ホテルのジムの役割

駅前のビジネスホテルの話ではありません。

たいていちょっとリッチなホテルにはジムがあります。
身体を動かして汗をかくジムです。

ではなぜホテルにジムがあるのでしょうか?
それはホテルにはジムが必要だからです。

私は外見からご理解いただけると思いますが、ホテルに泊まってもジムは必要ありません。(笑)
そりゃまあ行って汗を流すのは身体によいのはわかっていますが、ふだんの生活の中でそういうことはしませんから、私が泊まるホテルに限って言えばジムは必要ありません。

そういう人間にはこんな時期でも変な病気にかからないという利点はありますが、やっぱり旅行中は体調を整えるのは難しいでしょうから、いつも運動している人にはジムはありがたい存在だということは理解しています。でも、わざわざ1フロアー、あるいは相当な面積を占有してまでジムを設置する必要性があるのかと言われると不思議な感じがします。

そう思って見てみるとホテルのジムって外部会員を募っているところは別ですが、たいていガラガラで稼働率は良くなさそうです。

では、なぜジムがあるのでしょうか。

実は、以前にこんなことがありました。

成田空港周辺のホテルの話です。

成田空港周辺のホテルは長い間厳しい営業を強いられていました。
バブル崩壊後、なかなかお客様が増えず、例えば空港職員の忘年会や新年会など一生懸命営業をして仕事を作り出している時期が長く続きました。

そんなある時、乗務員の宿泊場所の契約更新がありまして、いろいろなホテルから見積書をいただきました。
航空会社の乗務員が宿泊する契約は年間通じてある程度の人数が確約されますから大きい話です。
当時私が勤務していた航空会社はロンドンから1日2便の飛行機が飛んできていました。
長距離飛行ですからパイロットが3名、客室乗務員が13名(16名ですが3名は日本人なので自宅へ帰ります。)の合計16名。
成田に滞在するのは2晩なので常に4組のクルーが毎日滞在していることになりますから、1日64部屋が必要になります。
毎日毎日64部屋。それが何年も先まで予約が入るのですから大きなビジネスです。

どのホテルもできるだけお値段を低く抑えるディールを出してきました。
もちろん契約をするのは私たち日本人スタッフではなく、ロンドンの本社から来る幹部スタッフです。
各社のディール(見積もり)が出そろったところで、最終決定をする幹部スタッフが一番金額の低い見積もりを出してくれたホテルを選ばずに、その金額よりも高いホテルに決定したのです。

これには正直言って私も驚きました。

時はアメリカ同時多発テロのすぐ後。
会社としては1円でも安いホテルを選ぶと思っていたからです。

その時、本社から来た幹部社員が言った一言。

「ジムがない。」

実はその一番低い見積もりを出してきたホテルにはもともとジムがあったのですが、不況でフロアの回転率を上げるために利用の少ないジムやプールを閉鎖して別の設備に置き換えていました。
でも、会社としてはクルーが滞在するホテルにはジムは必要だと考えていたのです。
だからホテルそのものにジムがなかったとしても隣の建物にそういう設備があって契約可能かどうか、そこの部分が重要だというのです。

時差と戦うクルーには体を動かして調整することが求められていて、世界共通の必須アイテムとしてプールやジムが求められていたのですが、こちらはそういう認識はありませんから安ければよいだろうと考えていたのです。

つまり、ホテルのジムというのは利用するしないに係わらず、海外の会社と契約するうえでは必須アイテムだったということです。

海外の会社というのは職員の出張契約を決める際に自社で決めたスタンダードというものを求めてくる傾向があります。ホテルとなれば環境面や衛生面、安全面などが重要なポイントです。私もそういう会社に勤務していましたから海外出張の時に会社と契約のあるホテルに泊まるのですが、発展途上国へ行けば行くほどその土地では超一流と言われるホテルに泊まりました。もちろん費用は会社持ちですからこちらとしては良い経験をさせていただいたのでありますが、なぜこんなところと契約をしているかというと、つまりは業務で出張させる職員の環境面、衛生面、安全面を確保しなければならない課題があるからで、まして乗務員ともなれば世界中を飛び回っているのですから行った先々でのサービスレベルを統一しておかなければゆっくり休養もできないのです。

で、そういうホテルには必ずジムがありました。
私は時々プールで泳ぐぐらいでほとんど使いませんでしたが、必ずジムがある。
いつ行っても利用者が少なくインストラクターが暇そうにしているのですが、それでもジムがあるのです。

