なぜ国鉄形なのか? つづき

いすみ鉄道で国鉄形の車両を走らせることは、沿線風景を引き立たせ、昭和の日本の良さを味わっていただくことで、観光でいらしていただいたお客様に懐かしさを感じていただこうというのが、「戦略」の基本にあります。

最近ではレトロブームと言われていて、地下鉄銀座線がわざわざ見かけの古い新型電車を作ったりしていますが、これは、ある意味文明が行きつくところまで行きついて、日本人がこういう古いものを振り返る心の余裕ができてきていることの証明のような気がします。

先日も申し上げましたが、30年もすると社会の中心で活躍している人間が入れ替わりますから、人の考え方も変わりますし、世の中そのものも変わります。これは何も今だけの話ではなくて、いつの時代にも言えることで、そうやって文化や文明が継承されてきたのですが、特に最近では世の中の変化が激しいですから、例えば鉄道車両や自動車だけでなく、住んでいるところや買い物に行くお店、レストランの内装やメニューの書き方、商品の陳列方法などが30年前と比べると大きく変化しています。そして、その変化を経験してきた人間としては、昔を懐かしむ気持ちが大きくなります。これがいわゆるレトロブームでありますが、レトロというのはあくまでも外観上の見かけの問題であって、いすみ鉄道が走らせている昭和の国鉄形ディーゼルカーも、昔は全国あちらこちらで走っていた鉄道車両が、今はもういすみ鉄道でしか見ることはできないというところに価値があって、それがレトロ感満載なので、昨今の昭和ブームも相まって、お年寄りから若者まで、人気があるのだと思います。

 

ところが、レトロブームというのはそれだけではないと私は考えています。銀座線の車両が新車にもかかわらず、わざと古く見せかけているのは、いすみ鉄道のキハ20と同じく「レトロ感満載」なわけですが、そのレトロというのはレトロ風と言われるようにあくまでも見かけの問題であって、実は、そのレトロ感満載の外観を見た受け手である人たちは、「なんだか懐かしいなあ。」という気持ちになるからレトロがブームになるわけで、これは実は心の内面の問題なのであります。つまり、レトロが見かけの問題であるのに対し、心の内面のに起こるのは「ノスタルジー」というわけでありまして、一人一人が、それぞれの過去に照らし合わせて、「ああ、あの頃はこうだったなあ。」ということを懐古するわけで、それが文化的な深みなのであります。

 

世の中にはいろいろな人がいますから、古いものなど興味がないという人たちもたくさんいます。でも、古いものは良いなあという人たちもたくさんいるわけで、これがビジネス的に言うと、いわゆる顧客になりえるかどうかというターゲット層なわけですが、都会の大きな会社ならば新しいものを好むお客様に対して新しいものを作って商品供給ができますが、田舎のお金のない会社にしてみたら、新しいものを好まれるお客様に対しての商品供給はできませんから、当然、ローカル線の戦略としては、ノスタルジーに訴える方法を取るのが適していて、そう考えるとローカル線という会社だけではなくて、地域や沿線風景も、ノスタルジーで勝負するのが一番合理的であり、非日常体験が旅だと思っていただける顧客層にターゲットを絞れば、そこにはある一定の鉱脈が眠っているのは明らかであって、お金もなく、受け皿も小さい田舎が取るべき戦略としては、そういう少数のマーケットを狙いに行くことが一番手っ取り早いですから、私はその部分で「需要の創造」を行っているわけです。

まして、ノスタルジーというのは一人一人の心の内面の問題でありますから、そういうお客様は、自分で勝手に想像を膨らませ、思い出に浸ってくれるわけで、実に手がかからない。モノも金も人もない地域や会社が、堂々と都会や大きな会社と渡り合えるというのも、このノスタルジーでありますから、そのためのレトロなのだと私は考えています。

 

さて、そのレトロな昭和の国鉄形ディーゼルカーを走らせて、ノスタルジーを楽しんでいただくことで、会社としては手間のかからないビジネスを展開してみると、予想しなかったことが起こりました。それが、「共通の懐かしさ。」なんです。

40代以上の鉄道ファンなら、キハ52とかキハ28が今でも走っているということに価値を見出してくれますし、それなりのお金も落としてくれます。でも、それでは眠っている鉱脈の層としては薄いのですが、実際にやってみると、鉄道ファンでもなんでもないおじさんやおばさんたちが、「あら、懐かしい。」と言ってくれることに気が付きました。

その言葉の後には、「昔、乗ってたわ~」「こういう汽車で学校へ通っていたんだ。」という言葉が必ずついてきます。

それが国鉄形の力だということに気づかされたのです。

 

どういうことかというと、国鉄形って全国区なんです。

30年前までの国鉄は、車両も全国共通で、寒冷地向けとか温暖地向けというように、多少の車両の仕様の違いはあるにしても、キハ52もキハ28も、北から南まで全国で走っていましたから、東北出身の人も、北陸の人も、山陰の人も、四国の人も、九州の人も、キハ52やキハ28のような国鉄の列車に乗って学校へ行ったり旅をした経験があるわけで、そういう人が、いすみ鉄道にやってきて、キハが走っているのを見ると、「わあ、懐かしい。」となるのです。

