なぜ観光列車を定期列車でやるのか。

そろそろ夏休みも終わりに近づきましたので、学生の皆様も宿題などいろいろお勉強に取りかからなければならない時期になったと思います。

そこで久しぶりの「自己流ビジネス論」で頭の体操と行きましょうか。

 

私は今、北海道にどうやって観光列車を走らせることができるかという北海道庁主催の会議に委員として参加させていただいて、この秋にも何とかモニターツアーとして、地域密着型の観光列車を走らせようという企画が煮詰まりつつあるのですが、これはモニターツアーとしてスポット的に行うものでありますから、おそらく普段使用していない特急車両などを使用して集客することになりそうですが、私がこだわっている観光列車というのは、あくまでも定期列車として時刻表に掲載されている列車を使用して、その車内で、あるいはイベント用に1両増結して行うタイプの観光列車です。

いすみ鉄道の看板列車であるレストラン列車や、各種イベント列車のほとんどがこのタイプですから、すでにご存じの方も多いと思いますが、なぜ定期列車で行っているのかということについてのお話をさせていただきたいと思います。

 

このところ大きな鉄道会社がいろいろ工夫を凝らして、例えば豪華列車だったり、SLだったりと、いろいろな観光列車を走らせ始めています。その中で、いすみ鉄道と同じ第3セクター鉄道である道南いさりび鉄道の「ながまれ」という観光列車が、「日本一貧乏な観光列車」として売り出してきています。日本一貧乏なというのは、「お金をかけずに、今ある車両で、大きな改造をすることもなく」観光列車を始めたからで、この日本一貧乏なというのは、大手のような金の力にモノを言わせた観光列車をやることができない貧乏な会社でも、何とか頑張って観光列車をやってますよという一つの修飾語のようなものなのです。

であるならば、「日本一貧乏な観光列車」の元祖は、何を隠そういすみ鉄道であるわけで、レストラン列車といったって、昭和39年製のオンボロディーゼルカーに必要最低限の設備を地元の大工さんに取り付けてもらってスタートしたのがいすみ鉄道のレストラン列車ですから、何も数十億円もかけて新造車両を作らなくなって、立派に観光列車ができるという点では、ローカル鉄道の希望の星なのであります。そういう実績を大きく評価していただいて、それで私は北海道の観光列車会議の委員に選んでいただいて、どうやって北海道で観光列車を走らせるか。つまり、「お金をかけなくてもできるでしょう。」という会議に参加させていただいているわけであります。

 

さて、特別車両を作る作らないにかかわらず、私は当初から観光列車というのは定期列車に併結してやるべきだという考え方を持っておりました。

いすみ鉄道の線路容量とか、構内有効長とか、そういうことももちろんありますが、私は、観光列車というものは非日常体験をするためのものであるというのはもちろんでありますが、「手が届くところにある。」というのも実は重要な要因だと考えているからで、つまり、手が届くところにあるということが「あこがれ」の対象となるのが現代の観光ではないかと考えているからです。

 

3日間で100万円というような観光列車は、お金持ちの人たちは「いつかは乗ってみたい。」と思うかもしれませんが、非常にハードルが高くなってしまいます。貧乏人から見たら嫌味ですらあると思いますが、1万円か2万円で乗れるとなれば、「今度乗ってみたい。」というあこがれの対象になるからで、それが、時刻表に載っている定期列車であれば、とても身近であって、隣りの車両でおいしそうなお料理を食べている人たちを見ると、まあ手が届く範囲の贅沢ですから、嫌味でもなく、素直に「良いなあ。うまそうだなあ。」と思えるものです。

 

私がどうしてこんなことを考えたかというと、それは子供の頃、昭和40年代ですが、東京駅から次々と発車していく寝台特急ブルートレインを、塾の帰りに寄り道をしていつも眺めていたからです。ブルートレインの行先である西鹿児島、大分、長崎、佐世保、熊本、浜田といった地名が、当時はとても遠いところで、「いつかは行ってみたい。」と思わせてくれたからで、だからと言って当時の外国のように決して行くことができないようなところではなくて、時刻表少年としては手が届く目的地だったから、あこがれの対象になりえたからです。そして、そのブルートレインにはB寝台(普通寝台)ばかりでなく、A寝台(グリーン寝台)や食堂車が連結されていて、山手線や京浜東北線の車窓から併走するブルートレインを眺めると、いいなあ、うらやましいなあという気持ちと共に、「いつか乗ってやるぞ。」と希望に燃えていたのです。

そして大人になって、20代になると、当時はすでに飛行機が幅を利かせる時代になっていましたが、今度はブルートレインのお客さんになって、並走する山手線や京浜東北線の方を見ることになるわけですが、通勤帰りの満員電車の人たちが皆こっちを見ているわけで、これはまたプチ優越感と言いますか、「向こう側からこちら側に来た。」ということで、「俺も立派になったもんだ。」などとご満悦になったのを思い出します。

 

いすみ鉄道のレストラン列車だって、時刻表に掲載されている列車ですから、一般のお客様も利用します。そういう人たちが「良いなあ、乗りたいなあ。」と思って窓の外から中をうかがう。レストランのお客様はプチ優越感に浸れる。こういう気持ちが私は大切だと考えているから、定期列車でやりたいのです。

 

これが専用列車だと、時刻表に載っていないから突然やってくる。つまり自分たちには関係ない列車で、自分たちには関係ない世界の人たちを運んでいるということになってしまいます。鉄道って、大変身近な交通機関ですから、私はそれだとなんだか違うような気がするのです。

 

私はJR九州の観光列車を昔から注目しています。今でこそななつ星などという超豪華列車を走らせていますが、ななつ星はいきなり走らせ始めたのではなくて、観光列車のスタートは、今から20年も前の話で、イベント列車だけではなくて、「いさぶろう・しんぺい」という定期列車、それも普通列車で、地域のお客様も同じ列車に乗るというところからスタートしています。そういうサービスがローカル線にはふさわしいと考えていますし、そこにその地域の特色を出せるようにすることで、手が届くところの非日常体験をお楽しみいただく。これがお金をかけずに、お客様をおもてなしして、何度も何度もリピートしていただくという観光の基本なのだと考えているのであります。