本音で語り合いましょう その2

いつもいすみ鉄道にご声援くださいましてありがとうございます。
今回の自社養成乗務員訓練生募集にはたくさんの反響をいただきまして、その数が予想以上でたいへん驚いていると同時に、嬉しい思いでいっぱいです。
大別すると賛成派7割、反対派3割といった割合になるようです。
観光鉄道化でお客様に夢を見ていただき、楽しい思い出を提供していくという事業の反面では、並行して現実問題としての存続の可能性を、ありとあらゆる方向から検討し、有効な手段を採用していかなければならないというのが、いすみ鉄道を預かる私に課せられた任務です。
車両の全般検査に1両1800万円近くの費用が必要になるという現実。
検証期間のために新車導入の意思決定が遅れているため、現有車両の負担が増え、平成22年度はその全般検査が2両予定されています。
線路も直さなければなりません。
そういう中で当然「そんなにお金がかかるなら・・・」という廃止論がいつ頭を上げるかわからない状況にあります。
自社養成乗務員プランは、安全性の確保を含めて、当然、国土交通省とも協議を重ね、国交省としても、前例がないという前提に立って、おそらく地方鉄道再生の一つの社会実験的な意味合いを含めて、募集にGOサインをいただいているものです。
昭和60年前後からローカル鉄道が廃止になってきた経緯は皆様もご存じだと思います。それがこの国の「前例」で、北海道の白糠線、美幸線に始まり、鹿児島県の山野線、大隅線など、全国の数え切れないほどのローカル線が消えていきました。
平成22年の世の中を見ると、過疎化、少子化、高齢化、自家用車の普及率、不景気など、昭和60年よりも遥かに状況は悪化しています。
そういう現実を踏まえて、「それでも鉄路を守るんだ!」と私は決意しているのですから、「前例のないこと」をやらなければならないということはご理解いただけると思います。
【いすみ鉄道の乗務員の状況】
現在のいすみ鉄道の乗務員は、2人を除き、すべてJRから来た人たちです。
世間では組合がどうだとか言われていますが、私から見ると、JR出身の運転士は皆さんベテランで、人もよく、会社のことを第一に考え、心配してくれる方々です。
皆、まだ何も知らない私のよきアドバイザーになってくれています。
私も航空会社時代の30代の時に、労組の幹部を6年以上経験していますのでピンと来るのですが、こういう形で乗務員を採用するという話は、組合的には「Job Security」といって、自分たちの雇用が守られなくなる原因になりますから、真っ先に闘争運動の対象になる案件です。
ところが、いすみ鉄道の運転士さんたちは、皆、ニコニコしながら、「社長、俺達は何でも協力するよ!」と賛成してくれています。
「安全性は、俺達がみっちりと教育するから!」と頼もしい限りです。
何しろ40年以上もハンドルを握っているベテランぞろいですから、このまま数年後に退職してしまうには、あまりにももったいない人財なのです。
国鉄からJRになる時に、長年積み上げられてきた技術の伝承がバッサリと切り捨てられて、ズタズタになってしまいましたが、いすみ鉄道では、後輩に、今いる運転士さんたちの技術をしっかり継承させたいというのが、社長である私の考えです。
【今後の乗務員の供給不安】
いすみ鉄道はディーゼルカーです。運転免許は「動力車操縦士、甲種内燃」です。
ところが、今まで運転士さんを供給してくれているJR千葉支社管内では、ディーゼルカーは久留里線だけで、あとの線区は電車です。
昭和40年代に内房線から電化が始まり、徐々にディーゼルカーから電車に変わり、今のJR千葉支社に勤務する40歳代以下の運転士さんは電車の免許しか持っていない人たちばかりの状況です。
今後、JRからディーゼルカーの免許を持った運転士さんで、いすみ鉄道に来ても良いよと言っていただける方を見つけるのは、大変難しい状況なのです。
今のままでいったら、たとえ存続が決まったとしても、数年後には現状のダイヤを維持する要員を確保することができなくなるのです。
【安全性と待遇との関連性は?】
