上意下達

最近ではだいぶ落ち着いてきているようですが、この春はマスクが足りないと言われていました。
感染症が流行って、その対策としてマスクが有効だということで、でも、そのマスクがない。
中国で生産しているから。
マスクがないと命に係わるからと言うことで、買占め、そしてネットオークションでの高額取引が始まって大きな社会問題となりました。

そういう取引の状況はけしからんということで、国が規制に乗り出して、オークションでのマスクの高額取引を禁止して、その代わりに全国の家庭にマスクを国が配布しましょう。
ただし、品薄な不織布のマスクは医療関係者に回して、一般国民は洗って使える布マスクでお願いします。

とても良い考えだと私は思いました。
なぜなら医療関係者にとってのマスクは感染症から身を守る必需品ですが、一般国民にとってのマスクはどちらかというと安心材料ですから、優先されるべきは医療従事者への配布であるからで、4月に総理大臣が発表できたということは、おそらく3月上旬ぐらいからは手配などの準備に入っていたのだと思います。

当時はまだ、医療関係者に対する尊敬のまなざしなど一般国民には無く、お医者さんや看護師さんが疲れ果てて帰宅すると、家に入れないような妨害をされている地域もあるような、心の貧しい国民が大多数だったときに、「医療従事者最優先。国民は布マスクをしてください。」という決断は、考え方の方向性としては間違ってはいなかったと私は評価しています。

国民に対してお金を配布しますという宣言。
30万円だとか10万円だとか、いろいろ紆余曲折はありましたが、国が困っている国民に生活の支援金を支給するということも、財政再建という前提では決断としてはなかなか難しいものですから、よく判断したと思います。

企業に対してもお金を給付しますという話。
家賃の支払いだってあるし、どうしましょうか。
そりゃそうですよね。売り上げが無いんですから。
コロナが明けて、さあ、再始動という時にどの会社も力尽きて倒産してしまっていたら国の再生などできませんから、金額の大小はともかく、そういう制度を設けて、いち早く宣言したということは、私は評価できると思います。

小さい子供たちは知らないうちに感染していても発症しない。だから、そういう小さい子供が媒体となって家庭に持ち帰ってお年寄りなどの家族が感染してしまう可能性がある。
ということで学校をすべて休校にしましょう。
的確な判断だと思います。

なぜなら、こういう判断は、明日はどうなるかわからないという状況の中での決断ですから、取り越し苦労に終わるかもしれません。なのに多額の税金を投入して病気の蔓延を抑え込むんだという覚悟のもとのことですから、難しい判断なのです。結果は誰にもわからないですから。
でも、今、このタイミングでやらなければ時機を逸してからでは遅いのですから、その難しい決断をよくやったと私は高く評価しています。

ただ、問題なのはその後ですね。

皆さん、マスクは届きましたか?

皆さん、10万円は届きましたか?

中小企業の方々は給付金の申請ができましたか?

休校中の子供たちはモバイル授業ができましたか?

どれも満足にできていないですよね。

これがこの国の問題点なのではと思います。

総理大臣がいくら一生懸命国民のためを思って難しい決断をして、「皆さん一緒にがんばりましょう。」と宣言をしても、それが実際にはひと月たっても国民に届かない。
つまり、上意下達ができていないんですよね。

当然そのぐらいのことはできるだろうと思って「やります」と総理大臣が約束しても、実行するためのオペレーション能力がこの国には無いんです。
今回のコロナのことで、そういうところが一番よく見えたと私は思います。
この国の問題点ですね。

ではどこに問題があるのか?
できもしないことを「やります。」と言った総理大臣でしょうか?
それとも、たかだかそれぐらいのことすらできない行政機関の現行システムでしょうか。

私はオペレーション能力。この場合は学校を含む行政機関の現行システムに問題があると思います。
誰かの口車に乗って総理大臣をうそつき呼ばわりしても、世の中は良くならないと考えます。

