交通都市伝説 3

新幹線か飛行機か?

 

その選択基準は「3時間の壁」と呼ばれてきました。

東京ー新大阪間の新幹線の所要時間は、国鉄時代は長い間3時間10分でした。

JRになって、所要時間がどんどん短縮していき、「のぞみ」の登場で今では2時間40分。

3時間の壁を完全に越えました。

つまり、「3時間の壁」が正しければ、東京ー大阪間の輸送は今では新幹線の独占状態になっているはずですね。

 

でも、実際に東京(羽田)-大阪(伊丹)間にはワイドボディーのジェット旅客機が30分に1本飛んでいて、今ではなかなか座席の予約ができないほど混み合っています。

お客様は「3時間の壁」など関係ないように、利用客が増えています。

つまり、「3時間の壁」というのは、わたくし的にはどう考えても都市伝説だったのです。

 

そうしたら21世紀になったあたりから、今度は「4時間の壁」と言われるようになりまして、今では「4時間の壁」がすっかり定着しました。なんだか言い訳みたいに感じます。だって、「3時間の壁」を切った東京ー大阪間で、今でも飛行機が満席なんですから。つまりは都市伝説だったということなのに、1時間延ばして「4時間の壁」と言ったところで、やっぱり都市伝説なんじゃないかなあ。

 

「4時間の壁」は、北海道新幹線が新函館北斗まで開業したときに目指したのがこの4時間の壁をどう切るか。

ところが、青函トンネル内で高速運転が制限されるため、東京駅から新函館北斗駅までの所要時間は4時間2分。

あと2分がどうにもならなかったのです。

じゃあ、あと2分切れれば、人々は飛行機に乗らないで新幹線を利用するのでしょうか?

 

そう考えると、これもまた都市伝説なのではないでしょうか。

 

というのも、東京から地方都市を結ぶ場合、例えば、東京から富山への交通を考えた場合、富山県の人は東京に用事がある時は、たいてい都内23区内か、浦安の遊園地か幕張の展示会場か、多くの人はだいたいそのあたりに用事があるはずです。

立川や町田など都心から離れたところに用事がある人は少数派だと思います。

だから、当然新幹線が便利なんです。

飛行機で行けば羽田空港からまた別の交通機関に乗って、たぶん何度か乗り換えなければなりませんが、新幹線であれば、東京駅か上野駅に直通しますから23区内に用事がある人にとってみたらとても便利だからです。

 

では、東京の人が富山へ行く場合はどうでしょうか。

この場合、東京の人というのは23区内や浦安に住んでいる人ばかりではなくて、神奈川県の人もいれば埼玉県の人も千葉県の人も東京の人と考えられますから、そういう人たちが富山へ行く場合、埼玉県や千葉県の一部の人なら上野や大宮へ出るのは便利でしょうけど、東京近郊の多くの地域の人は、新幹線に乗るために東京駅や上野駅に出ることを考えたら、羽田空港まで自宅の近くから高速バスで出かける方がはるかに便利な人が多い。だから、東京駅から富山駅まで、最速の新幹線は確かに2時間15分ほどで到達するけれど、新幹線の駅まで満員電車に揺られて行くことを考えたら、自宅の近くからバスで羽田空港まで出る方が精神的にも肉体的にも楽だと思う人が多いですから、3時間の壁を切っていたとしても、飛行機を選択する人たちはある一定のボリュームが存在するのです。

これは市内から空港がどのぐらいの距離にあるかということも大きな要因になりますから、金沢になるとなかなか不利なんですが、富山だったら十分に可能性があると私は考えるのです。

 

つまり、交通学者が以前から言ってきている「3時間の壁」や「4時間の壁」ってのは、その時はもてはやされたロジックかもしれませんが、そもそも交通というのは2地点間の所要時間だけを論じることそのものにあまり意味がありませんから、ロジックのように見えてロジカルではないということ。都市伝説なんです。

 

でなければ、なぜ、新幹線で2時間40分で行かれて、待たずに乗れるほど本数が出ている東京ー大阪間に30分に1本大型の飛行機が飛んでいて、それが朝から晩まで満席なのか。説明がつかないのです。

 

世の中には、まことしやかに語り継がれている都市伝説、つまり、大嘘、出鱈目がたくさんありますが、交通関係でもいろいろな所に都市伝説が存在する。そういうことが、長年交通を見てきていると、よくわかるのであります。

 

さて、ではなぜ私は今日のお話で富山空港を引き合いに出したか。

それは、北陸新幹線が開業した後、富山空港も小松空港も航空旅客が当然のように伸び悩んでいるからでありますが、その伸び悩むことをあらかじめ「想定内」として、富山県は富山空港の利用活性化策をいろいろ取って来ていて、その富山県のお手伝いを私がさせていただいているからです。

 

その富山県の交通政策課の考え出した利用活性化策がこれです。

 

 

飛行機を利用して富山空港から白馬へスキーに行きましょう。

というキャンペーンです。

 

白馬八方は皆様ご存知のように長野県です。

その長野県の観光地への交通の便を富山県が用意するのですから、ふつうならば考えられません。

でも、それをやってみようというのです。

なぜならば、観光というのは行政のエリアでくくるモノではないからです。

市や町が観光政策をとるのは、当然自分の市や町の観光地だけ。

県単位で観光を考えると、当然自分の県だけのことになります。

でも、観光客は自宅を出てからのすべての行程が観光ですから、自分の所だけを宣伝して、自分の所だけにいらしていただこうというような考え方は、本当は通用しないのです。

だから、白馬八方へのスキー客に富山空港経由で行きませんか? というお誘いなのです。

 