日本全国の皆様方が、いすみ鉄道沿線地域に初めてやってきたにもかかわらず懐かしい場所になって、心に刻まれるという仕組みがあるのです。まして、いすみ鉄道沿線には昭和の田園風景が広がり、漁港では賑やかな朝市があって、特産品などおいしいものがたくさんある。それが東京から1時間ほどで来られるとなれば、これは注目されるのが当たり前だと誰もが思いますよね。

これが、いすみ鉄道の戦略が功を奏しているということなのです。

 

おいしいものが取れる地域など全国にいくらでもあります。

漁港だって、もっと立派な漁港はいくらでもあります。

お城があると言ったって昭和50年の復元城だし、もっと歴史があるお城は他にたくさんあります。

どれをとっても、特段他と差別化できる要素はありませんから、全国区にはなかなかなりえなかったわけですが、そこに走っているローカル線と組み合わせることで、現実問題としてわずか数年で全国区になったわけですから、これは昭和の国鉄形の威力であり、地域を巻き込んだいすみ鉄道の戦略であり、だとすれば、いすみ鉄道のやり方なら、モノも人も金もない全国どこの地域であっても、ローカル線をうまく使えば必ず全国区になるわけで、こういうことが今求められている地方創生ということなのではないでしょうか。

 

なぜならば、いすみ鉄道のような国鉄の特定地方交通線というのは、30年前に国が廃止すると言った鉄道を、国に逆らって地域の人たちが残した鉄道であって、駅の掃除や沿線の草刈りはもちろんのこと、毎年の赤字補填までして自分たちの力で自分たちが守って来た鉄道でありますから、今、そういう鉄道があることが、地域のプラスになって、地域の広告塔になれれば、鉄道を守って来た地域が少しでも栄えるのではないか。だとしたら、鉄道を廃止してしまった地域と、努力して残した地域とで、当然差が出ても良いのではないかと私は考えるわけで、とどのつまりは、ローカル線は使いようであるということなのです。

 

さあ、全国のローカル線沿線地域の皆様。今、まさに自分たちの行動力と力量が問われているわけで、それはここ数年で結果を出すことが求められています。地方創生というのはそういうことで、国が今、ばらまきと言われていますが補助金を蒔いています。でもそれは決してばらまきではなく、蒔いているのは将来への種なんです。

その種をきちんと育てることができるか、それとも、その種を食ってしまうか。それが地方に求められる力量です。

もし、育てられずに、もらった種を当面の糧として食ってしまうところがあるとしたら、もう次に種はもらえません。

その地域は、せっかくのチャンスを失うということ。これが地方創生です。

日本全国の田舎の地域が今後も生き残れる時代ではありませんから。

だから、ローカル線がある地域は、ローカル線を上手に使って、上昇気流に乗れるチャンスなんです。

 

来週はある道府県庁の交通政策部門からお招きをいただいております。地元のローカル線をどうしたらよいかというご相談です。

私にとって見たら、そのローカル線は宝の山です。ところが地域としてはどのように使ったらよいのかわからない。でも、今、いすみ鉄道でやっていることを目の当たりにして、そこにヒントを見つけられたのでしょう。

私はその地域の皆様方には以前から申し上げておりますが、いすみ鉄道が幕下から何とか這い上がってきた現在の「宇良」のような存在であるとしたら、そのローカル線は横綱です。

その横綱の価値を、ここへきてその道府県の偉い人たちが気づいたようです。

それは、ただ単に、「交通政策上」の価値ではなく、もっと他にいくらでも使い道があるという価値です。

そういうところは、私が知る限り、今、全国の7道府県に及んでいます。(千葉県を含めると8です。)

そして、おもしろいことに、それらの地域が抱えるローカル線というのは、すべて元国鉄なんです。

だったら、いすみ鉄道でやっている国鉄形や国鉄色が使えるじゃないですか。

つまり、昔懐かしいふるさとの鉄道を演出することで、全国区になれるし、地域も、その地域の特産品も全国区になれるし、モノも金も人もない地域だとしても、ありのままの姿で勝負できるのではないでしょうか。

 

そして、レトロとか、ノスタルジーというのは人間社会の中では普遍的なものですから、いつの時代にも通用する戦略だと私は思うのです。

 

国鉄からJRになって30年。

ちょうど今、ノスタルジーの対象として国鉄形や国鉄色がその威力を発揮できるチャンスが来ていると私は考えています。

そういう追い風を養分として、いただいた種をきちんと育て上げることができれば、田舎だって生き延びられる。

でも、その種を食ってしまっては、もうその地域は消滅する。

なぜなら、人口が減っているのですから、何もしなければ、消えて行くしかないのです。

 

国鉄形というのは、そういう意味で実に重宝する戦略の重要ポイントなのであります。

 

 

どうです。いい景色でしょ?

 

▲渡辺新悟さん撮影。

 

だって3月上旬で、山の中の終着駅の上総中野がこれだけ賑わうのですから。

でもね、これは夢でも奇跡でもありません。事実なんです。

だとすれば、日本全国どこの田舎にだって可能性があるはずです。

あとは、いらしていただいているお客様を、どうやって自分たちの収入に結び付けるか。

地域経済に結び付けるか。

それにはきちんとした戦略が必要なのですが、それができるかどうか。

これが地域に問われていることなのであります。

 

(おわり)