新年に思うこと。

「明けましておめでとうございます。」
日本人のならだれもが交わすお正月のあいさつですね。
この言葉は、日本人が心の民族であるということを表しています。
新しい年が来るということは「どのようにめでたいのですか?」なんて聞く人はいません。
「何かおめでたいことでもあるのですか?」とたずねたら野暮ですよね。
日本人は昔から新しい年が来るというだけでおめでたいこと、ありがたいこととして、感謝して受け入れてきたのです。
こういうことって、解らない人にはわからないことだと思います。
お正月ですから慣習として「おめでとうございます。」と言っている人も多いと思いますが、1年に一度、お正月ぐらいは、物質的なことでなく、精神的なこととして、「おめでとう。」とお互いに祝福しあうのも良いのではないでしょうか。
私がいすみ鉄道の公募社長に応募したのはかれこれ4年も前になりますが、航空会社の職員として、世界経済の最先端で長年働いてきた自分が、本当にこの先に自分の幸せがあるのだろうか、と考えたことがきっかけでした。
私たちの世代(昭和30年代生まれ)は、バブルの世代です。
もの心ついた時から、世の中は右肩上がりの経済成長で、おもちゃからはじまり、遊び道具、家電製品、自動車など、大きくなるにつれて欲しいものだらけ。
次は何を買おうか、ということばかりを考えてきた世代です。
そして、その結果として、そういう物質的な喜びだけでは、なかなか「幸せになれない」ということも身を持って体験した世代でもあります。
航空会社に勤務するというのは私たちが学生の頃はあこがれの職業でした。
その憧れの職業に就くことができて、一生懸命働いてきました。
多分私と同年代の皆様方も同じように一生懸命働いてきて、今、何と無く行き詰まってしまっている。
それが日本なのだと思います。
日本人が海外旅行に自由にいかれるようになったのは昭和39年です。
それから、旅行といえばできるだけ遠くに行くことが目標の時代が続きました。
昔は東京の人が新婚旅行に行くといえば熱海が定番でした。
それが、いつの間にか宮崎が新婚旅行のメッカになり、その次が与論島や沖縄です。
そしてグアム、サイパン。ハワイ、モルジブなどのリゾート地へ行くことが目標になってきて、航空会社のビジネスはそういう日本人の旅行性向に合わせて成長してきました。
そして、今、経済もそうですが、日本人は行きつくところまで行きついてしまいました。
これが閉塞感なのです。
でも、本当にそうでしょうか。
経済や財界の人たちは物が売れなければ会社が成り立ちません。
家の中がたくさんの物であふれている状態で、私たちはもう買うものがなく、せいぜい買い替え需要が残されているぐらいです。
こういう状態で私たちに必要なのは、「心の満足感」なのではないでしょうか。
私がいすみ鉄道で展開しているビジネスは、「心の満足感」を提供するビジネスです。
日本人の海外旅行が自由化されたのが東京オリンピックの年、昭和39年と申し上げましたが、その昭和39年に製造されたのが、いすみ鉄道が導入したキハ28形-2346号車です。
「そんな古いもの買ってどうするの?」という人も多くいらっしゃいます。
「素晴らしいですね。こういう世界があると思うだけで涙が出ます。」という人もいます。
いすみ鉄道のようなスモールビジネスは決して万人受けするような展開をする必要がありませんので、マニアックな世界に走っているのだろうという人もいますが、万人受けしないことというのはマニアックであるということではないのです。
強いて言うなれば、マニアックな世界の人たちというのは精神的な価値を理解できる人たちであって、物質的なことでは満足できない(物質的なことを卒業した)アンテナの鋭い人たちであるということです。
そしてキハ28やキハ52が製造された昭和39年ごろは、房総半島は海水浴のお客様でたいへんなにぎわいを見せていました。
なぜ賑わっていたか。
それは東京から近いからです。
だから、新幹線ができ、飛行機が一般化し、日本人がもっと遠くへと行くようになった昭和40年代後半が海水浴客のピークで、昭和50年代後半以降すっかり人影がいなくなってしまったのです。
これが物に価値を見出していた時代の日本の観光です。
で、今、私はそういう時代は終わったと思っていますから、東京から近くて誰でもが気軽に来ることができる房総半島のいすみ鉄道こそ、精神的な充足感を感じていただける世界を展開するのにふさわしいところだと考えるわけです。
ムーミンも国鉄形のキハも、そういう意味があるのです。
(つづく)