では、どうしてオペレーション能力がないのか。
例えば10万円の給付。
ネットで申請した人に、郵便で通知が届いて、もう一度申請したらダブルで支給されちゃった。

こんなことってありえないでしょう。
誰が考えたって、馬鹿じゃないの? と思うはずです。
でも、現行システムってその程度なんです。
マイナンバー制度なんて全く機能していない。

リモートで授業をしましょう。
いえ、タブレットがありません。
自宅にパソコンがない生徒はどうするんですか?
じゃあ、そういう生徒だけ登校してもらって、学校の教室で画面を見ながら授業している。
たぶん隣りの部屋に先生いるんですよ。
莫迦な話ですが、現場としては切実です。

では、民間企業はどうでしょうか。
しっかり自粛要請に従って、3密を避けて、リモートでお仕事しています。
私立の学校なら問題なくリモート授業してますよ。

でも、行政機関だと申請窓口に長蛇の列ができて3密どころじゃない。

つまり、この国では公的機関のオペレーション能力が民間に比べて明らかに低い。

それが今回のコロナで判明したことです。
だから、コロナが明けたら、まず先に姿勢を正さなければならないのはその程度のオペレーション能力しかない機関なのです。

考えてみれば、役所に行くとやたら職員の数が多く感じます。
それぞれの皆様方は仕事に必要だと判断してその人数が配置されていて、一人一人は一生懸命働いているんですよ。
それはわかっています。
でも、明らかにたくさんの人がいて、その原因は多分業務効率が悪いんでしょう。

私は航空会社出身ですが、皆さん、20年前の羽田や成田、覚えてますか?
ずらりと職員がカウンターに並んで、座席を決めて搭乗券を渡して荷物を預かっていましたね。
今はどうですか?
そんな人いませんよ。
荷物だって自動で荷札が出てきて、お客様が自分で自分の荷物に貼り付けでボタンを押すと流れていくんです。

これが民間です。
でも、行政機関は明らかに人力頼り。
「ネットで申請できます。」
って申請したら、10万円が2回来ちゃったんですから、それぞれの職員の人たちは皆さんそれなりにがんばっているんでしょうけど、行政システムとしてはお粗末極まりない。

これじゃあ、ぬるま湯の環境に20年間以上いると思われても仕方がありませんよね。
何も考えずに、毎日同じ仕事を当たり前のようにやっているだけなんですから。

というこで思うのはオペレーション能力。

企画する側としてはいろいろな思いがありますから、やりたいことってたくさん浮かんでくるんです。でも、個人事業主でもない限り企画する人と実行する人が同じ人ということはあまりありませんから、大抵は組織になっているわけで、行政も民間企業も、中小企業も大企業も組織になっていればチームに分かれていて、企画する人と実行する人が違うわけです。
だから、企画する人が頭の中で、あるいはテーブルの上で、あれもやりたい、これもやりたいとプランしたところで、実行する人ができなければ仕事としては完成しないのです。

例えばローカル線の場合、観光列車を走らせたいと企画します。
どんな観光列車が良いのか。
ゆっくり走って、沿線の景色の良いところをアナウンスして、おいしいお料理とお酒を出して、できれば宿泊につなげるような列車が良いでしょう。そうすれば日帰りよりも地域に多くのお金を落としますから、地域も潤うことになる。
そう考えて、「それは良い企画だ。そんな観光列車が走ったら地方創生につながる。」と考えたとします。

そうなると、
どの車両を使うのか?
その車両をどうやって改造して観光列車にするのか?
その予算はどうするか?
改造している間、列車の通常運転をどうやって確保するのか?
などなど、運行上の問題が出てきますね。

また、ソフト面でも、
お客様をご案内するのは誰がやるのか?
その人の雇用はどうするのか?
お料理は誰がつくるのか?
そのメニューは誰が考えるのか?
お酒はどうするのか?
などなど、クリアしなければならないことが出てきます。

地元に宿泊させると言っても、
宿泊施設の収容人数は大丈夫か?
観光客が満足するようなホテルや旅館があるか?
駅からの送迎はどうするのか?
どうやってこちらの考えを理解していただき、ご協力いただくのか?
という問題も考えられます。

また、宣伝、集客も考えなければなりません。
いくらの価格設定にするのか?
定員は何人で採算分岐点は何人なのか?
そのための宣伝方法はどうするのか?
宣伝予算はどうするのか?
申し込みからお支払いまではどうするのか?

