北海道の数字的考察

先月、いすみ鉄道沿線に北海道の札沼(さっしょう)線沿線の自治体4町(当別、月形、浦臼、新十津川)の町長さんがお越しになられました。

JR北海道から「札沼線が赤字だから、これ以上路線を維持するためには地元自治体が赤字負担をしてください。」と言われて、「どうしたものか。」ということで、大多喜町役場にアドバイスを求めにいらしたのです。

 

4つの町の町長さんがいらっしゃるということで、私は新聞記事をひも解いて、札沼線の赤字がいくらなのかを調べてみました。

 

 

これが昨年11月末にJR北海道が出した札沼線の赤字額の報道です。

 

札幌から北海道医療大学までは路線を存続するとして、その先新十津川までの47.6kmを維持する場合の赤字額の一覧表です。

新十津川までの全区間を維持するとしたら年間4億3700万円、浦臼までなら3億9900万円、石狩月形までなら2億5500万円、年間費用が必要ですから、この金額を地元自治体で出してください、ということのようです。

これは赤字全体の金額ですから、このうちの全部という話ではないでしょうから、あとはJRと地元自治体の交渉次第という話なんでしょうが、では、そのJRとの交渉にあたって、鉄道の維持管理、運営に関して地元自治体の担当者が全く予備知識がないというのが実際のところで、予備知識がなければ理論武装できませんから、全く交渉などできないわけで、JR北海道が「4億円ですよ。」と言われたら、4億円払うしかなくて、その4億円が払えなかれば、「では、廃止の提案書に署名してください。」というのが、ストーリーなのでしょう。

地元の自治体ばかりじゃなくて、たぶん北海道庁も理論武装できていないし、新聞社もテレビ局も理論武装できていないというのが実情なのでしょう。だから、こういう数字を出してきて、その数字を検証しようともせずに、これをたたき台にしてしまうようなことが起きているのだと思います。

 

何しろ国鉄からJRになってから30年もの間、北海道の地元の自治体は一切地元の鉄道を省みることなく、「走っているのが当たり前だ。」ということをやってきたわけで、マスコミだって何かにつけてバッシングするなど、全くJRにはやさしくはありませんでしたから、鉄道のことは何も知らない。だから、中にはまともな記事すら書けない記者もいる始末ですから、理論武装どころではありません。そういうことをずっとやってきて、ここへきてJRの方から「もうやって行かれませんから、何とかしてください。」と言われても対応などできないわけです。だから、新聞やネットにこういう赤字額の表をそのまま掲載しているのです。

 

でも、おかしいと思いませんか?

全区間での営業損失が1年間に3億6700万円ということは、1日100万円の営業赤字が出ているということになります。

本当にそうなのでしょうか。マスコミの皆さんや道民の皆さんは、こういう数字に疑問を持たないのでしょうか?

私は気になったので、ちょっと計算してみました。

 

この表に従って分析してみます。

 

北海道医療大学ー新十津川間には1日1往復の列車が走っています。

この区間は47.6kmですから、この1往復の列車の走行距離は95.2kmです。

北海道医療大学ー浦臼間には1日5往復の列車が走っています。

この区間は33.8kmですから、合計5往復の走行距離は338kmです。

北海道医療大学ー石狩月形間には1日1往復の列車が走っています。

この区間は14.4kmですから、1往復の走行距離は28.8kmです。

 

以上の計算から北海道医療大学ー新十津川間の1日の列車の走行距離は

95.2+338+28.8 = 462kmになります。

 

札沼線のこの区間は非電化区間で1両のディーゼルカーが行ったり来たりしています。

いすみ鉄道のムーミン列車はJRのディーゼルカーに比べると少し小型ですから、燃費はだいたい1リットルあたり2km換算です。

JRのディーゼルカーの燃費をいすみ鉄道の国鉄形キハ28やキハ52の平均値を用いて仮に1リットル1kmと換算すると、1日当たり462リットル燃料が必要になります。

使用する軽油は基本的には免税給油ですが、仮に1リットル100円と換算した場合、462リットルですから、1日当たりの燃料代は46200円ということになります。

車両の維持管理費と線路の維持管理費は別途表中に記載されていますから、あと考えなければならないのは人件費ですね。

ワンマン運転で、駅は全部無人駅。短距離の単行列車が1日7往復。運転士は最大3名いれば足りるでしょう。

JRの高い人件費を考えて、1日1人3万円で計算したとしても1日9万円。

営業費用としての大きな数字は、燃料代46200円に人件費が9万円。合計で14万円もかかりません。

そして、これは、運賃収入がゼロの場合ということになりますから、実際には数千円程度の運賃収入はあるとして、1日の赤字額は13万円ということになります。

これはいすみ鉄道の社長として、自分の所の列車の運行を考えたら、「こんなもんだろう」と思う数字です。

 