さて、昨日の話の続きです。

私のところに勉強に来ている若い経営者の皆さんから、「社長、妙高高原の駅にテレワークを作りたい。」という話を聞いた時に、私はすぐにこう答えました。

「1日何人利用するの? 1人いくらの料金設定なの?」

妙高高原駅は残念ながらシーンとしています。
国鉄の頃のごった返していたイメージは今はありません。
そういう駅にテレワークの設備を作ったとしても、いったい採算が取れるのか。
私はそう思ったのです。

そう質問したら、彼らは、

「社長、そうじゃないんです。」

と言います。
詳しくビジネスプランを聞くと、なるほどなあ、と思いました。

(詳細なビジネスプランの説明はいたしません。)

その時、私の頭に浮かんだのがホテルのジムの話。
ホテルにはジムがあってこそ利用者の選択肢に入る。
上級顧客、あるいは上級の取引先が欲しければ基本的なスタンダードは満たしておかなければならない。たとえ使う、使わないがあったとしても、そこは論点ではなくて、そこがキャッシュポイントでもないのです。

15年前にこの国で、特に田舎の町で「Wifi」と言って誰がその必要性を理解していたでしょうか。
「インターネット!? お前までそういうことを言うのか!」
11年前に私が直接地域の重鎮の方々から言われた言葉です。
きっと重鎮の皆様方は家に帰ると息子さんたちに「おやじ、インターネットだよ。」と言われていて、癪に触っていたんでしょう。

今では誰でも当たり前に思っている社会の仕組みや制度というのは、昔から当たり前だったわけじゃなくて、インターネットでさえ10年ほど前までは当たり前じゃなかったんですね。

ということは、リゾート地や観光地で仕事ができる。
そのためのテレワークの場所が設備として備わっている。
こういうことは、今後の世の中を考えると、そのリゾート地や観光地が都会のお客様から、あるいは海外のお客様から選ばれる理由の一つになるだろうと思いませんか?

観光地で仕事するんですか?

せっかくのお休みの時に、旅先まで行って仕事するなんて。

昨日の話に戻りますが、そういう考え方の人たちの多くは時間で働いているサラリーマンです。
時間で働いて、あるいは場所を指定されて働いている人たちは、どちらかというと価格優先で購入するかしないかの意思決定をする傾向があります。

ところが、テレワークをされる方々、つまり「どこへ行っても仕事です」という方々は価格優先ではなくて利便性や機能性を優先する傾向があります。

田舎の観光地にとってはどちらのお客様にいらしていただきたいか。
要はそういうターゲティングを設定することが重要なのですが、妙高高原のようなブランド力の高い国際的な観光地では、私は後者が良いのではないかと考えます。
そして、そのためには世界に向けた情報発信をしなければなりませんし、その発信する情報というのは世界が振り向いてくれる内容でなければなりません。

だとすると、「駅でテレワークができますよ」というのは今の時代、最強の情報発信になる。
なにしろ妙高高原駅にテレワークの場所が開設されましたというだけで日経新聞が記事にしてくれるのですから。
テレワークなんてコーヒーショップでもどこでもできる時代にもかかわらず、ですよ。
これは地域を全国に、あるいは世界に知ってもらうための情報発信としては最適なツールです。

私はそう思って、まず最初の仕事として妙高高原の駅にテレワークの場所を開設したのです。

トキ鉄にとっての家賃収入などは微々たる金額です。
でも、そういうことではなくて、鉄道が地域行政のビジネスパートナーになれるかどうかというのは、ただ単に公共交通機関の一つとしてだけではないと思います。

なぜならば、相手にとって必要な存在になること。
相手に利益を与えることが、ビジネスパートナーになれるかどうかの最低限の条件だと私は考えているからです。

ビジネスの相手に、「この会社と付き合って得したな。」あるいは、「あなたから商品を買って得したな。」と思われなければ、会社は、あるいは自分は必要な存在ではなくなります。

まず最初に自分の利益を考える人たちが当たり前の世の中ですが、私は当たり前のこと、人と同じことをやっていたのでは将来は危ういのではないかと考えます。

なぜなら、鉄道会社というのは当たり前なことを当たり前のように、それもきちんとやって来て、過去40年間に会社が消滅してきているからなのです。

全国の行政の皆様、鉄道会社の皆様。
御同感いただける方がいらっしゃいましたらご連絡をお待ちいたしております。

あなたの町や駅が全国区、あるいは世界区になるお手伝いをさせていただきます。