Asoh Defense

スエズ運河で座礁したコンテナ船が動き出したというニュースが入ってきました。

良かったですね。

と、ホッとしたのですが、実はとても気になっていることがありました。

船を所有する日本の会社が、早々からテレビで謝罪会見を開いていたことです。

その会見の様子は こちら(Abema TV) で、ご覧ください。

まだ事故調査も始まっていない段階から頭を下げているんです。
それも、運航会社ではなくて船舶を所有している会社がです。

船もそうですが、飛行機もたいていは所有会社と運航会社が異なります。
運航会社(航空会社)は飛行機を所有する会社から機体をリースして運航しています。
私が前居た会社はイギリスの会社で飛行機はイギリス国籍の登録番号をつけていますが、所有しているのは日本の銀行系の会社でした。

もし、事故を起こしたら、じゃあ、その所有する会社が謝罪会見をするのだろうか。
日本の銀行系の会社が、外国籍の航空機の事故であっても、「あの飛行機は私共の所有で、イギリスの会社が運航を担当しておりました。」などと言って謝罪するだろうか。
船舶業界のことはよくわかりませんから契約によるのかもしれませんが、パナマ船籍で台湾の会社が運航していて、日本の会社が所有しているという図式で、真っ先にその所有会社がテレビカメラの前で謝罪会見をするというのは、欧米を中心とした訴訟社会では自ら非を認めることは敗北を意味しますから、ふつうはあり得ないんです。

でも、この会社の社長はテレビカメラの前で誤っている。

いったいどうしてなんだろうか。
海外でこの手の賠償責任が問われるときには絶対に謝ってはいけないのに。

そんなことを思っていたら、古い友人が「へえ、こんなこともあるんだね。」と1つのエピソードを教えてくれました。

それが本日のタイトル「Asoh Defense」です。

そのエピソードというのがこちらです。

Looking back the history, there was another similar incident in 1968; the water landing by Japan Airlines Flight 2 into SF Bay. It was also piloted by Captain Kohei Asoh, a veteran with nearly 10,000 hours of flight time. In his case it was obviously human error and he blatantly admitted it.
Asoh, when asked by the NTSB about the landing, reportedly replied, “As you Americans say, I fucked up.” In his 1988 book The Abilene Paradox, author Jerry B. Harvey termed this frank acceptance of blame the “Asoh defense”, and the story and term have been taken up by a number of other management theorists. – Wikipedia

1968年に日本航空のDC-8がサンフランシスコ湾に着水した事故の話です。

内容はこうです。
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飛行時間1万時間といえば、1968年にサンフランシスコ空港の滑走路5km手前に水上着陸した日本航空2便の麻生こうへい機長(漢字不詳)も戦時中は軍航空指導員で飛行時間1万時間近いベテランだった。

JAL機長の場合は、新しい自動操縦の使い方に不慣れで、濃霧の中、高度を下げていって気づいたら海面が目前まで迫っていた。

幸い神業(というか神風)のような着水で、破損するほど浅くもなく、沈没するほど深くもない、ちょうど着陸ギアが海底に届く深さだったため全員無傷で救出された。乗客も「気づいた時には海の上」というぐらいの見事なソフトランディングだった。

事故原因究明で全米のマスコミが殺気立つ中、米国家運輸安全委員会(NTSB)の証人喚問に出頭した機長は事故原因を問われると、アメリカのスラングを引用し、「このあそうがファッ○アップしました(=自分の大ヘマであります)」と責任を全部ひとりでかぶってしまったため誰もそれ以上咎めず、副機長の聴取もすぐ終わった。

その素直に自分の非を認め自ら責任を取ろうする態度があまりにも稀有だったため、ジョージワシントン大学ジェリー・B・ハーヴェイ経営学名誉教授が自著『アビリーンのパラドックス(Abilene paradox)』で「麻生ディフェンス」として紹介し、以来、「麻生ディフェンス」はアメリカの法曹界や経営学の本でたびたび引用される用語として定着した。
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「Asoh Defense」という言葉がアメリカで使われているというのですから驚きです。
例えばトヨタの「Kaizen」(改善)という言葉も経営を学ぶ欧米人の間ではふつうに使われている言葉ですが、「Asoh Defense」、麻生式防御とでも言いましょうか。これが欧米では教育に使われている言葉として定着しているとは驚きです。

ちなみに、Wikipediaで日本航空サンフランシスコ着水事故を調べると日本語版では「Asoh Defense」は出てきませんが、英語版ではきちんと書かれています。
日本人がしでかしたことなのに、アメリカでは有名で日本では誰も知らないということのようです。

Japan Airlines Flight 2
▲英語版Wikipedia

実はこの引用した英語の文章には前段があって、この話は2013年に同じサンフランシスコで着陸に失敗して炎上した韓国のアシアナ航空の操縦士が麻生機長と同じ1万時間の飛行経験を持つベテランだったというお話です。

でも、アシアナ航空の操縦士はベテランだと主張して最初は非を認めなかったようで、あとになって確かに飛行時間は1万時間だけど、事故を起こしたB777は40時間しか経験していなかったということがバレてしまったのです。

原文は Asoh Defense and JAL 2 Water Landing SFO をご覧ください。

そういえば韓国人も中国人も自分からはまず謝らない。
謝罪しない民族としてはおそらく世界的に有名でしょう。

欧米人はそういうことがよくわかっているようですから、日本人の謙虚さを大切に思って味方してくれているのかもしれません。

もっとも、この麻生機長は当時最新式だったILSと呼ばれる着陸誘導装置の使い方がわからずに進入経路に乗ることができず、霧の中高度を失って滑走路のはるか手前に着水してしまったのですから、いくら潔いとはいえ褒められたものではありません。
事故後、副操縦士に降格され再訓練となったようですが、それでも最終的にはDC-8からB747ジャンボジェットへ移行して機長として定年まで飛び続けたとのことです。

この事故機のDC-8も損傷がほとんどなかったということで、機体が引き上げられて再整備が行われ、なんだかんだで1980年代まで最後はアフリカの航空会社で飛び続けたということですから、不思議な運命ですね。

さて、今回座礁したコンテナ船を所有する日本の会社はこれからどう評価されていくのか、野次馬根性ですが気になるところです。

私?
え~と、カミさんに知られたくないことがバレたときには、瞬間的に「ごめんなさい。」する防御能力は持ち合わせているつもりですが、その能力を試すようなことはしないことにしております。