ちょっと考えただけでもこのようにクリアしなければならないことがたくさん出てきます。

これをクリアして実際に集客し、列車を走らせて、お料理やお酒をお召し上がりいただき、お客様にご満足いただいてお帰りいただく。そして、リピーターになっていただく。
こういう一連の流れがオペレーション能力であって、そういう様々な問題をクリアしてサービスや商品というのは成り立つものなのです。

最初の話に戻ります。
総理大臣が4月の初めに「各家庭にマスクを2枚ずつ配ります。」と言いました。
すでに5月の終わりですが、いったいどのぐらいの達成度なのでしょうか?

国民一人当たり10万円を給付しますと言ってからかれこれひと月。
皆さんすでに10万円もらいましたか?

まだの人が多いんじゃないでしょうか?
どうして?

総理大臣ができもしないことを言ったのでしょうか?

観光列車を走らせてお客様に乗っていただき、ご満足いただいてリピーターになっていただくことに比べたら、各家庭にマスク2枚を届けることも、国民に10万円届けることも、行政はすでに住民リストを持っているわけで、これからお客様はどこにいるのか営業を始めるわけではないのですから、私はそれほど難しいことでもないと思います。
総理大臣が、できもしないようなことを吹聴したわけでもない。
でも、実際には未だにマスクは届かないし、10万円も届かない。

これがこの国の問題であり、行政機関のオペレーション能力なのです。
そして、そういうことが今回の騒動ではっきりとわかってしまったのです。

例えば宅急便。
いろいろトラブルはありましたが、きちんとオペレーションしています。
でも、郵便はどうでしょか?
一部に感染者が出て、その郵便局そのものが封鎖されて手紙や荷物が大量滞貨。
これが現状です。

つまり、親方日の丸のビジネスのあちらこちらで、全くオペレーションの力がない。
BCPができていないということなのです。

私は鉄道会社を預かる責任者です。
お客様の数はご多分に漏れず9割減。
沿線でも発症者が出てきていました。
そんな中で、トキ鉄は観光列車の「雪月花」以外は列車の間引きも運休もなく、社員に感染者を出すこともなく、今日まできちんと安心安全の輸送を提供してきています。
当初から私はBCPを口酸っぱく社内に徹底するように説いて、チームをシフトに分けて社内をグループ分けして、感染者が出たとしても、きちんと列車の運行が継続できるように社長として指示してきました。

そして今日まで社内に感染者も出さず、列車を止めることなく、すべてのサービスを提供しています。
これはトキ鉄のオペレーション能力です。

自社のオペレーション能力を最大限に発揮して列車の運行を維持したのは私ではありません。
トキ鉄の幹部社員の指示の下、職員一人一人が職務を全うしたことによって達成できたことでありますし、社内にはそういうシステムがあるということです。

総理大臣が国民に向けて宣言してから1か月以上が経過しても、マスクすら届けられない。10万円も届かない。
この国は、今やそういう状況になっているということを、国民の皆様方はしっかりと理解するところから、アフターコロナは始まると思います。

政権与党を批判するのも結構ですが、本質はそこではありませんから、安倍政権が総辞職しても、自民党から政権交代したとしても、そんなことではこの国は全く変わらないということは、おそらく間違いないと思いますが、いかがでしょうか。

何しろ、絶大な信頼を寄せていた検事長があの体たらくですから。
行政機関は本当に考えなければいけないと思いますよ。

一生懸命働いている職員の人がほとんどだと思いますが、そういう皆様方も、その一生懸命やっているお仕事の手順や内容そのものに疑問を持つところから始める必要があるということなのです。