現代版航空旅行用心集 「受託手荷物について」

先日、全日空が羽田空港出発便の受託手荷物を乗せないで出発する「事件」が発生しました。

羽田空港を管理する会社の設備が動かなくなったことが原因ですから、航空会社としては被害者であるかもしれませんが、そんなことはお客様には関係ありませんから航空会社の失態としてマスコミで大きく報じられていました。

 

飛行機に乗るときにカウンターで預ける手荷物(受託手荷物)は、航空会社が預かる際にいろいろな条件を付けて預かっているのはご存じだと思いますが、その条件の中には、火薬や劇薬物など保安上入れてはいけないものばかりではなくて、お預かりする際に航空会社としては責任をとれない理由で入れてはいけないものと言うのがあります。まあ、簡単に言うと現金や有価証券などは紛失しても責任は取れませんし、腐りやすいものや薬などは到着遅延が発生して、内容物が変質したり、予定の時刻になっても薬が服用できないなんてことがあっても、航空会社はクレームを受け付けることをしません。

 

こういうことは航空旅行の「常識」なのですが、航空旅行が急速に発展し、飛行機が庶民の乗り物になっている現状を考えると、そういう基本的な知識を持たないお客様が多くいらっしゃるということもある意味「常識」です。

今回のトラブルは、原因はともかくとして、そういう航空会社側の「常識」と利用者側の「常識」の違いが露呈した形になったわけで、ひと言でいうと、お客様が「けしからん」と騒いでいるほど、航空会社側は「申し訳ない」と思っていないわけです。

その理由は、お客様が入れてはいけないものを入れていたことによる迷惑をいくら訴えたとしても、運送約款上では受託手荷物というのは、そもそもお客様と同じ飛行機に乗せて運びますというお約束を航空会社はしていないわけで、やむを得ず同一便に搭載できなかった場合は、できるだけ速やかに運ぶというお約束を全日空としてはきちんと果たしているからなのです。

 

だから、お客様の側がどんなにクレームをしても、そのクレームをすること自体が根拠のないことになりますから、航空会社としては荷物が遅延したことに対して「申し訳ございませんでした。」と誤りはしますが、「本当に申し訳ないと思っているのなら、損害賠償しろ。」と言うお話は先に進まないのです。

 

では、出発地の飛行場でお預かりした手荷物は、本当にその持ち主であるお客様と同じ便で運ばなくても良いのか? と言うと、実はそんなことはなくて、必ずお客様と同一の便に搭載しなければならない義務があります。それがセキュリティー、つまり安全上の規定です。

例えば、荷物を預けたお客様が飛行機のゲートに現れなかったらどうでしょうか?

こういう場合は、その手荷物に何らかの仕掛けをして飛行機を墜落させようとしていることが考えられますから、預けたお客様が搭乗口に現れなければ、その荷物を飛行機から降ろさなければなりません。航空会社が「お客様と手荷物は同一便で。」と考えているのはこの部分です。

手荷物は預ける際にX線などで検査をしているから大丈夫だ、ということではありません。

もし、そういう悪いことをするような人であれば、預けるときにどんな悪だくみをしているかわかりませんし、係員が見落としている場合だって考えられますから、一律の規定を設けて、「お客様と手荷物は同一便で。」となるわけです。

そして、これはお客様側の意志で飛行機に乗らない時に適用される規定ですから、今回のようにお客様の意志ではなく、設備の故障などの不可抗力で飛行機に荷物が搭載できない場合は、荷物を載せないまま出発しても良いということになるのです。

 

「手荷物を積んでいないことが出る前にわかっているのに乗客にアナウンスしないのはけしからん。」

と怒っている人もこの時にはたくさんいたようですが、では、出発前に「荷物を搭載していない」とアナウンスをしたらどういうことが起きるでしょうか?

「そんなの困るから、私は降ります。」という人がたくさん出てきます。

いったん機内に乗り込んだお客様が、自分の都合で「降りる」と言い出すのは、これもセキュリティー上の規定で認めることはできません。なぜなら、その人が機内に何か運航を妨げる仕掛けをした可能性があるからで、持ち込んだ手荷物をすべて降ろさなければならないのですが、自分の都合で「降りたい」というお客様が、いくら「私の手荷物はこれだけです。」と言ったところで信用できませんから、全員のお客様にいったん降りていただき、機内を点検したうえで再搭乗という段取りをしなければならない。そうなると1時間以上飛行機の出発が遅れます。

機内には、荷物を預けた人もいれば、預けなかった人もいる。国内線の場合は荷物を預けていない人の比率の方が多いですから、その飛行機の多くの人がとばっちりを受ける。

この飛行機の折り返し便にもご予約のお客様がいらっしゃいますし、今駐機しているゲートだって、到着便が次に使用するスケジュールが組まれています。

機長というのは運航の責任者ですから、そういうことをトータルに考えると、「乗客には知らせないままこの飛行機を出発させる。」という判断は実に的を得ているというか、当然のことなのです。

 

このセキュリティー上の判断で重要となるのも「お客様側の理由」なのか、「航空会社側の理由」なのか、という部分で、例えば、いったん乗り込んだお客様でも、他人に迷惑をかける可能性があるとか、航空券やパスポートがニセモノだったとか、そういう理由で、航空会社側からの指示でお客様に降りていただく場合は、全員を降機させる必要はありません。

この考え方で、「お客様と荷物は同一便」という原則も、「搭載しないまま出発する。」という判断ができますし、ましてお客様と取り交わしている運送約款上では同一便での輸送は「明確に」保障されていないわけですから、今回の全日空の判断は、お盆の多客期でありながら、実に素早く的確だったということになります。

 

では、積み残しになってしまった荷物はどうなるのか。

当然次の便に搭載することになるのですが、次の便にしてみたら「お客様のいない荷物を搭載する」ことになります。

これは荷物であって貨物ではありません。業界用語でいうところの「Rush Bag」という扱いになるのですが、貨物の保安基準と荷物の保安基準は異なりますので、こうなると別の保安規定が適用されます。つまり、もう一度保安検査を通さなければ、後続便に搭載することはできないのです。

次の便に搭載するまでのわずか1~2時間で、ベルトの途中に引っかかったのも含めて数千個のカバンをどうやって再検査したのか。

ニュースの画像で後から届いたカバンを見る限り、通常「Rush Bag」に通常付いている「Rush Tag」がありませんでしたから、どうやってセキュリティーを通して、どうやって目的別に搭載したのか、私としては疑問が残る部分もありますが、私が航空会社にいた時代と違って、今はインラインセキュリティーの時代ですから、そういうこともすべて人の手を介さずにやれるシステムになっているんでしょうね。

いちいち札を付け替えなくても、運搬ベルトのセンサーがバーコードを読み込み、コンテナに搭載する係員が、再度センサーでタグを確認すれば、タグには前の便の表示があっても、搭載可となるのでしょう。

 

余計なことを言うと笑われそうですから、本日のところはこの辺で。

 

(つづく)