もちろんこのバスは富山駅で新幹線に接続するようになって、始発の新幹線で東京を出れば合流できますが、始発の新幹線は東京駅を6時15分。始発の飛行機は羽田空港を7時55分ですから、23区に住んでいる人ならともかく、東京都下、神奈川、千葉方面から八方へスキーに行こうと思ったら、高速バスで羽田空港に行った方が、大きなスキーを抱えて行く人にとってみたら、ずいぶん便利なのではないでしょうか。

 

「混雑した東京駅で荷物を持ち運ぶ必要はありません。」

とは、実にいすみ鉄道社長的言い回しですが、別にこれは新幹線の会社を批判しているわけではなくて、本来人にやさしい乗り物であるはずの鉄道が、実は人にやさしい乗り物としてあまり機能しなくなっているという現状を、利用者の立場から言っているのです。

特急列車で飲まず食わずを強いられるのはまだよい方で、電車や線路が故障して電源が切れた満員の車内で長時間缶詰になったり、駅と駅の間で線路に降ろされて歩くなんてことが日常茶飯事になっているのが今の鉄道だとすれば、長年言われてきた「鉄道は人にやさしい乗り物です。」ということすら都市伝説に聞こえてくるのです。

そして、お客様は利用するからには自分で覚悟を決めて、自己責任で利用しなければならないのですから、だったら「こういうコースもありますよ。」と富山県のように新しく提案して、お客様に選んでいただくことで、新しい需要を開拓できるのではないでしょうか。

そういう意味で、「混雑した東京駅で荷物を持ち運ぶ必要はありません。」ということで、飛行機であれば、空港についてカウンターで預けてしまえば、あとは多少歩いても気になりませんが、新幹線だと、地下ホームから地上ホームまでずっと荷物を持ち運ばなければなりませんから、今の人たちにしてみたら、そういうことも意思決定の大きな要因になるのだと思います。

 

また、鉄道というのは国ごとに独特の利用方法があります。

指定席なのか自由席なのか。

特急に乗る時は特急料金が必要なのか無料なのか。

切符の売出日はいつなのか。

切符はどこでどうやって買うのか。

駅にはどのぐらい前に到着していたら良いのか。

切符は目的地まで持っていなければならないのか、それとも乗って席に座ったらもう捨てても良いのか。

などなど、その国、その地域の勝手知ったる人にはあたりまえのことでも、旅行者、特に外国人旅行者には理解するのが難しい。

でも、飛行機はだいたい万国共通のシステムで運用されています。

インターネットで切符を買って、空港で搭乗手続きをして荷物を預けて、あとは搭乗口へ行くだけ。機内に入って出発したら、「切符を拝見いたします。」なんてことはないし、ましてや目的地に到着して飛行機を降りるときに、「もう一度切符を見せろ。その時に持ってなければ再度買い直してもらうぞ。」なんてことはありませんから、旅行者、特に外国人旅行者には実に利用しやすい乗り物なんです。

そして、今、日本の若者が鉄道離れしている時代になっているということは、将来的には日本の若者も、新幹線は乗り方が難しいけど、飛行機なら乗れるという時代になるのですから、そういう時代をにらんで、せっかく飛行機が今飛んできてくれているのですから、それを上手にプロデュースして観光振興につなげましょう、というのが今回の富山県のキャンペーンだと私は考えます。

 

バスの時刻表をよく見てください。

富山県が長野県の白馬の観光キャンペーンを貼っているように見えますが、帰りのバスが富山空港に到着してから、羽田行の飛行機の時間まで2時間以上あります。

ここがミソですね。

実は富山空港には、回転寿司屋さんが入っていて、それも、回転寿司とバカにできないほどのクオリティーなんです。

白馬でスキーをやってきたお客様が、最後に東京に帰る前に富山空港で地元の魚を使ったお寿司をいただく。

旅の思い出の締めくくりが、富山湾で採れたお魚と富山のおいしいお酒というコースですから。それも、回転寿司だから2~3000円もあれば十分満足できるわけで、駅弁だって1000円じゃ買えない時代に、大変リーズナブルな富山のおもてなしだと私は思います。

 

空港利用者が減れば、テナントで入っているお店だって下手すりゃ撤退してしまう時代です。そういう時だからこそ、きちんとこうやってコースに組み入れれば、お互いにwin winになれるでしょうし、そうすればお客様は一番喜びますから、「三方よし」の商売の基本原則がしっかりと守られるのです。

 

ところで、こういうコースは全く新しいコースですから、世に知れ渡って浸透するのに時間がかかります。

おそらく当初はなかなか集客に苦しむかもしれませんが、2~3年続けていれば効果が出ると思います。

だから民間事業者ではなくて県がチャレンジすることが重要なのです。

ただ、空港連絡のバス輸送ですから、飛行機が150席程度、バスは50席程度ですからそれほど大きな冒険ではありません。

つまり、やってみる価値は大いにあると思います。

 

新幹線ができれば飛行機はいらない。

そんな都市伝説に縛られることなく、新しいチャレンジをすることができるのはどうしてか。

 

それは、富山県庁に交通の専門家のチームがあるからだと思います。

そして、そのチームの皆様方が参考にしていただいているのが、いすみ鉄道なのであります。

 

 

ああ、のどぐろの昆布締めが食べたくなってきたなあ・・・

 

年明けたら行ってみるかな。

待ってろよ、のどぐろ!

 

(つづく)