自分にできることとお客様が望むこと

私の仲の良いお友達の一人に首都大学東京の矢ケ崎紀子先生がいます。
先生は観光、ツーリズムの専門家で、以前から私がやっているいすみ鉄道の観光鉄道としての将来性を高く評価してくれていますが、11月の下旬に国交省の記念講演で先生にお会いして、お話を聞く機会がありました。
「観光というのは地域の活性化、地域再生のためには大変有効なツールです。ただし、ツールと言うからには使い方を間違えないようにしなければなりません。観光と言うツールは独特の癖がありますから、その癖を理解したうえで使うことが必要なんです。」
それが先生の持論ですが、私もまったく同感です。
短い時間のお話の中では、その持論をかみ砕いて説明していただくことはできませんでしたが、日本全国で町おこしや地域再生が行われている中で、うまくいっているところと失敗に終わったところの明暗が完全に分かれているというのが現状だと思います。
その現状を見極めて、理解することが、観光客誘致や、それによる地域再生、活性化には一番の近道であることは間違いないと思うのですが、それぞれの地域に落とし込んでみると、はたして全国の失敗事例を丁寧にトレースしているようなことが平気で行われていることが多いのではないでしょうか。
その原因として挙げられるのは専門知識の欠如によるものがほとんどで、つまり、勉強不足なんですね。
地域にはリーダーと呼ばれる人たちがいます。
そのリーダーたちが顔役や世話役(つまり名誉職)になっているわけですが、そういう人たちは高齢の方が多く、なかなか臨機応変に動けない組織になっていることが多いのです。
観光というのは外からお客様にいらしていただくことですから、時代の流れやニーズを的確に把握して情報を発信していかなければなりませんが、名誉職の方々が得意とするのは過去の経験に基づいた将来の予測であって、「時代の流れ」「時代のニーズ」「情報発信」などは不得意の分野なわけですが、田舎の地域では一般的に「名誉職」と呼ばれる人たちが実権を握っていたり、院政を敷いていたりすることが多く、そういう地域では、なかなか「観光」というツールを使いこなすところまで到達しないのが現状なんですね。
先日、講演でお邪魔したある町で、その地域のリーダーから、
「社長、コロッケで町おこしをしたいと思うんですがどうでしょうか。」
と声を掛けられました。
聞くと、町の人たちみんなで話し合って、コロッケが良いんじゃないかということになったようです。
「なぜコロッケなんですか?」と質問すると、
他の町でコロッケで成功したところをテレビで見た。
自分たちの仲間で惣菜店があり、そこのコロッケがおいしい。
コロッケなら冷凍で仕入れられるし、取り扱いも楽だから。
そういうことなんです。
私はせっかく皆さんが話し合って決めたことに対してダメ出しするのも気が引けましたから、一言、
「コロッケで町おこししているところ、観光客にコロッケを出しているところが近隣にいくつあるか調べてみましたか? その町ではコロッケにどのようなストーリーを付けて、どんなコロッケを出しているか知ってますか?」
そう聞いてみましたところ、私に声をかけてきてくれた人は
「・・・・・・・・・」 となりました。
観光というのは、外からお客様にいらしていただくことですから、簡単に言えば自分たちの町を商品化することです。
ところが、その商品化にあたり、研究開発が全く行われていない。
つまり、勉強していないわけです。
ふつうだったら、売り出そうとする商品が世の中から必要とされているのか、されていないのか。
必要とされていないものを売り出すのであれば、それだけのストーリーが必要になりますが、それができるのかどうか。
片手間ではなく、需要に応じてきちんと対応できるのかどうか。
そういうことを調べ上げて、ケーススタディーをしたうえで、やるかやらないか決めると思うのですが、そうではなくて、ただ、自分たちにはこれならできそうだ、という材料を探してきて、これで行きましょうとなっているだけですから、そういうレベルで観光を語ること自体が間違っているわけです。
結局、その町でコロッケを売り出したかどうかは、その後の報告がありませんので私には知る由もありませんが、怖いなあと思うのは、せっかくみんなで決めてGOしたものが、あまりの準備不足のために頓挫することになる。そうすると、狭い地域のことですから、「それみたことか。だから言わんこっちゃない。」となって、せっかくの気運が消えてしまうということなんです。
観光地ばかりでなく、個人経営のお店やレストランなどにもよく見られるのですが、お客様が何を望んで自分のお店に来てくれるのか、ということと、自分が何ができて何をやりたいのかということが一致していないところが多い。
いすみ鉄道沿線の例で言うと、大多喜ではイノシシの肉が獲れるし、いすみ市はいすみ豚という豚肉の産地でもあるわけです。
だから、イノシシの肉や豚肉料理で町おこしをしましょうとか、うちのレストランでは豚肉料理をメインにしましょうという話になりますが、それは自分ができることややりたいことであって、では、お客様は東京から房総半島に何を求めていらっしゃるのでしょうか、という視点が全く欠如しているわけです。
特に、いすみ鉄道がお客様のターゲットとしている30代以上の女性のお客様は、イノシシの肉や豚肉がメインの料理には魅力がありませんから、せっかく地域の物であっても、いすみ鉄道としては残念ながらそういう町おこしとはコラボを組めませんね、となってしまうのはご理解いただけると思います。
房総半島はやっぱり海の幸なんです。
それも地元で採れる伊勢海老、アワビ、サザエなどの高級食材。
ところが、これもまた難しいのですが、高級食材であって、いくら地元で採れるからと言ったって、例えばカニやある種の海老類、カキなど、北の海や南の海を連想させるものは、房総半島には食べに来ていただく理由にはなりませんから、地元としては決まりきったものでつまらないかもしれませんが、定番の物が大切になるんです。
いくら自分がこれがやりたい、自分ならこれができると言ってみても、それだけじゃだめなんですね。
これが観光というツールの持つ癖の一つですが、お客様のニーズを最優先に考えるということは、どんな商売でも基本なんじゃないでしょうか。
年末年始のこの時期、誰だって休みたいし遊びたいです。
でも、観光というのは人が休んでいるときが仕事ですから、それがお客様の需要なわけです。
だからいすみ鉄道では暮れも正月もなく売店を開けてお客様にいらしていただく準備をするのですが、観光客をお迎えすると言っていながら、しっかり正月休みを取っているようなところは、観光というツールの癖を知っているのか知らないのか、いずれにしても観光で町おこしをするということのスタートラインに立つことはできないんですね。
観光地として、観光のお客様にいらしていただき、観光で町を活性化するということはどういうことか、少しはご理解いただけましたでしょうか?
(つづく)