】
その後、妙齢の美人はお悩みの彼とめでたく結婚。
今ではご主人と仲睦まじく暮らしていますので、温泉だけでなく、帰路の「温泉特急」もその効能が有効活用されたと喜ぶべきでしょうか。
私は「何か損した」ではなく、人様のお役にたてて光栄であることを噛みしめていると言うべきなのだと思いますが、やっぱり何か損したような気がしている今日この頃なのであります。