昨日のブログでお話しいたしましたが、航空会社ではこの議論を1990年代初頭からテーマとして、経営側、労働側双方が検証を重ねています。
しかし、鉄道業界では「初耳」の話ですから、鉄道ファンの皆様でも「とんでもない!」「何を考えているんだ!」というご意見をいただくのも理解できます。
かつての重大インシデントは、航空機も鉄道もあらゆる角度から検証されており、私も前職では、管理者として職員を指導する側の立場にありました。
その中で論じられていることは、ヒューマンファクター、つまり人的要因であり、特に、精神面、健康面での安定性に欠けるときにミスや重大インシデントにつながる事象が発生しています。
航空会社でも乗務員のみならず整備士など航空機の運航に携わる職種には、勤務前の十分な休養、飲酒、薬物投与の制限など、厳しく設定されています。
(笑い話になりますが、昔のマニュアルには勤務の前には夫婦げんかもしてはいけないと書かれているものがありました。これは、精神の安定性が確保できなくなるからですが・・・)
それを踏まえて、私がいすみ鉄道に応募してこられる方に要求したいのが「経済的にも時間的にも余裕のある方」ということです。
土日に列車の運転をするのは良いとして、月曜から金曜の夜までビッシリと他の仕事をしているような方は、たとえお金があったとしても、このプランに応募して訓練生に採用されることはないでしょう。なぜなら、乗務前の十分な休養を確保できない「可能性」があるからです。
21日の説明会では、そういった危険性や可能性をすべて事前にお話しし、ご自身がそれでもやっていかれるかどうかを判断していただくお話をします。
【金銭的なご負担について】
前例のないことをやっていかなければ、いすみ鉄道は残れないということはご理解いただいているという前提でお話しします。
お金の話は、日本人はあまり好みませんし、ダイレクトにするものではないという風潮がありますが、会社経営という点においては避けては通れません。
観光鉄道でいらしていただいたお客様に「夢を与える」仕事をするためには、我々は現実を直視しなければなりません。
700万円という金額については賛否両論がおありだと思います。
「高い!」という人もいれば「安い!」と思う人もいるでしょう。
個人の状況と考え方、受け止め方によるものだと思います。
私が着目したのは、いすみ鉄道という鉄道施設を「資産」と捉えてみてはどうかということです。
「廃止にしろ!」というご意見は最近ではめっきり少なくなってきましたが、廃止賛成派の方々から見れば、いすみ鉄道の鉄道施設は「負債」です。
走れば走るだけ赤字になるのですから、「負債」というのはもっともなことです。
でも、私は26.8kmの全線を「資産」と考えてみました。
「資産」というのは「財産」です。
「財産」というからにはお金に換えられなければ価値がはっきりしません。
そこで、どうしたらお金に換えられるかを考える必要があるわけです。
いすみ鉄道社内のスタッフも私は「人材」ではなく「人財」、つまり「財産」と考えています。
つぶれそうな会社、赤字の垂れ流しなどと揶揄されながらも、長年にわたってニコニコ頑張ってくれているスタッフは「財産」です。
今、いすみ鉄道沿線で咲き乱れている菜の花ですが、いすみ鉄道のスタッフが、お客様に喜んでいただくためにと、「コストがかかるからやめろ」という当時の経営の意見に逆らって、自分たちで休みの日に手弁当で草刈りをして種をまくところから始めたものです。それがこんなに素晴らしい観光名所になり、他の鉄道から視察に来るようになりましたが、そういう経営側にない先を見る力が、いすみ鉄道のスタッフにはあるのです。乗務員の技術もそうですが、そういう「財産」を、どうしたらお金に換えられるか、と考えるのが私の仕事なのです。
自社養成乗務員養成プランは、そういった考えで生まれました。
「今あるのもをどうしたら活用できるか」ということを考える以外に方法はありません。
各方面の皆様からいろいろとアドバイスのお手紙やメールをいただきますが、人件費も含めた新しい設備投資を必要とする内容がほとんどで、何もないところからどうしていこうかという具体性が伴わないものが多い状況です。
