「いもや」の天丼

懐かしいふるさとのお話。

 

神保町の「いもや」が3月末で閉店するというニュースが流れて、衝撃が走っています。

天丼専門店で、天丼しかないお店。

腹を減らしていた学生の頃、よく食べに行きました。

 

40年近く前なのではっきりとは覚えていないけど、天丼は450円ぐらいだったかな。

大盛りは50円か100円プラス。

腹が減ってるから大盛りを頼むでしょ。お腹いっぱいになって、「ごちそうさま」って言うと、おばさんがカウンター越しに丼の中を覗き込んで、ご飯つぶを一粒残さず食べていると、「450円ね。」と言って並盛の値段しか取りませんでした。

そんな下町の人情にあふれるような経営者で、貧乏学生にはありがたいお店でした。

 

今の人たちはどうかわかりませんが、昭和40年代から50年代にかけては、まだまだ腹を空かせた若者が多かったと思います。

テレビのCMなどに出てくる宣伝文句は必ず「栄養豊富」とか「滋養強壮」などと書かれていて、栄養をたっぷり摂取できる食品を提供することが食品業界の使命のようなところがありました。

学生街で私がよく行っていた店の名前に「キッチン・カロリー」というお店がありました。

とんかつ、コロッケなどの揚げ物やハンバーグなどを安価で提供する学生向けのお店でしたが、とにかくお店の名前を見ただけで、栄養たっぷりなものを安く食べさせてくれることがよくわかるネーミングですね。

 

今の時代は、同じものを食べるのであればできるだけ栄養が少なくて、カロリーが控えめなものがもてはやされるのが当たり前の時代になりましたが、当時はできるだけ安い値段で栄養たっぷり、腹いっぱいにさせるのが食堂の使命でしたから、そういう「栄養豊富」の時代に育ったおじさんとしては、同じお金を払うのだったら、できるだけ嵩がはって腹持ちの良いものを選ぼうとする習性があるわけで、そういう貧しい思考のおじさんは、悲しいことに当然のようにメタボ体形まっしぐらの道を歩んでしまうのです。

 

腹を減らした若者たちに、できるだけ安い値段でたっぷり栄養を付けてもらおうという、実にありがたい「経営方針」のお店でしたが、ひとつの役割が終わったということなのだと思います。

 

私が経営のお手本にさせていただいているのが中内功さんが立ち上げた「主婦の店ダイエー」。

昭和30年代の日本は腹を減らした子供たちがたくさんいて、そういう子供たちに「たっぷり牛肉を食べさせてあげたい。」「オレンジジュースをお腹一杯飲ませてあげたい。」という信念のもと、世の中の仕組みを変えて、国に法律を変えさせてまで頑張られて会社を大きくされました。

そのお陰で、今の日本は牛肉も、オレンジジュースもふつうになりました。

私が子供の頃、昭和40年代の話ですが、関東では肉といえば豚か鶏が当たり前で、牛肉というものはほとんど庶民の食卓に上りませんでした。

オレンジジュースというのは粉末を水に溶かしたものが当たり前で、果汁100%のジュースなどありませんでした。

 

そういう時代に、庶民に貢献して、日本という国に大きく貢献したのがダイエーでした。

 

ところが、時代と共に世の中が変わってきて、せっかく庶民のために頑張ってきたダイエーが、無くなってしまいました。

「いもや」もそうですが、どれだけ地域貢献しても、社会貢献しても、時代の変化にきちんと対応できないと、地域からも社会からも淘汰されてしまうということが、商売の厳しいところですね。

 

そういうことも含めて、「いもや」のおばさんからも、ダイエーの中内さんからも、いろいろ勉強させていただきました。

 

ひとつの時代が終わったということになるのでしょうが、日本全体が貧しかった当時、欠食児童を経験している50歳以上のおっさんたちにとってみれば、どちらもありがたいありがたいお店だったということは間違いないでしょう。

 

ありがとうございました。