公募社長総括 4  いすみ鉄道の財産は人です。

いすみ鉄道社長としての私の自慢は「人」です。

 

とにかく、たくさんの人たちに支えられています。

駅の清掃や線路の草刈り、花壇の手入れを長年にわたって地域の人たちが自主的に活動してくれていることはお話しいたしましたが、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんがそういう活動をしている地域に生まれ育った子供たちは、そういう活動が当たり前ですから、成長するにしたがって、当たり前のように鉄道に関係した活動をしてくれるようになります。

この間お話しした車両の掃除、列車の窓拭き、駅の掃除なども当たり前なんですね。

 

 

 

毎日いすみ鉄道で学校へ通う高校生たち。

定期的に駅の清掃をしてくれています。

 

 

その活動のもとになっているのが生徒会です。

大多喜高校、大原高校、そして地元の中学校の生徒さんたちが集まって「いすみ鉄道対策会議」というのを開いています。

私ももちろん参加して、生徒さんたちと楽しい会合を持っています。

 

私が就任した時、いすみ鉄道は存続の危機ですから、皆さんは何とかいすみ鉄道を存続させようという方向性でした。

そのためにはできることを何でもやりましょうと、列車の中で演奏会を開いてくれたり、様々な活動を自主的に行っていました。

 

こういう地域世界に入った私は、高校生の皆さんとお話ししていく中で一つのことに気づきました。

それは、自分たちの考えや活動を形にすることの大切さをいすみ鉄道で学んでもらおう、ということです。

そこで彼らに提案しました。

「皆さんが楽しいことを企画して、それをいすみ鉄道と一緒に形にしましょう。」

 

すると生徒の皆さんは目をキラキラ輝かせながら、「社長さん、私たち、駅弁がほしいんです。」と言い出しました。

 

私は「?????」でした。

なぜなら、いすみ鉄道は26.8㎞、片道50分の路線です。そういう路線ではたして駅弁が必要なのか?

まして当時はロングシートのいすみ200型しかありませんでしたから、いすみ鉄道に駅弁はおかしいんじゃないかと思いました。

私がそう言うと、彼らは口をそろえて、

「自分たちの通っている鉄道に、駅弁があったらうれしいです。」って言うんです。

 

それならやってみようかという話になって、

「どういう駅弁が良い?」

「地元の食材を使ったものがいいなあ。」

 

こんな話にまとまりまして、私は地元の事業者の方にお話をして、やっぱり外房といえばイセエビですから、「伊勢海老弁当」を作ってもらいました。

これがいすみ鉄道初のお弁当です。

そうしたら大人気になりまして、発売開始から1年ちょっとで新宿の駅弁大会に出店することになりました。

 

その後は皆さまご存じの通り、忠勝弁当、宝石箱、漁師のまかない弁当、幕の内弁当、そして応援団のタコ飯弁当と、いすみ鉄道の駅弁は大人気商品となりました。

もともとは高校生の皆さんの発案だったんですが、「自分たちの通学するいすみ鉄道に駅弁があったら楽しい。」という、彼らのいすみ鉄道愛がスタートなんです。

 

さて、その後、また例の会議で、今度は「JKキャラがほしい。」と言い始めました。

すでに生徒会の皆さんは代替わりをして、新しい生徒さん、つまり、いすみ鉄道のムーミン列車で大多喜高校へ通いたいという希望を持って入ってきた生徒さんたちになっていました。

JKキャラと聞いて、その時も私は「?????」でした。

 

最近はいろいろな鉄道でアニメのようなキャラを登場させていますが、私はどうもいまいち気が進まなかったんです。

でも、彼らは「自分たちの制服のキャラがあったら良いなあ。」と言うんです。

私は自分がJKキャラを作ろうと言い出したら変態おじさんですが、彼らからの希望なので、

「よし、作ろう。」と言いまして、知り合いの事業者さんに行先表示板などをお願いしました。

 

 

それがこの行先表示板(サボ)です。

ちょうどカンブリア宮殿の取材が入っていたので、カメラの前で自分たちのアイデア作品をお披露目しているところです。

そして、今、いすみ鉄道の列車は実際にこのサボを取り付けて毎日走っていて、高校生たちはその列車で通学しているのです。

これがいすみ鉄道の世界観です。

 

高校生の時に、自分たちが考えたことがきちんと形になるという経験は、きっと彼らのこれからの人生にとって大きな糧になると思います。せっかくいすみ鉄道に係わってくれて高校時代を過ごしたのですから、後になって、「よかったなあ。」「面白かったなあ。」と振り返っていただければ、その甲斐があったというものです。

 

