電車は何で走りますか?

「みなさん、電車は何で走るか知っていますか?」
私の友人に、地方の中核都市で鉄道会社に勤務している人がいて、彼は新入社員が入ってくると教育係としてまずこう問いかけます。
聞かれた方は、質問の真意がわかりませんから、「電車ですから電気で走ります。」と答えますが、彼は、
「そうですね。電車は電気で走ります。でも、もっと重要なことは、電車というのは『大人の事情』で走っているのです。」と言うのです。
「大人の事情」とは、社会的や政治的にいろいろあって、例えば国鉄からJRになったことや、JRが分割されたこと。そしてJRになるときや新幹線ができるときに要らないと言われたところは第3セクターになったことなど、様々な事情のことで、これは全国区の事情だったり、地方ごとの事情だったりするわけですが、共通して言えることは、利用者不在の事情ということです。
東北新幹線が盛岡まで開通した1982年にはなかったお約束が、その後2002年の八戸開業で実施されました。
これが、「並行在来線は自治体が運営する。」というお約束。
「いいか君たち、新幹線が欲しいというから通してあげたんだ。だから、今までの在来線は自分たちでやりなさい。」という上から目線で田舎の人たちはうまいことお荷物になった在来線を押しつけられてしまったのですが、こういうことが彼が言うところの大人の事情です。
そして盛岡から八戸までの区間は第3セクターになりました。
ただし、この第3セクターは県が運営しますから、東北本線を北上して岩手県と青森県の県境の目時(めとき)という山の中の小さな駅で、岩手県の会社と青森県の会社が分かれて運営しています。
そんなことはお客様にはまったく関係ないことなのですが、ここにも大人の事情があります。
盛岡から出ている花輪線というJR線がありますが、その花輪線の列車は盛岡―好摩間を第3セクターの路線の上を走ります。そして好摩から花輪線に分岐していくのですが、今までJR東北本線から花輪線というJR線だけで通れたものが、会社が変わるために運賃精算が必要になる。つまり2つの会社に運賃を払うために、同じ区間でありながら今までよりも高くなってしまったのですが、これも大人の事情です。
長野新幹線ができてそれまでの信越本線も第3セクターになりました。
ここにも大人の事情がたくさんあるようですが、私が心配なのは、長野新幹線は数年後には北陸新幹線として金沢まで伸びるわけで、そうすると長野県、新潟県、富山県、石川県の4つの県が4つの鉄道会社を発足させて、並行在来線となる信越本線、北陸本線を引き受けるわけです。
ところが、その4つの新会社は、どうも大人の事情に左右されがちな傾向にあるようで、そういう会社の舵を切ることになる鉄道会社生え抜きの人間と、行政マンには、お客様の需要にこたえ、潜在需要を開拓するなどという経営的センスがありませんから(というか、業務の中でその必要がないまま何十年も働いているのですから)、新会社の運営に当たっては、自分たちの都合だけで大人の事情最優先の思考が支配しているわけなのですが、たぶん、自分たちがそういう思考に支配されているということすら気づいていないと思うのです。
私が心配するのはこの部分で、なぜなら、これからの日本は少子化で人口がどんどん減っていきますから、自分たちの都合を最優先に商売をすることはとてもリスクが高くなるということで、「そのぐらいどうして気づかないのか。」というのが、冒頭に申し上げた私の友人が言うところの、「電車は大人の事情で走っている。」ということなのです。
鉄道会社ではわかりづらいかもしれませんから、スーパーマーケットに例えてみましょうか。
スーパーマーケットは、今では夜10時や11時までやっているのはあたりまえになりましたが、昔は7時かせいぜい8時で閉まってました。
お店側の事情、つまり自分たちの都合だけ考えるならば、7時に閉める方が楽ですし、お客様には「うちは夜7時までですから、それまでにお買い物をお済ませください。」と言っていればよいわけです。
ところが景気が悪くなると、そんなこと言っていたらお客様がいなくなるわけで、現にその商売の方式を貫いたデパートはどこも経営に苦労するようになって、逆に24時間営業をうたい文句にする量販店がどんどん出てきたわけです。
景気が悪くなることと人口が減るということは、同じように経済のパイが小さくなることですから地方鉄道だってこれと全く同じなわけで、新幹線ができた後に各県が引き受ける新会社は、地元の利用者がどんどん減っていく中で、特急列車が走らなくなって、地元の利用者しかいなくなる状態で引き受けるのですから、大人の事情を最前面に出しているようでは、遅かれ早かれ「お荷物」になることは目に見えているのです。
じゃあ、その大人の事情に振り回される地元の人はどうかというと、別に鉄道なんかなくっても車社会ですから大して困らないようになっている。
鉄道会社や行政の人間は、「この鉄道は地域には無くてはならない公共交通機関である。」と真剣に考えている節が見られますが、実はそうではなくて、お客様が、「あなたのお店がなくても別に困りませんよ」、と言っている状態のところに、大人の事情最優先の会社がいくつもできるのですから、根幹のところを考え直さないといけないというのが、今やらなければならないことです。
もし、商品を供給するお店の側が、「うちの店は地域にとって絶対に必要な、なくてはならないお店です。」と思っているとしたら、それだけでお店側の経営感覚がずれている。
例えば、そば屋さんがおいしいそばを作ろうと努力することなく、「うちのそば屋はこの地域にとってなくてはならないそば屋だ!」と思っていたら、いずれ無くなるでしょう。
そう言えばご理解いただけると思いますが、鉄道会社を運営する側の人たちは、自分たちが「うちの鉄道は地域にとってなくてはならない。」と思い込んでいるのですから、できるだけ早い時点で、できれば開業前にその根幹の部分を修正しないといけないということなのです。