ところが、JRに計算させると、1日の赤字額が100万円になってしまうわけで、例えば、1日13万円を沿線4町で負担するならおそらく実現可能な数字でしょうけど、1日100万円を提案されてしまえば、「そんな金額は無理ですよ。」となるでしょうし、だとすれば「廃止もやむなし。」となってしまうでしょう。

営業費用を見ただけで、そういう数字ですから、構造物の維持費用や車両の更新費用の金額だって、根拠はどんなところにあるのかわかったものではありません。自分たちの関連事業者の職員を養うための高い工事見積もりをもとにしているのかもしれません。

 

さて、前回も書きましたが、直近のJR北海道の赤字金額は年間500億円を超えています。

1年は365日しかありませんから、年間赤字が500億円を超えているということは、1日当たり1億数千万円の赤字が出ているということになります。

この数字もおかしいと思いませんか?

多分、札沼線と同じように列車の走行キロ数を出して燃費や電力費を算出してみれば、1日当たり1億数千万円の赤字になるはずはないと思います。

だとしたら、何か会社の構造上の大きな欠点や問題点があるはずで、まず、その部分にメスを入れて構造上の問題点をしくみから変えない限り、車内販売を取りやめて人件費を抑制しても、駅を無人駅にしても、根本的な解決にはならないのです。

 

例えば、北海道新幹線の年間の赤字は60億円と言われています。

赤字が膨らんでにっちもさっちも行かなくなっている会社が、どうして60億円もの赤字をさらに抱えてまで新幹線をやらなければならないのでしょうか。それも青函トンネルから函館までの区間だけですから。

こういうことを考えると、根本的に解決しなければならない問題は他に存在するはずで、まずはその部分の構造的な何かに手を着けるべきなのですが、それはやらないみたいです。

そういう自分たちが内包する根本的な赤字構造を改革することをしないで、沿線自治体に、「赤字の分の補てんをしてください。」とか、「路盤の維持管理の費用を負担してください。」と言ったところで、沿線自治体にとって見たら、お金の有効活用どころか、お金をどぶに捨てることになるのです。

 

そして、そういうことを言う人がマスコミにも行政マンにも、北海道には誰もいらっしゃらないようなので、私が声を大にして代弁しているのです。

 

なぜなら、こういう前例を北海道で作ってしまうと、そういう成功事例を全国的に適用しようとする人たちですから、必ず東日本にも飛び火してくるわけで、そうなると千葉県にだって火の粉は飛んできます。

だから、津軽海峡の向こうの火事の話ではないということです。

 

千葉県やいすみ鉄道沿線自治体の関係者の人たちにこんな数字を見せたら、すぐに電卓をはじき出して、10分後には「この数字はおかしいですねえ。」というに決まっていますが、北海道の人たちの場合は、誰もそういうことを言わないということは、今まで30年間、鉄道に対してあまりにも無関心できたことのツケが今来ているように感じますが、全国的に見ると、鉄道に対して、「赤字だ、黒字だ」と言い続けてきたツケを払わされないように、今から理論武装しておく必要があるのです。

 

この週末、私は札幌へ出かけてきたお話をしましたが、北海道の列車は厳しい気象条件の中、しっかりと走っていました。

前日には石勝線で貨物列車が脱線していた形跡が発見されてダイヤが乱れたようですが、翌日にはほぼ平常運転に戻っていました。

その理由は、日曜日は国立大学の試験日だからで、何とか受験生の足を確保しようと、職員の皆様方が一生懸命復旧させたからです。

設備や車両は老朽化する中で、それでも列車はちゃんと走っている。これはどういうことかお分かりになりますか。

列車が時刻通りに走っているのは、そこに人がいるからです。

列車の運行をしっかり支えている職員の皆様方がいらっしゃるのです。

 

もちろん経営ですから数字は大切です。

でも、そこに働いている人を忘れてはいけません。

なぜなら、私は会社というのは人だと思っているからです。

 

私が声を大にして「これはおかしい。」とか、「こんなやり方ではダメになる。」と申し上げるのは、そこに一生懸命働いている人たちがいて、快適に列車を利用して旅の思い出を作っているお客様がいて、鉄道を守ろうと頑張っている地域住民の皆様方がいるからなのです。

そういう「人」の存在を忘れてはいけないからです。

 

人のことを忘れて、お金の話しかしないような会社には将来はないのですから。