こういう地域ですから、生徒会やいすみ鉄道対策委員会以外の生徒さんたちだって、きちんと挨拶してくれますし、車内のマナーも大変よろしい皆さんです。昨今は、田舎の高校生が通学の列車の中で悪さをしたりする事例が多く、中には先生方が朝夕駅や車内に立ち会う地域もあると聞きますが、いすみ鉄道沿線地域の生徒さんたちは、皆さんきちんとして礼儀正しく、迷惑行為などもありません。それが私の自慢なんです。

 

だから、自分たちの通っている鉄道でこういう撮影が行われたりすると、大喜びしてくれるわけで、それが大人である私たちの彼らへのプレゼントなのです。

 

さて、いすみ鉄道にかかわってくれる人と言えば、やはり応援団の皆様方ですね。

 

私が就任してから9年の歳月が流れると、その年月分みなさん高齢化されますので、今、当時の応援団の皆様方は少しずつ引退されていっていますが、それに代わるように、遠方から応援に駆けつけてくれる人たちがとても多くなってきました。

これはもちろん、その応援団の中心になって活動してくれているカケス団長の「人物」に由来することろが大きいのですが、都会の人たちには田舎とかかわりを持ちたい、ローカル鉄道とかかわりを持ちたいという気持ちの方がたくさんいるのだと私は考えます。また、鉄道好きな人たちが、「鉄道が好き」と言えないような雰囲気が都会にはあるのかもしれません。

だから、そういう人たちが男女を問わず皆さんローカル線にやってきて、駅弁を売ったり、草刈りをしたり、あるいは観光駅長さんとして写真のモデルになってくれたり、いろいろな皆様方が、いすみ鉄道を盛り上げてくれているのです。

 

国吉駅観光駅長の 油田さん。

 

駅弁売りのバス君こと石田さん。(左)

 

二人とも、名前を聞けば誰でも知っているような東京の会社にお勤めの都会人です。

でも、子供のころからやってみたかった駅長さんや弁当売りを、50過ぎのおじさんたちが楽しそうに自己実現しているのです。

 

こういう姿は、きっと後になってから子供たちが大きくなったときに、「そういえば、楽しそうなおじさんがいたね。」と語り草になってくれるでしょうし、そうすればローカル線は次の世代につながると思います。

 

さて、このようにいすみ鉄道を取り巻く「人」というのが私は財産だと思っていますが、その中で一番の財産なのが、いすみ鉄道の職員です。

実際に列車を運転して、あるいは接客して、あるいは売店でと、フロントラインで活躍してくれているのは彼らいすみ鉄道スタッフです。

 

そりゃあ、平均年齢50数歳のチームですから、中には一癖もふた癖もあるおっさんもいますが、それだってローカル線の「良さ」だと私は考えていますが、全員に共通しているのは、「この仕事がしたくて、いすみ鉄道で働いている。」ということです。

 

 

運転士さんたちは訓練費用を自己負担して入社し、厳しい訓練を通り抜けてきた人たちばかりです。

アテンダントの皆さんも、売店の皆さんも、「生活のために働いている。」のではなくて、楽しみながら働いてくれています。

もちろん、皆さん「生活のため」であることは当然なんですが、そうではなくて、自分は何のために働いているのかということです。

 

安全輸送を支え、列車を定時に走らせるという大前提の上に立って、そこからプラスアルファーで自分には何ができるか。

それがテーマで、そのプラスアルファーの部分が付加価値なんです。

例えば、観光鉄道で言ったら、楽しい笑顔を運んで、素敵な思い出をお土産として持ち帰ってもらうこと。

 

いすみ鉄道のスタッフは、そういう働き方を通じて、「職業を通じた自己実現」を実践しているのです。

 

 

先日、取材にいらした記者の方が、「いすみ鉄道って、素晴らしいですねえ。」と言ってくれました。

「どんなところがですか?」と聞きましたら、

「職員の皆様方に、やらされてる感がまったくない。」と言うのです。

 

社長に言われているからとか、会社の仕事だからというような「やらされてる感」を感じない。

職員の皆さんが、自主的に、率先してお客様を楽しませる行動をしている。

それも、決して大げさなことではなくて、列車に向かって手を振るとか、シャッターを押してあげるとか、そういう姿が実に自然だと言われました。

鉄道関連の記者の方ですから、大手を含め、いろいろな鉄道をご存じだと思いますが、そういう目の肥えた方から見ても、いすみ鉄道は素晴らしいところなんだなあと見えるのです。

 

こういう人材がいすみ鉄道の財産なんです。

 

だから、たとえ私が退任したとしても、今後もいすみ鉄道はきちんと走り続けると私は考えているのです。