でも、いすみ鉄道ばかりでなく、今の日本の現状は、新しく設備投資をして大きな箱モノを作る余裕はありません。
考え方を変えて、それでも前に進んでいかなくてはならないのです。
私はいすみ鉄道の「資産」を有効活用することで、皆様に「機会(チャンス)」をオファーしたいと考えます。
【目指すは保存鉄道】
イギリスの会社に長くいた関係で、保存鉄道というのをいくつも見てきました。
運転士も整備士も駅員も車掌も、皆ボランティアで楽しそうに、無給で働いています。ところが、残念ながら日本ではこの「保存鉄道」が認められていません。
「鉄道」が「鉄道」であるためには、大都市の私鉄もJRも、いすみ鉄道のようなローカル線も同じ法律が適用されます。「保安基準」などの各種基準も同じであれば、「税法」も「労働法」同じです。
自社養成運転士プランの是非を論ずる前に、私は「鉄道事業」を定める法律が全国画一なのをなぜ論じないのかと思います。
観光鉄道というと保存鉄道の姿が思い浮かびます。
のどかな田園地帯をゆっくりとしたスピードで列車が走り、みんなニコニコして乗っている。お客さんばかりでなく、運転士も車掌も、他のスタッフも、みんなニコニコして乗っているのがイギリスの保存鉄道です。
経営難にあえぐ小私鉄は今後、保存鉄道化していくのも地元の足を守る一つの方法ではないでしょうか。
【JR東海の須田相談役】
昨年、熊本県の人吉でお会いしていろいろとお話をお聞きする機会がありました。
国鉄時代から鉄道一筋で、JR東海の初代社長、その後、会長をされた須田さんは、私から見れば、神様のような方です。
その須田さんが、こう言われました。
「いすみ鉄道は昔の木原線でしょ。あそこは大変だよ! 再生させたら君の銅像が建つよ!」
その時私は、「がんばります!」と答えたものの、内心では「コンチクショー!」と思いました。
今思えば、無知で無謀な後輩を奮い立たせる須田さんの温かな話術だとわかりますが、銅像はともかくとして、日本の鉄道を知りぬいた彼が「大変だよ!」というのだから、今までのやり方では駄目なことは明白です。
須田さんと私の意見が一致するのは、「観光鉄道化」です。
観光地へ向かうために乗る鉄道から、乗ることそのものが観光目的となる鉄道へ。
それが、地方鉄道の再生のポイントであり、観光というのは回遊型を基本とする、というのが須田さんの教えです。
その教えに従って、いすみ鉄道を観光鉄道化し、沿線に様々なポイントを置いて回遊できるようにすること。房総半島に観光にいらしたお客様(もちろん車でも結構です)に、往路と復路で違うコースを通ってもらうために、いすみ市内の内陸部分にある国吉駅に観光スポットを設置してみたのです。
須田さんは、「JR九州は観光列車の先駆者で、とても参考になるよ」とおっしゃられています。私は、長い目で見て、九州がやっているような、SL、トロッコ、国鉄形レトロ車両というスタイルで、いすみ鉄道を観光鉄道化し、次の世代へ継承させたいと考えています。
そのためにも「資産」を有効活用し、活性化させ、銀行が融資してくれるような鉄道会社にしていく必要があるのです。
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以上のようなことをふまえて、21日は本音トークをしたいと思います。
いすみ鉄道ファンの皆様、ご声援いただいている皆様へ1つだけわかっていただきたいことがあります。
それは、社長である私が、これだけこの鉄道を想い、この鉄道に真剣に向き合っているということです。
日本の鉄道会社の社長で、ここまで自分の気持ちをぶちまける人が他にいるでしょうか?
おそらくこのブログをお読みの皆様の中の誰よりも、安全性を熟知し、認識していると自負しています。
ただ、申し訳ないのは、お金という現実を述べることで、応援していただいているファンの皆様の「夢」を壊してしまうかもしれないということです。
でも私は、たとえ1%しか存続できる可能性がないとしても、その1%に掛けてみたいのです。
それで、いすみ鉄道が走り続けることができれば、私は幸せです。